逆玉
「もちろん、お断り頂いても結構です。こちらがお願いする立場ですし、お二人にも色々と都合があるでしょうし」
これ、言葉通りに受け取っても良いのだろうか?だが、一応聞いておきたいことがある。
「一つ質問が」
「何でしょうか?」
「俺たちが泊まる宿、どうやって突き止めたんですか?」
「我が主はこの街の領主です。お二人が入ってきた段階でどの宿へ向かうか確認すべく人員を配置致しました」
尾行には全く気づかなかったが……あ、そうか。宿を教えてくれた人が領主様の配置した人員なのかもな。
「えーと、この話、お受けしても良いのですが……」
「懸念されているのは、『どうして我々二人に?』と言うことでしょうか?」
「まあ、そうです」
「簡単な話です」
「え?」
「我が主もあの愚かな貴族同様、お二人とのつながりが欲しいのです」
「えー」
「ですが、それはただ単に顔見知り、と言う程度で充分」
「顔見知りで充分?」
「ええ」
有事に使える手札は多い方がいい。顔見知り程度でも「いやあ、この件、頼みたいんだけど」を話を持って行きやすい先があればそれでも充分、そう考えていると言うことか。
「依頼内容を確認させて下さい」
「はい」
「ベルストまでこの街の領主様の奥様とお嬢様二名……とお付きの方も数名ですか?えっと馬車で移動すると……」
「十日ほどですな」
「では、十日前後かけて移動する間の護衛。宿と食事の手配はそちらでしていただく」
「はい」
「護衛は俺とエリスの二名だけ?」
「その通りです」
「依頼料は冒険者ギルドの規程に従った額」
「それに少し上乗せさせていただきます。あとはあの愚かな貴族の処分も」
そう言って冒険者ギルドに提出する書式の依頼票を差し出してくる。貴族の処分に着いては記載されていないが、その他は問題ない。……さすがに貴族の処分を依頼票に書くわけにはいかないよね。
「問題ないようでしたら、今から冒険者ギルドへ赴いてすぐにでも手続きを」
「わかりました」
お受けします、と答えてアルフレッドと共に冒険者ギルドへ向けて歩き出す。しばらく歩くとエリスが尻尾を揺らしてリョータの手に触れさせてくる。追っ手がいるという合図だ。
「あの……」
「承知しております。対応は私どもの私兵で」
「わかりました」
何だろう。この……なんでもお見通しだと言わんばかりの雰囲気は。
「失礼を承知でお聞きしたいことが」
「私で答えられることなら何なりと」
「アルフレッドさんって、結構お強いのでは?」
「リョータさん」
「はい」
ずいっと顔を近づけ指を一本立てる。
「長生きの秘訣は、余計な詮索をしないこと、ですよ?」
「はは……はい」
冒険者ギルドへ入ると、アルフレッドが支部長へ会いに来たと告げ、返答を待たずにズンズン奥へ進む。そして、ノックの返事を待たずに部屋に入ると、
「こちらの手続きを。今すぐこの場で」
有無を言わさずってこう言うことか。
必死に内容をチェックしている支部長をぼけっと眺めていたら、慌てて追いかけてきていた受付嬢――嬢と呼ぶにはちょっとお年を召しているが――がぼそりと呟いた。
「まさか……無音のアルフレッド……」
なんだその、中二心くすぐりまくりの呼び名はとジト目で見ていたら、そっと耳打ちしてくれた。
「三十年以上前に現役を引退した、Sランク冒険者……のはずです」
「え?」
「間違いありません。私がここで働き始めた頃に引退を」
……あなた、歳いくつですか?
