意外な才能
「と言うことで、そっちの処置はどんどん進めておくから気にしなくていい。で、マリカ」
「ん?」
「緊急の、ギルドからの指名依頼だ」
「リョータ達を逃がすんだろ?」
「理解が早くて助かるよ」
「シュルトルまで逃がせばいいんだな?」
シュルトルはモンブールの東の国だ。
「頼めるか?」
「いいぞ。むしろこっちから頼みたいくらいだ」
「ほう?」
「この二人、なかなか面白いからな」
んー、どこが面白いんだろうか?
「手続きはこっちでやっておく。すぐにでも出発してくれ」
「了解。それじゃリョータ、エリス、行くぞ」
「あの、一つ質問が」
「何だ?」
「マリカさん、Sランクですよね?街から街の移動が記録されるんじゃ?」
「Sランク冒険者が緊急依頼を受けているときには、移動の記録は不要、と言うのがあってな」
「何か、ズルいっすね」
「Sランクに緊急依頼というのは機密性の高い事案が多いからな。必要な措置なんだよ」
「そうですか。ところで、出発はいいんですけど、俺ら何も用意してませんよ?」
だいたいいつも街を出る事を決めてから二、三日かけて準備することが多いので、最低限、つまりどこかへ日帰りするくらいの用意しかない。
「大丈夫だ。私が動くんだぞ?」
「え?」
「心配要らん、行くぞ」
言われるまま、背中をぐいぐい押され、「気をつけてな」の声を背に部屋を出る。
「すぐに出る。部屋から荷物を持ってこい。外で待ってる」
言いたいことだけ言うとマリカはそのまま外へ出て行く。
「仕方ない。朝ご飯は少し遅くなるけど」
「うん」
もうちょっと我慢することにして部屋まで戻り、荷物を全部整え、ギルドを出ると、なんだか大きな馬車が止まっていた。
「来たか、乗れ」
マリカが馬車の窓から顔を見せて急かすので慌てて乗り込んだ。
「えーと……?」
「今回のために用意した馬車だ。移動はこれで行く」
「はあ……」
「食い物も積み込んである。基本的に野営で行くぞ」
「わかりました」
「あと、コレ。朝メシだ」
近くの店で買ったとおぼしきサンドイッチの包みを渡された。
「出発するぞ」
「は、はい」
返事をするやいなや、御者台に向けてマリカが「出せ」と告げると、「ハアッ」と馬に鞭を入れるかけ声で馬車が動き出す。
「これ、マリカさんの馬車ですか?」
「まさか。借り物だ」
「馬車のレンタルって、御者付きだと高いんじゃないですか?」
「全然」
「へえ」
「この馬車はギルドの物だから費用はかからん。むしろ使わないともったいない。それに御者は私がこの世で一番信用出来る者だ」
「へえ」
立ち上がって御者台に向いた窓から覗き込むと、その気配を感じたのか御者台の二人が振り返った。
「久しぶりだな!」
「ここは俺たちに任せておけ!」
まさかのアドム、サンスムとの再会かよ。
「えーと……」
「二人とも腕は確か。口も堅く、実直で信用出来る。たまたま評価の高い依頼をこなせていないだけで、チャンスさえあればとっくにCランクになっていてもおかしくないどころか、Bランクも見えているレベルだぞ。私なんかたまたま運良くランクが上がっただけで本当にSランクでいいのかと自問自答する日々だ」
「へえ」
そうだったんだ。
「何だ、信用していないのか?」
「えーと……まあ、はい」
ぶっちゃけて言うと、そうです。
「フム……しかし、こう言うだろう?兄より優れた妹はいない、と」
「は?」
何だって?
「聞こえなかったか?もう一度言おう。兄より優れ「兄?!」
「そうだが」
「えーと……兄?」
窓越しに見える二人を指さす。
「そうだが」
「兄って、あの……兄?」
「他にどんな兄がいるんだ?」
「えええ……」
信じられん。
「んー、そうか?よく言われるんだがな。目元がそっくりだと」
マジマジと見比べたいとは思わないよ。つかあの二人がそもそも兄弟なのかよ。
「とりあえず実力も人柄も信用出来ると言うことはわかりました」
そもそも悪い人では無いと思っていたんだ。ただ単に……暑苦しいだけで。
馬車はすぐに街を出て街道をひた走る。
「とりあえず街から距離を取る。街道も一本ずらして、街を通らないルートを通って一気にシュルトルへの国境越えを目指す」
「なるほど。主要街道から外れれば狙われにくいという……」
「逆だ」
「は?」
「狙いやすくして、他の無関係な者が巻き添えにならないようにする」
「えーと……」
「冒険者をなめるな!」
「見即殺!」
「死、あるのみ!」
とんでもねえバトルジャンキー兄妹じゃねえか!
だが、その自信ありげな様子と口調から、アドム、サンスムもかなりの実力者っぽいから任せるとしよう。
「リョータ、これ美味しいよ」
サンドイッチをぱくついていたエリスが嬉しそうに言うのでリョータも口にする。
「あ、ホントだ。これうまいですね」
「そうだろう?」
「へえ……」
どこの店だろう?そこそこ有名そうな……朝から賑わっている店は見て回ったつもりだったのだが。
「アドム兄さんは手先が器用でな。料理もうまいんだ」
「へへっ、道中のメシは期待してくれよ」
「まさかのアンタの手料理かよ!」
ゴツい顔してこんなにこぎれいにサンドイッチを作るとは……人は見かけによらない者だな。
馬車を走らせながらこの先のことについて話を聞く。
普通に主要街道を通った場合、十日前後でシュルトルへの国境に着くが、今回通るルートではもう二、三日余分にかかるそうだ。日数がかかるが、街を経由しないため、こちらの位置を正確に把握するのは困難になるはずで、多分三日目くらいからは安全な旅になる見込みとのこと。
「それって逆に言うと」
「二、三日は油断ならんと言うことだな。だが、主要街道を行ったらいつまでも狙われる危険があると言うことになる。さすがに十日間警戒し続けるというのはお前たちも大変だろう」
「ご配慮、痛み入ります」
「さて、この先の護衛をするのはいいんだが……念のため、ストムで起こったことを詳しく聞かせてくれないか?」
「え?」
「一応ギルドからの資料は目を通したが、直接聞いておきたい」
「わかりました」
途中、「そこ、他に何があった?」「その時の状況をもう一度詳しく」と言った具合の質疑応答はあったが、極めて常識的なやりとりだった。どうも当事者の生の声を聞いておきたかったらしい。




