旅の再開
「ホントにやるんで?」
「当たり前だ。舐められっぱなしでいいのか?」
「それは……そうッスけど」
深夜、リョータたちの部屋へ通じる廊下を数名の男たちがヒソヒソ話ながら進む。
「お前らが何をされたか知らねえが、あんなガキ二人、どうってことねえだろうが」
ボスは一応住民証の手配をしたが、一方で二人を縛り上げて売り飛ばすように指示を出していた。この業界、舐められたら終わりなのだ。
リョータたちの部屋は廊下の突き当たり。ドアまでの距離はあと五メートル。一応鍵はかかるようになっているが、古くなったドアなど、簡単に蹴破れる。この人数、しかも仲間でも指折りの腕っ節を集めている。一斉に襲いかかれば、万に一つも失敗は無い。
「一気に行くぜ」
「おう」
「一、二の三!」
六人が一斉に駆け出し、落とし穴の要領で軽く四隅を固定した布の上に板を置いただけの場所に飛び乗り、そのまま階下へ落ちていった。しかも、階下の床板も外してあるので二階分の落下。
「ぎゃっ」
「ぐえっ」
「ぐぎっ」
様々な悲鳴が聞こえたところでドアが開き、リョータが穴をのぞき込む。
「お前らさ……でかい声が中でも聞こえたぞ。つーか、このくらい予想して対策してると思わなかったのか?」
無駄に天井の高い構造になっているせいで、落下した高さは十メートル弱。
それだけだと不十分かなと、一階部分も丁寧に床板を外し、固い地面を露出させておいたので、骨折は免れない落とし穴トラップだ。
「ほらよ」
上から毛布を数枚落としてやる。
「夜は冷えるからな。温かくして寝ろよ」
これで安眠できそうだ。
翌朝、ロビーとダンが部屋まで呼びに来た。勿論、起きてすぐに廊下の床板を元通りにしておいたのだが、なんだか恐る恐る歩いてきていた……つか、左手は添え木して吊ってるし、あちこち包帯巻いてるし……暗くてよく見えなかったけど、お前らも襲撃っぽいのに参加してたのかい。
改めてボスのところへ向かうと、両隣をガタイのいい男で固めていた。イヤイヤ、警戒しすぎだろ。
「これが住民証だ」
「ども」
「……」
「何か?」
「イヤ、その……」
「ああ。心配しなくても。これがちゃんと使えれば、もうここには来ないから」
「そ、そうか」
冒険者証より少し大きめのそれを手にさっさと外に出る。相変わらずロビーとダンが後からついてくる。
「そんなに心配しなくても」
「そ、そうか?」
「それとも、これがちゃんと使えない可能性がある、と?」
「いえいえ!そんなことは!」
ヘコヘコしながら離れていった。エリスによると、ずっとついてきているらしいが、気にせずに買い物をする。
ストムを出るまでにどのくらいかかるかわからないが、この街である程度保存の利くものを買い集めておきたい。この住民証で街を出ることは可能だろうが、他の街でも使えるかどうか不安があるからだ。一応、工房に戻れば色々あるけど、それは最終手段にしておきたい。
「地味に面倒くさい」
「はい……」
街を移動する者が少ないと言うことは、旅に必要な物を買い求める者も少ないと言うこと。考えてみれば当然で、物の売り買いで移動する商人たちは必要な物は自分たちで用意するか、馴染みの商人に最初から話を通しているのが普通。店先で購入するのはかなり珍しいため、店の壁に「○○あります、店員まで」だらけになり、買う度に聞かれるのだ。
「ほう、どちらまで行かれるので?」
こっちは隣の街の名前すら知らないんだけどな。仕方が無いので
「坊ちゃんの気まぐれなので、どこに行くかは何とも……」
商会の三男坊くらいがわがままを言っているのに付き合わされてる使用人、と言う空気をエリスが無理して醸し出して何とかごまかす。それで「そりゃ大変だ」で済ませてくれる店はまだいいが、商会の名前を聞き出そうとしてくる店も多く、さらにそこからごまかすのに苦労する。
「うう……」
「もう少しだから、我慢して。ね?」