「フフ……お喋りはそのくらいにして下さいね」
「「「はいっ!」」」
エリスと三人揃って気をつけの姿勢になって返事をした。
手続きは滞りなく行われ、ギルドを出る。既に、出口に馬車が横付けされているのはもう驚かない。
「どうぞ」
流れるような所作で扉が開かれ、何を言う間もなくそのまま乗せられ、腰を下ろすと扉が閉められた。
「それでは参りましょう」
と言う声と共に馬車が走り出す。
向かった先は言うまでも無く領主の館。そのまま応接室へ通され、座り心地の良いソファで待っていると、アルフレッドさんを伴って小柄な男性が一人入ってきた。
「やあどうも。このルスターの領主、セバスチャン・モンティスです」
「リョータです」
「エリスです」
慌てて立ち上がり、挨拶をする。つか、執事じゃなくて、主人の名前がセバスチャンかい!
「堅苦しいことは抜きにしよう、座って座って」
ニコニコしながら向かいに座って促されるのでストンと座る。
「今回は、妻と娘の護衛を受けてくれてありがとう」
「あ、いえ。ついでなので」
「ついででも。領主の護衛を受けてくれる冒険者って、探すのが大変なんだよ」
「そうでしょうね」
責任問題とか色々ついて回るからな。
「いつもなら大したことは無いんだが、ここ最近は盗賊が増えてきて危険度も上がっているから大変なんだよ」
「ああ、確かに」
「それに今年はちょっと仕事が立て込んでいて、同行出来なくて心配なんだ。引き受けてくれてありがとう」
護衛が見つかったので早速明日にでも出発するという。「では、明日の朝に」と宿に帰ろうとしたら「まあまあ、いいじゃないか」と止められた。出発直前に「私たちが護衛です」と顔合わせするよりも、夕食でも摂りながら、と。
「えっと……その……宿に荷物を置きっぱなしでして」
「こちらでよろしいでしょうか?」
アルフレッドさんがドアを開けるとワゴンに乗せられた荷物が入ってきた。
「宿からお持ちしました。宿を引き上げる手配も私どもの方で」
外堀を埋めるどころか、がっちり捕まえに来るとは……
「ジョディ・モンティスです。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な挨拶の後は
「ケイティ・モンティスです。よろちくお願いしましゅ」
「よろしくお願いします」
緊張しているのか、噛みまくりの自己紹介を受けた。
領主の妻、ジョディさんはやや線の細い、おっとりした感じの女性。領主と年齢が一回りくらい違いそうだが、貴族の結婚じゃ珍しくは無いか。
そして、娘のケイティは金髪碧眼で、顔立ちは両親の良いところを受け継いだような美少女。年齢は十歳だという。
顔合わせを兼ねた食事会と言うことなのだが、テーブルマナーとか詳しくないんだよね、とアルフレッドさんに相談したら、これだけ守っていただければと言うものを教えてもらったのでそれに従って食事を進める。基本的には地球の一般的なテーブルマナーに近いのだが、そもそもテーブルマナーが必要な場に出たことが無いから色々戸惑いながら。
「ほう、大陸の東へ」
「ええ、世界を見て回りたくて」
「それはまた、すごいですね」
「無事に戻られたら、是非色々と聞かせていただきたいですな」
「そうですね。いつになるかわかりませんけど」
年単位は確実だろう。
「大陸は広いから大変だろう。大陸を横断したなんて話を聞いたこともあるが、西から東まで歩いて行くだけで一年以上かかるらしい」
「一年以上ですか」
「行って戻ってくるとなると三年はかかるか」
「そうですね」
フム、とセバスチャンがヒゲを撫でる。
「まあ、今夜はゆっくりしてくれ。明日からの仕事をしっかりやってもらうためにもね」
「わかりました」
「ついでに娘の話し相手になってくれると助かる」
「話し相手?」
「欲を言えば」
「言えば?」
「うちの娘と結婚しないか?」
「ぶっ」
「ちょっとあなた、気が早いわよ。せめて一晩じっくり考える時間を」
「お、お父様?!お母様も?!」
さすがに不意討ち過ぎてケイティがうろたえて……ん?
「善は急げというじゃないか」
「それはそうですけど」
ケイティさんの顔が真っ赤になってますよ……ってなんかちょっと嬉しそう?!
あとエリスから殺気が漏れ出ている……俺が振った話じゃないし、断るから、ね?




