逃走と合流
「えーと、遠慮します」
「遠慮するな。うまいメシをたっぷり用意してある」
「要りません」
「酒も美女も選り取り見取りだぞ」
「要らないし。エリスの方がきっとかわいいし」
つい本音が出た。
エリスが真っ赤になって、アタフタしているが、それはそれとしておこう。
つか、こんなガキ相手に酒とか美女とか馬鹿なのか。馬鹿なんだな。
「じゃ、そういうことで」
そう言ってそのまま通り過ぎようとしたのだが、
「逃がすな」
周囲をずらりとフル装備の騎士に囲まれた。
「逃がすなって……せめて本音は隠せよ」
「うるさい!冒険者風情が俺に逆らうとどうなるか思い知らせてやる」
この人、偉い人なんだろうか……知らんけど。
「やれ!」
号令と共に騎士たちが剣を抜き足を進めてくる。
だが、馬鹿正直に相手をするつもりは無い。
「エリス」
「うんっ!」
船長から話を聞いたときに、いくつかパターンを想定しておいたが、一番単純なパターンで来たのでそのための対応を開始する。
合図と共にエリスがリョータを抱き上げる。先ほど同様に。
そして、ダンッと地響きがするほどの跳躍。一気に数メートルの高さまで飛び上がると、さらに空中足場でダンッダンッと跳んでいく。
「な、何だありゃ?!」
「お、追え!逃がすな!」
色々騒いでいるが、当然無視。
港にずらりと並んだ倉庫を越えたところで地面に降りるが、このくらいの距離ではすぐに追いつかれるか、囲まれるか。
だが、エリスがリョータを抱えて移動できるのはこのくらいが限界。と言うことで
「ここで二手に」
「ん……リョータ、気をつけてね」
「エリスも」
パンッと手を打ち合わせて二手に分かれる。
あらかじめ船から街を眺めて「あの辺りで落ち合おう」と決めていた場所へ向けて駆けていく。
エリスはただ単に走るだけで、誰も追いつけない。リョータはと言うと……
「爆音!爆音!」
ドンッドンッと音と光をまき散らすだけの魔法で目くらましをしてからさっさと狭い路地へ入り、どんどん奥へ進む。道に迷う可能性はあるが、そんなことを言ってられる状況では無い。
薄暗い、ゴチャゴチャと物が散乱している辺りに来て、物陰に身を隠し、魔法を発動する。
「名付けて光学迷彩魔法」
光の屈折率を微妙に調整して自分の周囲で乱反射するようにしてやると、プ○デターか、攻○機動隊かというゆらゆらチラチラした感じになる。
こんなところなら、これでも充分にごまかせる……と思う。
「いないぞ!」
「こっちに来たはずだが……」
「まさか、こっちに行ったのか?」
「おい、確認してこい!」
「はい!」
何で、たかが冒険者二人に大騒ぎしているのだろうかと疑問に思うが、彼らには彼らなりの事情があるんだろう。
声と足音が遠ざかっていったので、背嚢を下ろして中身を出して着替える。そして手足と顔と髪をそこらの土埃で汚し、大きな袋に荷物を全部入れて肩から背負う。
鏡が無いからわからないが、多分これでいい、と思う。ま、見つかったらその時はまた逃げればいい。そう考えて路地を進んでいき、大きめの通りに戻った。
あとは、あらかじめエリスと決めていた集合場所――船から見えた特徴的な形の建物――を目指して歩く。
この街に限った話では無いが、この世界ではリョータくらいの歳になるとだいたい誰もが働き始める。そのため、ちょっと汚れた格好で袋に詰めた荷物を背負って歩くリョータの姿は、どこかの店の見習いか、親の仕事を手伝っているように見える、ハズだ。
そして実際、向こうからリョータたちを港で追い回した衛兵が走ってきたが、リョータをチラリと見るだけでスルーした。そりゃそうだ。まともな人相書きが有るわけでも無い、港でいきなり逃げ出した少年少女の顔なんてまともに覚えていないだろう。
服装に少し特徴があったとしても、全部着替えているから手がかりになりにくい。
日本の警察はこう言うときに靴を見て判別するなんて話を聞いたことがあるが、それこそどこの街でも見かけるようなデザインの靴をまねて作っている靴だから、気づきにくいようだ。
「ま、うまくごまかせたのはラッキーと言うことで」
ぼそりと呟き、荷物を背負い直すと歩き始める。
エリスの方は……単純に脚力で逃げ切りそうだな。
多分大丈夫と思いつつも、それなりに警戒しながら目的の建物を目指す。形だけ見ると教会のような宗教施設に見えるけど、よく考えたらこっちに来てからそういう宗教関連の施設に入ったことは無かったな。
まあ……この世界の神って、アレだからな。敬いたいとか祈りを捧げたいとか、そういう気持ちが全然沸いてこない。と言うか、今まで通ってきた国や街、そういう宗教色はあまり濃くなかったな。
教会みたいなのがどこにあるかなんて、気にしたことも無かった。と言うか、一番長くいて街もよく見て回ったヘルメスですら、どこに教会があるのか知らないぞ。大丈夫か、この世界、というかあの神。信仰する者が少なすぎて力を失ったりとかしないだろうな。
……別に力を失っても、俺には関係なかったか。
クスッと思わず笑みをこぼしながら歩く。このペースならあと五分もすれば目的の建物に着く。エリスは先に着いているかもな。
たどり着いたそこは、確かに教会のようだった。空高くそびえる尖塔の先には十字架が付いているし、壁や柱のそこかしこに神様っぽい感じの彫刻が施されているし、なにより出入りする人たちが、丁寧に礼をしたりしている。
地球でも、モンサンミシェルのように巨大な教会とかがあったが、それと比べても遜色ない規模と、建築の精緻さに少し息を飲む。
よく考えたら、ナーロッパのモデルとなる、中世ヨーロッパって、信じられないほど巨大な教会建築があるわけで、石やレンガを使った建築や彫刻を始めとする装飾技術のレベルは現代地球と比較しても、それほど見劣りはしないのだ。
「ま、どういう教義かわからんから中には入らないけどな」
呟きながら周囲を見渡し、隠れていても不自然で無さそうな路地を見つけて入る。あとは、普通に会話する程度の大きさで「エリス、いる?」と言えばいい。
しばらくすると、路地の角から一つの影が飛び出し、リョータの腰へ向けてタックルを仕掛けてくる。
「ぐえっ」
突然のことに反応できず、そのままドンッと壁に押さえつけられる。
「う……ぐ……」
トントン、とその相手の背を叩く。
「エリス……苦しい……」
「あ!」
ぱっと手を放してくれたが、あと少し絞められていたらヤバかった。
「ご、ゴメンね……」
「いや、大丈夫。うん」
よく考えたら、一緒に行動するようになってからは、サンドワームの一件を除くと、風呂・トイレといったような場面以外では常に一緒にいた。
だから、今回のように離れて行動、と言うのがエリスにとってはたまらなく不安だったんだろうな。
リョータは路地裏に隠れて全部着替えたが、さすがにエリスに同じ事をさせるのは酷なので上からマントを羽織らせて尻尾を隠し、大きめの布を頭巾にして耳を隠し、リョータと同じように荷物を袋に詰め替えれば……
「普通に俺らを追いかけてた衛兵っぽいのが通り過ぎていった」
「なんか不思議な感じ」
エリスにしてみれば、服装なんて変えても匂いですぐにわかるらしいから、こんなのでごまかせるのが不思議らしい。
「さて、とりあえずの安全は確保出来たんだけど……」
「どうするの?」
「そうなんだよな」




