ホーンラビット
「あの……二つほど聞きたいことがあるんですが」
あのグダグダになった場がどう収拾されたのかは長くなるので割愛して、とりあえず森へ向けて普通に歩き出したところでリョータが尋ねる。
「答えられることなら何でも答えよう!」
フン!と胸を張りながらドンと胸を叩き、リナが答える。
「さっきギルドでナタリーさんが言ってた『猛牛ガイアス』って何ですか?」
「ああ、アレね。あの支部長が現役だった頃の話よ。どこかのダンジョンでミノタウロスに遭遇したんだって。ミノタウロスって知ってる?」
「名前だけなら。あとすごい怪力だとか」
「その認識で正解。で、戦い始めたんだけど武器が折られて」
「え……」
「普通なら逃げ出すところなんだけど、仲間が傷ついていて逃げるわけにいかず……素手で組み付いて」
「ミノタウロスと格闘戦……ですか」
「そして、ミノタウロスを絞め殺したのよ」
「それでついたのが『猛牛ガイアス』という二つ名」
「すごい……と言う次元じゃ無いですよね?」
歓迎会のときに何人も組み付いていたのに、苦も無く暴れ回っていたのは幻覚では無かったようだ。
「で、もう一つは?」
「あ、はい。これから森に行くんですよね。何をするのかなって」
「ああ、そういうことね。もちろん現場でちゃんと教えるけど、ホーンラビットを狩ってもらうわ」
「ホーンラビット?」
「その名の通り、角のある兎よ。さて、ステラ先生、解説をどうぞ」
「え?私?え……えっと……コホン、ホーンラビットを狩る理由はとっても簡単よ」
「簡単?」
「冒険者として生活していくために必要なものは何かというと……」
「何かというと……?」
「ズバリ、お金!」
「それ、冒険者じゃ無くても必要ですよね」
ステラが高々と人差し指を突き上げるが、とりあえず突っ込みは入れておく。
「でも冒険者じゃ無い人は、何かを作ったり売ったりして稼いでいるでしょう?冒険者はどうやって稼ぐかというと?」
「魔の森で、魔物を狩る?」
「その通り。そしてホーンラビットは狩りやすく、肉や毛皮の需要が高くて常に買い取りがある。その上繁殖力が強くて魔の森ならだいたいどこにでもいると言っていいのよ」
「ホーンラビットの狩り方を学んでおけば、食べるに困らない程度の生活は出来る、と言うことですか?」
「その通り」
つまり、駆け出し冒険者が最初に行き詰まる、『生活費を稼ぐ』という事を学べると言うことか。それは確かにありがたいな。
「でもね」
リサが続ける。
「狩り方以上に学ばなければならないことがあるのよ」
「狩り方以上……狩ったあとのこととか?」
「正解。ま、これ以上は実地で」
ちょうど門に着いたので、魔の森へ入る手続きをする。
「五人か」
「初心者研修よ。この子、リョータがこれから来ることになるから、よろしく」
「よろしくお願いします」
「おう」
魔の森に行くときには衛兵に冒険者のタグを見せ、どこに行くかを参考までに伝える。こうしておくことで長期間戻らないときにはギルドに連絡が行くようになっているという。
「と言っても、街の規模によっては戻ってこなくても放置されることもあるから気をつけて」
「うん。ヘルメスはギルドのサポートが手厚いから、ここを基準にすると他の街で痛い目に遭うこともある」
「わかりました」
巨大な壁にある門をくぐり抜けるといよいよ魔の森だ。うっそうと茂るなんだか薄気味悪い気配のする森、そこかしこから見られている感覚、突然襲いかかる魔物……と言う期待は予想通り裏切られた。
「なんか……爽やかな草原ですね」
吹き抜ける風が運ぶ草の香りも心地いい、なんとものどかな草原が広がっていた……
「森に見えないんですが」
「森よ」
「どこからどう見ても森」
「魔の森以外の何物でも無いわ」
「うん、森ね」
「えーと……」
「「「「どこからどう見ても森よね!」」」」
「ハイ……ソウデスネ」
えーと……あ、確かに遠くに森が見える……そういうことじゃ無いか。魔の森ってこういうものなんだと理解するしか無いだろう。
「さて、何はともあれ、ホーンラビットを探そう。話はそこからだ」
「はい」
魔の森――ただの草原だが――を歩き始めて十分ほどで、先頭を歩くステラが足を止め、手で合図する。いた、と言うことだ。
「では私が」
リナがスタスタ歩いて行く。武器を構える様子も無く手ぶらで。
「一応言っておくけど」
リョータの隣に戻ってきたステラが言う。
「ホーンラビットとの戦い方は教えない。ついでに言うとリナの戦い方は何の参考にもならないから」
「はあ……」
どういう意味だろう、と首をひねっていると、リナが足を止めた。そして……いた。確かに角の生えた兎がリナと対峙している。前傾姿勢を取っている様子から、戦う気満々のようだ。
一呼吸おいて、ホーンラビットが駆け出し、リナとの距離を詰めていく。リナは……普通に両手をだらりと下げたまま。
トンッとホーンラビットが跳躍しその角をリナに突き立てようと飛びかかる。が、リナはごく自然に身をかわし、そのままホーンラビットの首を無造作につまむ。そして……ゴキッと言う音が、離れた位置にいるリョータにも聞こえた。
「え?」
何が起こったのかよくわからないが……リナがそのままホーンラビットをぶらぶらさせながら戻ってくる。
「とりあえず仕留めたぞ」
とてもいい笑顔で掲げる。
「な?戦い方は何の参考にもならないだろ?」
結構な速さで飛びかかってきた所をよけて首をつまんで骨を砕くなんて、人間業じゃ無いだろう。あ、獣人か。イヤ、そう言う問題じゃ無い。
