貴族の護衛
「悪い話じゃないと思うんだがな」
「気が早すぎます」
「そうか?この歳で婚約者もいないというのは少し危機感があってな」
「あなた、貴族の物差しで話してはダメよ?」
「む、そうか……」
うーむと腕を組んで考え込んでいるが、無茶振りはその辺にして欲しいです。
「うーむ、親のひいき目だが、娘は可愛いだろう?あと五年もすればきっと妻によく似た美人になる」
「えーと……」
「それに私はこの街の領主。その娘との婚姻と言うことはつまりアレだ。逆玉の輿って奴だ」
こっちの世界にもその概念があんのかよ。
「どうだい?考えてみてくれないか?」
「考える以前の問題なんですけど」
「そうかい?」
「そうです」
そもそもリョータは冒険者。平民の中でも根無し草の上に、生活基盤も不安定。おまけに危険と隣り合わせの生活。貴族との結婚なんて身分違いも甚だしい。
アレ?
ラウアールの王女も年齢が近かったような……話を振って話題が変わると良いな。
「そう言えば、ラウアールの王女様と歳が近そうですね」
「聞いたことはあるな。ただ、さすがにここからラウアールは遠い。人となりは聞いたことがあるが、ラウアールに行ったことすら無いので何ともな」
「歳も近いらしいからお友達になれそうだけど、ちょっと気軽にって訳にはいかないものね」
急いでも片道一ヶ月以上かかる距離は確かに難しいか。
「まあ、前向きに考えてくれないか?」
「え、いや……何て言うか」
「返事をこの場でくれとは言わないよ。ただね、国内の貴族からは婚約の申し込みが来ている。年齢的に誰とも婚約していないってのは体裁も悪くてなかなか断りづらいんだ」
「え?」
ケイティも知らなかったようだ。
「ただね、国内の未婚の貴族というと……若くて三十後半、上は五十代。さすがにちょっと……ね」
ケイティが、すごくイヤそうな反応をしている。そりゃそうか。
一応、この国では結婚出来るのは十五歳なので、五年後か。上が六十代、下が四十代。日本じゃ親子と見なされるか、通報されるかのどちらか。
立場的に結婚しなければならない上に、結婚相手を自由に選べない。貴族って大変だな。
「あ、あのっ」
意を決したかのようなケイティの表情にちょっと引く。
この流れで「私じゃダメでしょうか?」なんて爆弾を投下されたら、場を取り繕う言葉が思いつかない。
「リョータさんたちの冒険のお話、聞きたいです!」
そっちか。とりあえず、受けの良さそうなドラゴン討伐とサンドワーム討伐、ノマルドでの盗賊討伐を語れば良いかな。
エリスの村の件は伏せておいた方がいいだろうし、チェルダムの盗賊の件は冒険者にネガティブなイメージが付きそう。岩喰いに至っては秒殺だったから面白くないだろう。
と言っても、それぞれなかなかのボリュームのある話だ。
「じゃあ……」
ドラゴン討伐話の途中でケイティが船をこぎ出したのでお開きとなった。
用意された部屋に向かおうとしたところでこう言われた。
「明日からよろしく頼むね」
「はい」
「それと」
「それと?」
「ドラゴン討伐話の続きは君たちが帰ってきてから、婚約話と一緒に聞かせてもらえるのかな?」
「続き、ここでお話ししましょうか」
「冗談だよ」
目が笑ってないんですけど!
