王族には会いたくない
翌日、久しぶりに魔の森へ向かい、ホーンラビット狩りと薬草採取。二ヶ月近く間が開くと少し新鮮な感じだなと思いながらギルドへ納品後、工房でラビットソードの作成。それぞれが三本ずつ持つとして、予備も工房へ数本置くようにした。これで折れても大丈夫だ。
一通りの作業を終えたところで宿に戻ったらギルドから伝言が届いていた。
「できるだけ早く顔を出すように、か」
「どうする?」
「明日でいいだろ」
「そうですね」
「イヤ、すぐに来て下さいよ」
伝言を残して帰ろうとしていたマリカさんがいて連行された。
何故だろうか、金髪で穏やかな顔つき、体格はどちらかと言えば華奢なのに、有無を言わせない何かを感じる。これがベテラン受付嬢の迫力なのだろうか?
「モンブールとしてストムに正式に抗議することになった」
「そうですか。それではこれで失礼し「待て待て、最後まで話を聞け」
ギルドマスターが面倒な話を始めようとするので逃げようとしたのだが。
「そもそも、俺たちに話してどうなるんですか?」
「聞いておいてもらわんと困るんだよ」
ストムに対する抗議としては実にシンプルだ。
貴族の私兵がモンブール内で定期馬車を襲撃、護衛の冒険者を殺害した件について謝罪と賠償を求めるという内容。
貴族の私兵と言う時点で、貴族が動かしたことは疑いようがなく、他国に侵入した上、平和的に運用されている定期馬車を襲撃。盗賊や動物などの対策のためについていた護衛の冒険者と言う、こちらからは攻撃を仕掛けることの無い者を三人殺害。いくらストムが冒険者に対して厳しい政策をと言っている国と言っても、他国に侵入してその主張をしていいはずも無い。
モンブールからの要求は国王からの正式な謝罪と、これを企てた貴族を処刑の上、資産をすべて没収し、現金や貴金属、宝石類、あるいは高価な魔道具などの形で賠償せよという物になる。
「当然、反発してくるだろう」
「でしょうね」
向こうの言い分は身勝手だが、リョータ達が実は犯罪を行った後、逃走したと主張し、リョータ達に非があると反論してくる可能性は高い。と言うか、そう言ってくる可能性が高い。
「通信用魔道具を通じて先方に抗議している。正式な書面は早馬を走らせている。返事が来るのは……十日前後かな」
「まさか、返事が来るまで待てと」
「そうだ」
「確認なんですが」
「何だ?」
「もしかして、話がこじれたりすると……俺たちの身柄をストムにとか」
「それは無い。モンブール、いや冒険者ギルドとしては、ストムの現状がわかった以上、ドラゴンスレイヤーの一員であり、西部での実績評価も高いリョータ達をストムに引き渡すことは絶対に避けたい」
「はあ……」
「ランクを上げたのもギルドとしての評価の高さを示したつもりなんだが」
確かに身柄を渡しても痛くもかゆくも無い者のランクを上げる意味は無いな。
「なら、なんで俺たちが待つ必要が?」
「理由は二つ。まず一つ目が、襲撃がこれで終わると言い切れないからだ」
私兵を尋問した結果はあまり芳しくなかった。所持品検査をし、厳重に監視していたのだが、生きていた七人のうち五人が自害していた。そして残り二人も尋問中に突然口から泡を吹いて死亡。詳細は不明だが、何らかの毒物によるものと思われるのだが、奥歯に毒を仕込んでいたとかそう言うわけでも無いことから、何者かが監視していて、毒を盛った可能性があるという。
「なるほど、俺たちの身の安全の確保と言うことですか」
「そうだ、それともう一つ。ストムから返事が来たときのことだ」
内容はともかく、正式な書面を出している以上、ストムも正式な返答をしてくるはずであり、使者が王城へやって来るはずだ。そして、返答の内容はだいたい想像がつく。そしてその時に
「リョータ達も同席する」
「え」
「同席する」
「イヤですよ、王族と一緒にとか」
変なフラグが立ちそうで。
「それに、礼儀作法とかよくわかりませんし」
「大丈夫だ。俺が見る限り、二人とも普通にしていて問題ないぞ。冒険者の礼儀作法としては合格点を出せる」
他の冒険者はどんだけひどいんだ。
「そして、どうせ『こちらは悪くない』と色々理屈をごねて『二人の身柄を引き渡せ』と言ってくるだろう」
「まあ、そうでしょうね」
「そうしたら……実力行使していい」
「はい?」
「適度に痛めつけていいぞ、と言ったんだ」
「意味がわかりません」
ギルドマスターによると、冒険者は所詮腕っぷし一つでのし上がっていく者。そして、その実力を理解していないストムの連中にその片鱗を見せ、これ以上この二人の機嫌を損ねるとどうなるかわかっているんだろうな、という脅しをしてやれ、と言うのだ。
「面倒くさいです」
「確かにな。だがメリットは多いぞ」
「そうなんですか?」
「実力をしっかり示せば、ストムもとりあえず二人を追い回すのがどれだけの損失になるかわかるだろう。そして、二人にとってはモンブールの王族と顔つなぎが出来る」
「それ、結構面倒くさいです」
「お前ら、ラウアールの王族と面識があるだろうに」
「それはそうですが……」
そっちはそっちで、また面倒な話が持ち上がりそうで怖いんです。
「当事者がいないと話にならないからそこをなんとか」
と頼み込まれるとさすがに無下にする事もできず、街中での行動の自由と魔の森への出入り自由だけ確保した。
「さて、エリス。残念なお知らせです」
「はい……」
「荷車の改造は断念します」
魔の森は大陸の中央の大半を占めており、どの街から入っても魔の森としては同じ。だが、地域による植生の違いがあった。そう、荷車の改造用魔法陣のインクに必要な薬草がいくつか、ここの魔の森では採取できないことが判明したのだ。
薬草を薬に加工する分には、他の薬草で同じような薬効の物があるために困らないのだが、焼いて灰にしたり、搾った汁を混ぜ合わせたりして作るインクの原料としては互換性がなく、他の薬草が使えるかというと、調べるのにかなり時間がかかる。それこそ工房に何日もこもっていろいろな組み合わせを試せばいいのだが、「街の外には出ないで欲しい」と言われてしまったのでどうにもならない。
そして、ラビットソードの予備も大量に作り終えているので……暇になった。
では魔の森での採取依頼を受けられるかというと、時間のかかりそうな物は受けられず、常設依頼のホーンラビットに薬草採取。
「飽きた」
三日目にして早くも飽きた。ヘルメスにいたころも似たような生活ではあったが、魔の森自体を探検して回る自由があったので毎日何かしらの新しい発見があった。
だが、モンブールの魔の森は入って二キロほどで高い山と湖にぶつかり、それ以上奥に行こうとすると泊まりがけになる。限られた範囲での狩りというのは、思った以上につまらなかった。
「やっぱりこの国はさっさと通過しよう」
「うん」
不幸中の幸いだったのは街自体が海に近く、魚介類を使う料理が豊富だったこと。
エリスは魚料理は口にしたことがあったが、エビカニ貝類は初めて。地球とは少し風味が違う物が多いこともあって、似たような調理をしているのに味も食感も違い、リョータも楽しめた。
これで料理も微妙だったら、監視の目をかいくぐって街を逃げ出していたところだった。




