たまには裏口も
ウォルテに限らず、ストムの街には宿がほとんど無い。
そもそも、この世界で一番宿を使うのは冒険者、次いで行商人。そして、行商人は冒険者を護衛に雇うことが多い。つまり、冒険者がいないこの国では行商人が安全に行き来するのがやや難しいため、行商人自体が少ない。その代わり、小さな村でも店があり、大手の商会により運営されている。そしてその大手の商会は自分たちで護衛を用意しているし、街や村で泊まるときも自分たちで宿泊用の建物を用意しているから、宿を使う人も機会も本当に少なく、結果的に宿自体が少ない。実際、ウォルテは人口だけで言えば二万人ほどらしいが、この規模でありながら宿はたった三軒。この状況だと宿に入った瞬間に足がつきそうなので、宿を取るという選択肢はあきらめた。
とりあえずどうにかして街を出るしか無いと、東へ向かって歩き始める。門を普通に通過するのは無理そうなので、最悪の場合は強行突破。あるいは外壁に穴を開けるか。出来れば穏便に済ませたいと思っていたら、エリスがマントの下から尻尾をペシペシと二回当ててきた。
「二人か」
「うん」
「衛兵じゃないな」
「ちょっと柄の悪い感じ」
さて、どうしようか……と言っても、対処方法が色々あるわけでは無い。
何より、この街で何か騒ぎを起こしてしまうと、都合が悪いことが多すぎる。穏便に済ませるには……
「エリス」
自然な感じで口元を手で隠し、小声でエリスに作戦を伝える。
「……ってのは、どうかな?」
「大丈夫です」
「よし」
少しだけ歩く速さを上げる。
「どう?」
「ついてきてる」
「よし、そこの角を右」
通りをただ普通に歩いているだけだが……
「ついてきてます」
「次を左」
いくつかの角を曲がってみたが、ついてきている。偶然一緒の方向を歩いているとは考えづらい。
「次、そこの路地へ」
「はいっ」
二人並んで歩くのがやっとの幅の路地に入ると走り出す。
「くっ」
背後で慌てたような声が聞こえる。全く、何でこんな普通の少年少女(笑)を追いかけてるんだか。
路地に入ってからはエリスを先行させて進む。
「次を右に。そこで」
「了解」
サッと、エリスが細い路地へ駆け込み、リョータも続く。そして
「光学迷彩展開っと」
転がっているガラクタの影に身を潜め、ラビットソードをいつでも抜けるように用意。
「クソッ、どこ行きやがった?!」
こちらの姿が突然消えたのでかなり焦っているようだ。
「だが、こっちに入ったのは間違いない……行くか」
来るんかい!と突っ込みたかった。普通は怪しいと思って引き返すだろうに。
「なあ、おい……やめようぜ」
「は?何言ってんだ?!行くぞ!」
「で、でもよぉ……」
もう一人は、ちょっと逃げ腰のようだ。
が、説得するつもりも無いのか、渋々といった感じで細い路地に入ってきた。
さて、この距離、この状況なら……
「スタンガン」
「ぎゃっ」
「ひっ」
一発で片がついた。
「モがッ!モガがッ!モがッ!」
多分、「こんなことをしてタダですむと思うなよ」とでも言っているんだろうが、うるさく騒がれても困るので布で厳重に口を塞いである。
「モガッ?!」
毒は無いが、ものすごく臭い薬草の絞り汁を上からしみこませたら涙目になって縛られたままの足をドタバタし……すぐにおとなしくなった。
ちなみに離れていれば大したことは無いのだが、エリスはキツいらしく、鼻をつまんで顔をしかめて離れている。まあ、そうだろうな。
「あ、兄貴……お、おい!兄貴に何を」
気の弱そうな奴の口は塞いでいない。いろいろ聞き出すのに都合が良さそうなので。
「あまりの臭いに気絶しただけ。こんなところで下らない殺人をする気は無いよ」
そう告げると、ラビットナイフを取り出し、そのまま地面に突き刺す。
さしたる抵抗もなくサクッと突き刺さったそれを抜いて告げる。
「こちらの質問に答えてくれないと、これを使って二人とも千切りにして捨てるからそのつもりで」
「ひっ……は、はいっ」
ブンブンッと大げさに頷く。うん、ちょっと脅かしすぎたかも知れない。
