初めての納品
「喜ぶのはまだ早いぞ」
「あ、はい」
解体のためにナイフを……あ、そういうことか。背負ったバッグの横に着いたポケットからナイフを取り出す。すぐに出せるようにここに入れたのか。それと、小さなシャベルを出して、とりあえず地面を掘る。掘る、掘る、掘る……
「ん、そんなモンでいいだろう」
結構きつい。そうか、魔法を使うと楽に掘れるのか?まあそこは後回しにして、早速解体だ。
まずは首を落とすのだが……
「あー、そこじゃないもう少し上」
「この辺……あ、そうか、ここか」
骨と骨の間、軟骨部分を指先の感覚で探り当てて切る。その後、お腹側を切って開いていく。どうやって切っていくのが良いか、どうやって開いていくか、と言った手順をリナとシエラが手取り足取り……ではないが、じっくり丁寧に教えてくれるのはとてもありがたい。と言うか、これいきなりやれと言われても出来る物じゃないだろうな。
それにしても、意外なことに何の抵抗もなく解体できた。普通は戸惑ったり、気持ち悪さを感じたりしそうだけど……この辺、神の奴が何かした可能性もあるな。ま、そこは感謝しておこう。
さて、とりあえず埋めようとしてふと疑問に思うことがあった。
「あの、この角って、使い道はないんですか?」
「「ない」」
「全否定ですか」
「この堅さは何かに使えるか、と研究してる人もいるけど、堅すぎて加工できないんだ。工夫すれば粉々に砕くことは出来るけど、鉄や銅のように熱を加えると溶けるとかもないしどうにも使えなくてね、捨てるしか無い」
「そうなんですか……」
「一応、時々ホーンラビットの角を求める依頼もある。粉末にしたら何かの薬に出来ないか、と研究している変わり者もいるからな」
「……とりあえず埋めますね」
解体は、一時間くらいかかったが、初めてにしては結構よく出来たらしい。
「最初にしては上出来。慣れればもっと早くできるようになるさ」
「はい!」
「と言うことで、もう一回。ステラ!そっちはどうだ?」
「オッケー、行くよ~」
どうやらもう探してきたらしい。
「明日からは探すのも自分でやるんだぞ」
「はい!」
さあ、頑張ろうか。
――二羽目は少し早く捌けました。
「少し早いが今日はここまで。帰るぞ」
「はい」
リナの言う通り、まだ日が沈むには一、二時間ほどありそうだが、帰ったら何かあるようだ。今聞くと色々アレな事になりそうなのでやめておこう。
門の衛兵に冒険者タグを見せて街に戻る。
「ギルドまでの間にある店は二種類。いろいろな道具や武器を売っている店と、素材を買い取る店だ」
「……来るときは、見てる余裕ありませんでしたからね……」
「ぐ……それはともかく、素材の買い取りだが、そのホーンラビットも買い取ってもらえるぞ」
「これが……」
四人からは「初日にしては上出来」と評価された肉、である。
「と言っても、店によって買い取る素材は違うし、買取額は結構厳しい査定額になる」
「ホーンラビットだと、最高でも小銀貨二枚かな。かなりいい状態でないとそこまで行かないね。私も結構買い叩かれたわ」
「ステラ……最初どころか、『今でも』でしょう?」
「ぐ……」
「その点、冒険者ギルドは相当ひどい状態でない限りは一定の金額で買い取ってくれるからね」
「……それに、買い取りの時に色々アドバイスを聞くことも出来るからね」
「なるほど」
「それでも上達しないというのは一種の才能ね」
「ぐは……」
一名の脱落があったものの冒険者ギルドに到着。まだ時間も早いので受付はガラ空きだった。
「あの、これの買い取りをお願いします」
「お帰りなさい、短い時間でしたけど、二羽も取れたんですね」
受付にいたのはケイトだった。ああ、笑顔に癒やされる……と見とれていたかったが、さっさとカウンターの奥へ行ってしまった。残念。
「はい、ではこちら、二千ギルです。使いやすいように細かいのを入れておきました」
小銀貨一枚と大銅貨十枚。これが今日の収入だ。
「捌き方も最初にしては上出来だと思います。まあ、諸々のコツはシエラさんから聞くといいですよ」
「そうなんですか?」
「あのパーティで、というよりもこの街に今いる冒険者の中では五本の指に入るくらいに、魔物の捌き方がうまいんです」
「わかりました」
お金を受け取り振り返ると……四人がいない。あれ?と思ってみると「おーい、こっちこっち」と酒場のテーブルから呼んでいた。
まだ日もある内から飲むつもりなのかと思ったが、どうも違うようだ。
「さて、今日最後に教えるのは、と……まずロープを出せ」
「ロープ?ああ、あります」
テーブルの上にバッグから取り出したロープを置く。
「じゃ、ロープについての解説。これはステラの方がいいかな」
「りょーかーい。まずこのロープだけど、細くて長さはそこそこ、という……ぶっちゃけ、初心者研修でしか使わないタイプね」
「は?」
「太さはこのくらいでもよく使うんだけど、それならもっと長いのを用意するのが普通」
「えーと……?」
意味がわからない。確か、必要なものを用意したって……
「あくまでも研修で使う、と言う意味で用意したってこと」
「研修で……?」
「冒険者が一番使う道具は何だと思う?」
何だろうか?