翌日、朝食を終えるとすぐに出発。二頭立ての大きな馬車の御者台にリョータ。後方キャリッジ部分にエリスが乗り、前後を警戒できるようにする。どう考えてもエリスだけで警戒は事足りそうだけど。
「では出発」
「お気を付けて」
「よろしく頼むよ」
「はい」
出発の挨拶と共に馬車が走り出す。
街の中ではアルフレッドさんと二人の使用人が馬車に先行。領主が威張り散らしている街ではないが、余計なトラブルを避けるためにも「これから領主の馬車が通ります」という先触れは必要だからだ。
街門をくぐるまでがアルフレッドさんたちの領分。
「よろしくお願いします」
丁寧な礼で見送られ、馬車は少し速度を上げ、街道を走る。
「ヒマだな」
途中で休憩するたびに、エリスと前後を入れ替わることにして、今はリョータが後方に。
確かにここ数年の天候不順で盗賊が増えていると言っても、比較的善政に努めているらしいから、領主を襲って金品強奪、ついでに誘拐して身代金、なんてことを考える盗賊はいないのだろう。つまり、出番があるとしたら野生の獣、狼とか熊が出たときくらいか。だが、それも数年に一度あるかないか程度らしいから、本当にのんびりした旅になりそうだ。
領主の馬車と言うだけあって、サスペンションもかなりよく出来ていて、ほとんど揺れない。だが、その分重量があり、二頭立てと言っても速度はそこらの商人の馬車よりも遅く、早朝に出て日暮れ頃に村に着くという、結構ハードなスケジュール。
村について宿に入ると、ただ乗っているだけでもかなり疲れるようで、ケイティはすぐにおねむモード。夜が更けるまで冒険話をせがまれるかと思ったが、拍子抜けしてしまった。
しかし、リョータたちが宿で暇になるわけでは無い。
念のため、宿の主人に話を聞いて、盗賊や獣の目撃情報が無いか確認し、翌日以降の警戒の参考にする。「見かけた」という情報が有ると無いとでは警戒の仕方が違ってくるからだ。もちろん、目撃情報が無くても警戒はするんだけど。
警戒が功を奏したわけでは無いだろうが、馬車は予定通り五日目の夕方、ルスターの北の街ビットルに到着した。
途中の村では普通に宿を取っていた。勿論、周囲は警戒していたから何も問題は無かったが。で、ここではどうするんだろう?と思っていたら、
「えーと、ここ?」
「ええ。リョータさんたちも勿論一緒に」
領主の館じゃん……と言うか、気付くべきだったんだよな。貴族が街から街へ移動しているときは領主の館に滞在するのがこの辺りでは普通なんだって。
「良いんですか?」
「勿論です。ほら、既成事実を作っておくのって大事ですし」
「えーと」
「あら、本音が漏れちゃいましたね」
こういうとき、護衛が一緒に泊まるのは普通だが、通常は使用人たちの寝泊まりする別棟の一室に泊まる……ハズだ。
「それではお気を付けて」
「ええ、ありがとうございました」
挨拶を交わし、馬車が走り出すと、ホッとため息をついた。
昨日の夕食は何を食べたか思い出せないほど緊張した。
「おや?もしかして最近活躍がめざましいという噂の方では?」
「ええ、確かに名前までは……でも、背格好も二人の組み合わせも話に聞いているような」
「いやはや、これも何かの縁」
「ところで……ウチの孫娘には会いましたか?まだ二歳ですが……」
貴族、怖ええ!
さすがにちょっと気が早いですと諦めてもらったが、まだ次の手、次の手がありそうで怖い。
「そう言うわけで、ケイティ、良いと思わない?」
「お断りします」
当て馬という奴か。
翌日からはまた街道を北上する旅路。
三日目の朝、宿の主人が「午後から雨になりそうですよ」というので雨具の用意をしつつ進む。昼食までは良かったが、しばらくすると降り始めたので、休憩を兼ねて使用人たちが馬に雨具をかける。ジョディさんは馬車から降りてこなかったが、馬が気になるらしいケイティは降りてきているので、仕方なくリョータが傘を差して横に。エリスが周囲の警戒。
「大丈夫?寒くない?」
ブルルン
「そう、頑張ってね」
ブルルン
会話が成立している、とリョータが感心していると、
「リョータ!」
「?!」
エリスが声を上げる。
「囲まれています!」
「わかった!」