交通手段が徒歩か馬車というこの世界では旅行という概念は無く、街から街へ移動するのは冒険者と行商人が大半。そして、その移動自体も少ないこのストムでは、街で見かけない顔を見たらだいたい街に来たばかりの余所者というのが一般的な認識で、さらにあまり治安がいいとは言えないこの国では、そうした余所者はいろいろな犯罪のターゲットになりやすい。
「おお、確かに見かけない顔だな」
「女の方は色々楽しめそうだな」
「そのあとも高く売れそうだ」
「ガキの方は?」
「ああいうのが好きという貴族がいるぞ」
「よし、両方攫うぞ。顔に傷を付けるなよ」
そんな会話の後、尾行を開始。どういうわけか路地に入って行ったので、これがチャンスと近づいたら逆に拘束された。何がなんだかわからないうちに。
ロビーとダンと名乗った二人を色々問い詰めてわかったこと。
ここストムでは大人として認められる年齢になると、全ての住民に冒険者証のようなタグ、『住民証』という物が発行される。これを持っていないと、他国から入国したと見なされる。そして、九割方は冒険者と判断され、シーサーペント狩りに駆り出される。
この住民証があれば街の出入り時のチェックは最小限になるらしい。らしい、というのは細かいことをこいつらは知らなかったからなのだが、そこはいいだろう。
問題は、余所者に対する扱いだ。
こいつらは同じストムの人間でも、他の街から来た人間を攫い、貴族などに売りつける。目的は色々で、だいたい予想通りの目的に使い潰すらしい。リョータが今までに通ってきた国では考えられないようなことが平然と行われる国、それがこのストムという国だ。
「面倒くさい国だな……」
さっさと通り抜けてしまうに限るが、そのためには、まずこの街を出ないと話にならない。そして、そのためにはどんな手段も使ってやろう。
「一つ確認。その住民証、偽造することは出来るか?」
「え、えーと……」
「答えろ」
「は、はいっ!出来ます!」
「ほう」
話が早くて助かるな。
「で、でもですね」
「うん?」
「その……俺らのボスがその伝手を知ってるって程度で」
「なるほど」
仕方ないな。
「じゃ、お前らのボスのところに案内しろ」
「え?」
「さっさとしろ!」
「は、はいっ!」
国家に喧嘩を売るつもりは無いが、こいつら相手ならだいたいのことが許される、としておこう。
ゴチャゴチャした路地を抜け、少しだけまともな建物に入り、奥の部屋へ。
「ここです……」
そう言って立ち止まる二人に容赦なく告げる。
「開けろ」
「は、はいっ!」
ガチャリとドアを開けると数人のいかにもな男たちが、酒を飲みながらヘラヘラ笑っていた。いつも思うが、こう言う連中って何を話題にしてヘラヘラ笑っているんだろう?
「あ?何だお前ら」
一番奥にいた、一番偉そうな奴の問いに簡潔に答える。
「お前がこいつらのボスか?単刀直入に言う。偽造住民証を二人分、用意しろ」
「は?何をいきなり」
「用意しろ」
立ち上がろうとした他の男たちをバチン!とスタンガンで無力化する。
「な、何を……」
「何だっていいから用意しろ」
住民証には名前と性別、生まれた年が書かれているのだが、適当にそれっぽいのを作るように指示を出す。
「だ……だが……その……何だ……金が要る」
「ほらよ」
小金貨一枚を放る。
「それで足りるか?」
「え、えっと……」
「足りるか?と聞いたんだが」
何か言いかけたところにまたスタンガン。周りの男たちをビクンと痙攣させてやったら、明日の朝までに用意すると快諾してくれた。
「さてと……どこか一晩過ごせるところはあるか?」
「えーと……」
「あるか?」
「は、はいっ!」
こいつら、別に犯罪者集団と言うほどの物では無く、単なる不良青年の集まりっぽいな。ある程度、街を出る算段がついたら衛兵の詰め所前にでも転がしておこうかと思ったがやめておこう。そこまでするような相手でもない。
ボス(笑)のいた建物から、少し離れたところのボロ家の三階に案内された。
「ここくらいしか使えそうな場所は無くて……」
「明日、住民証が出来るまでここにいる。出来上がったら「も、持ってきます」
「ありがとう」
察しが良くて助かるね。
部屋の中は薄暗くて少しカビ臭いが、明日の朝までの辛抱だとエリスにも我慢してもらうことにする。
「晩ご飯は……久々に干し肉だな」
エリスはこの噛めば噛むほど味が出る感じが好きらしいので、いいんだけどね。