「ま、本題はここからなんだ。シエラ」
「ほいよ」
ナイフを手にしたシエラがホーンラビットを受け取る。
「このナイフ、普通に売られている奴だけど、使い込みすぎててね、捨てるつもりだったからこうやって使うんだが……新品でも同じ事になるからよく見てて」
「ん?」
何のことだかさっぱり、と言う話をしながら、シエラがナイフを角に向けて振り下ろす。カキィンと言う音と共に、ナイフが折れた。折れて飛んだ刃は……すぐ鼻先でつまんでいる。
「え……?」
「ナイフ、もう一本あるからやってみる?」
スッとナイフが差し出されるので受け取り、ホーンラビットのそばに座る。
「根元のこの辺を狙って。他の所だと折れた刃がどこに飛ぶかわかりづらいから危ない」
「はい」
振り下ろす前にコンコン、とあててみる。
「あの……」
「うん」
「軽く当てただけで刃が欠けてるんですけど」
「だから、そういうものなんだって……リナ、説明よろしく」
「ああ。簡単に言うと、ホーンラビットの角は堅い、ということ」
「それはまあ、何となくわかりました」
「何となく、ではダメ。私たちの経験上、この角を切れるような武器、刃物は……いわゆる魔剣とかそう言う物だけ」
「え?!」
「ドワーフが三日三晩かけて鍛えた剣でさえも折れる。それがこの角よ」
「あ、支部長が初心者研修でほとんどの冒険者が短剣を折るって言ってたっけ」
「そう、相手がそれこそミノタウロスのような強敵ならいざ知らず、こんな兎相手に武器が折れることもある、ということ」
「なるほど」
「ちなみにホーンラビットはちょっと動きが速くてジャンプ力がちょっと強い程度で、角にさえ気をつければどうって事無いただの兎。まあ、好戦的でよほどのことが無い限り向こうから逃げていくことは無いわ」
「だから、戦い方自体はどうでもいい、と言うことなんですね」
「理解が早くて助かる。では次に」
そう言って、ホーンラビットの前に座る。
「ホーンラビットは肉と毛皮がメイン。角のある頭と内臓はいらないので捨てる。時間が経てば経つほど血が固まったりして肉が臭くなるから、速めに処理すること」
そう言って、取り出したナイフでスパッと首を落とし、ナタリーが魔法で地面に開けた穴に放り込む。そして、穴の縁に切断面を乗せて血が流れるように調整してから、スパッと腹側を開く。
「ここで、これを切って……こうして……こうするんだ」
手際よく、それでいてリョータが見て理解できるように手を止めながら説明していく。それでも十分もしないうちに解体が終わった。内臓と頭は特に使い道も無いのでそのまま地面に埋めてしまう。この辺はホーンラビットくらいしか魔物は出ないので、そのまま放置でもいいのだが、そう言う習慣づけが大事なのだそうだ。
「ざっとこんな感じ。あとは慣れだね」
「じゃ、早速やってみようか」
「え?いきなり」
シエラの無茶ぶりに慌てるのだが、当のシエラが指さす方角には……ステラがホーンラビットに追い回されていた。追い回されるというか、適度に距離を保ちつつぐるぐる回っているようだ。
「とりあえずやってみよう、ってことでステラが見つけてきたんだけど……準備はいい?」
「は、はい!」
「よし。ステラ!こっちへ」
その声を合図にステラがこちらへ走ってくる。リナ達三人がリョータから離れ……ステラがリョータの横を駆け抜ける。その後ろからはホーンラビットが。
「リョータ、万一が無いように私たちがついてるから。まずは戦ってみて」
「はい!」
追いかけていたターゲットとの間に現れたリョータに一瞬戸惑っていたホーンラビットだったが、標的を変更することにしたらしい。ぐっと姿勢を低くしてから……一気にジャンプしてきた。
「え?」
予想以上の速さと高さに一瞬硬直する。離れて見ているのと実際に自分に向かってくるのではここまで違うのか。マズい、角が一直線に顔面を狙ってきている。避けなければと思うのだが、体が動かない。
「く……」
「ホイッと」
いつの間かシエラがリョータの前にいて、角をつかみ、放り投げる。
「今ので、高さと速さはわかった?落ち着いてジャンプするタイミングを見て」
そう言い残し、一瞬で姿が消え、リョータの目の前には放り投げられながらも姿勢を戻して地面に着地したホーンラビットだけになった。
移動した気配すら感じられなかったんだが、なんだあれは……っといけない。今は目の前のホーンラビットに集中だ。
そして、ホーンラビットは再び姿勢を低くした。ここからジャンプ、あの速さとあの高さだと……ジャンプした……こうやって飛んでくるから……
とりあえず最初は避けてみることにした。結構な速さで飛んでくるが、飛ぶ瞬間がわかれば避けるのは簡単だった。
避ける、向き合う、跳ぶ、避ける、向き合う、跳ぶ……を何度か繰り返す。
だが、リョータもただ避けていたのでは無い。避ける瞬間にどこにどう斬りかかろうかと観察をしていた。
このタイミングだとここ?イヤダメだ、どう考えても斬る速さが追いつかないと思う。じゃ、ここか?
よし、次のジャンプでやってみるか。短剣を握りしめる。神からもらった物では無く、店で買った物。支部長とあの店長のお薦めの一品ならきっと大丈夫だ。
タンッとホーンラビットが何度目かのジャンプをする。そのタイミングに合わせて一歩下がりながら少し左へ。すれ違いざまに踏み込みながら首筋へ斬り込む。ザクッと言う思ったよりも軽い感触と噴き出す血。そして着地と同時に力なく倒れるホーンラビット。
「お……やった!」
思わずガッツポーズが出た。