耳を隠している頭巾が不快で、エリスが何度も位置を直している。現時点の情報ではこの国での獣人の扱いがどういう物かは全くわかっていない。少なくともストムに来るまでは街で普通に獣人を見かけたのだが、この街ではゼロ。シーサーペント討伐の間は「冒険者=シーサーペント討伐のために使い潰す者」だから、人間も獣人も関係無しだっただろうが、普通の国民として獣人がどういう扱いか、全く情報が無いので隠すしかない。
買い物を終えて荷物をまとめたら西門へ向かう。昼を少し回ったところだが、宿もろくにないようなこの街にこれ以上いるのは難しいし、一刻も早く離れたい。そのために野営の準備までしたのだから。住民証がきちんと使えることだけを願いながら衛兵のチェックを受ける列に並んだ。
「フム……ほう?なるほど」
二つの住民証と二人を見比べる衛兵。一応、チェックを受ける前に、リョータがヤバいと判断したら合図をして強行突破をする予定にしているが、勿論そんなことは避けたい。
「えーと……これ……と。ほい、通っていいぞ」
「ご苦労様です」
「ん?あ、ああ。うん」
衛兵が何かを書き付けて、住民証を渡してくる。ご苦労様です、と労いの言葉をいきなり返されて戸惑っていたが、悪い印象を与えることは無いはず。そのまま門を抜けて街壁の外へ。
「やっと外か」
「はぅ……疲れました」
「ははは」
少し離れた所でエリスの頭巾を外し、撫でてやると嬉しそうに目を細めて、尻尾をパタパタさせる。撫で心地も良く、嬉しそうな笑顔にも癒やされる至福の時間だ。
街道沿いに歩き、門が見えなくなった辺りで街道をそれて森の中へ入ると、転移魔法陣を設置し、工房へ。
「今日はここで過ごそう」
「はい……えっと……その……」
「荷車の点検整備。明日から使うからね」
ぱっと表情が明るくなって、尻尾がパタパタと振られる。そんなに荷車、気に入ったのか。
かなり丈夫そうな荷車を選び、適度に部品も交換しながら走らせてきていたが、やはりそれなりにガタが来ているので、一旦全部バラして点検。走行中に大破とか洒落にならないので、ダメと判断したところはドンドン交換していく。そして金属板を打ち付けて補強も。そのための部材は大量に用意しておいたし、安全のためにはこのくらいは当然だ。
さらに、これまでに集めた情報から、改造も必要だろうと言うことで色々と手を加える。なんだか魔改造っぽく――文字通り、いくつかの魔法陣を追加した――なってしまったが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせる。
軽く走らせてガタつきも無く、滑らかに走ることを確認したら、作業はおしまい。
工房に備蓄してある食料を使って夕食にする。保存用の干し肉もいいが、やはり生肉を焼くとエリスの食いつきもいい。
ニコニコしているエリスにこれからのことを話しておく。基本的にストムを抜けるまではここに戻ってくることはないので、しばらくは干し肉と干し野菜生活になること。その代わり、移動は荷車。あまりストムの情報を集められていないが、五つの街がある事まではわかっている。だが、どこも冒険者だとわかると拘束される可能性が高いので、街には寄らないつもりだ。
翌日から早速荷車を使って移動開始。当初、街道を通らない予定だったのだが、よく考えたらこの国、街道を通る者がほとんどいない。街道としてしっかり整備されていて、馬車が通るに困らないようになっているのに、肝心の馬車がほとんど通らないと言う、なんとも勿体ない状態になっている。そこで、どうせ街に寄る予定も無いのだから、誰に見られてもいいやと街道を思いのままに走らせる。
「ひゃほぉぉ!」
エリスがカーブを絶妙に攻めていくのを荷車の後ろで手足を突っ張らせて身動きせずにやり過ごす。下手に動くと、バランスを崩して転がりそうなほどに車体を傾かせての片輪走行。荷車が壊れるのも時間の問題だな、と楽しそうなエリスを見ながらそっとため息。
……壊れたら泣くんだろうなぁ……
その時はその時か。新しいのを買う……うーん。出来ればストムを抜けるまでは保って欲しい。