「今日一番使ったのはナイフと、麻袋?」
「ま、それもよく使うけどね。正解はこのロープ」
「ロープ……」
「荷物をまとめる、崖や木に登ったり降りたり、今日はホーンラビットを袋に詰めたけど、物によってはロープで縛ることもあるし、あとは地面に低く張って罠にしたり」
「なるほど」
「ダルクの店でも、店先には十種類くらいしか置いてないけど、太さや強度の違いでざっと百種類くらい倉庫にあるよ~」
「マジか」
「冒険者の道具はロープに始まりロープに終わる、そう言う人もいるくらい大事な道具。研修の間はいいけど、研修が終わったら、行き先や目的に応じてロープを用意して使い分けること」
「はい、質問」
「どぞ~」
「行き先や目的に応じて、ってのも研修で教えてくれるの?」
「さすがにそこまでは無理。じゃあどうするかというと……」
「店で相談?」
「正解。使い道を言えば色々とアドバイスしてくれるから、その中で『これだ!』ってのを選べばいいよ」
「わかりました」
「さて、種類はそんな感じで、じっくり経験を積むしかないんだけど、その前に覚えておくことがあります。何だと思う?」
「……使い方?」
「正解。正確に言うなら……結び方、ね」
「結び方……」
「何となく結ぶと緩んだり、最悪ほどけたりするからね。時には命を預けることにもなるから、しっかり覚えておくこと」
「はい」
「とりあえず今日は基本的な結び方の中から三つ教えるから、このロープで練習して」
「練習用だったんですね」
だから、バッグの奥の方で取り出しにくくても問題ないし、長さもハンパな長さでいいという訳か。
「そこでその輪に通して」
「ここ?」
「違う、こっち」
「こう……」
「次はこっちに回して」
「こっちに……」
一つ目で心が折れそうになってきた。前世では、結び方なんて蝶結びとネクタイの結び方を知っていれば良かったからな。と言うか、異世界転生するラノベでロープの結び方を学ぶシーンなんてあったっけ?
「よし、あとはしっかり練習」
「はい……」
すっかり日が暮れた頃になんとか三つ覚えた。忘れないうちに練習しておかないとな。
「なに、そのうち目をつぶってても結べるようになるさ」
「その代わり、ちゃんと手順通り結ばないと……死ぬこともあるからね?」
「頑張ります!」
明日の集合時間だけ決めると解散、四人は少し離れたところに宿があると言うことでギルドを出ていった。
とりあえず晩飯にしようかとロープをしまい始めると周りで様子を見ていた連中が寄ってきた。
「よ、新人。どうだった?」
「あいつら面倒見はいいからな。しっかり学べよ」
「そうそう、まうぐぅぁぁ……
ドグァシャァァァッと吹き飛ばされる一名。そして、そのままニコニコと去って行くリナ。
「だから、名前を口にするなと言ったのに……」
「自業自得だな」
一体どういうことなんだろうか。だが、聞くのも怖いので触れないことにする。
「そうか、それは良かったな」
「はい」
「じゃあ、一つ教えてやろう。実はな……」
その後、「一緒に食おうぜ」となり、十人ほどでワイワイと騒ぎながら、ホーンラビットを捌くコツ、何てのを教わったりしていた。いい人達ばかりだな……すっげー酒臭いけど!!
そして何となく解散し、部屋に戻る。
「結び方の練習もしておきたいが……その前に風呂だな!」
場所は聞いていたので、着替えその他を持って出かける。
それほど遠くもなく、料金も安いので、毎日通ってもいいかと思いながら、中に入る。脱衣所はまさに『銭湯』という感じでロッカーが並んでいる。
服を脱ぐ前に、壁に掛かった鏡が目に入った。そう言えば、こっちに来てから一度も鏡を見たことがない。高価なのか、ただ単にギルドには必要ないだけなのか……恐る恐るのぞいてみる。
明るい茶色の髪に深い青の瞳をした、ハリウッド映画の子役にいそうな顔立ちの少年が映っていた。神の言っていたように、『可愛い』と言えそうな感じだ。前世の純和風な顔立ちとのギャップが激しいが、これからはこれが自分の顔だ。慣れるしかないな。
服を脱いでロッカーに入れ、奥へ入ると……
「壁に富士山の絵を描けば完全に銭湯だな……」
実際に銭湯に行ったことはないのだが、たまにテレビで紹介されたりしていた物とそれほど違いがない。置かれている桶が黄色くてケ○ヨンと書かれていたら完璧だった。
隅っこの方に座り、体を洗う。昨日と今日、二日間歩き続けたり、狩りをしたりで結構汗をかいたし、特に今日はホーンラビットの解体で血や脂がついている。一応井戸で洗い流していたが、それでもやっぱり気になるので、ゴシゴシ洗ってから湯船へ。
「気持ちいいなぁ……」
こっちに来てからまだ二日だが、前世の一ヶ月分以上に色々あったと断言できる。特に今日は狩りをしたせいもあって手足がパンパンに張っているが、それすらも心地いい。
「とりあえず帰ったら、結び方を何回か練習して……あ、魔法の本も読みたいけど時間が厳しいな。研修の間はそっちに専念して、魔法は研修が終わってからにするか」
あまり夜更かしすると明日に響きそうだが、魔法については研修中に、ナタリーにいろいろ聞いてみるのもいいのだが……やりたいことが多すぎるという贅沢な悩みである。
「ま、今日はロープの結び方だけにしよう」
そう決めて、風呂から上がった。