貴族からの手紙
露店で軽く食べ物を買いながら聞いて周り、宿を探す。いつもなら冒険者ギルド経由で探せるのに手間がかかる。
そこそこの金額で泊まれる宿を決めて、やっと堅苦しい服を脱いだ。
「ああ……あの貴族のせいで余計な苦労を……」
「何だかいつもより大変だったけど、変装は楽しかったな。またやろう?リョータ様」
「あ……う……そだね」
犬耳美少女に「様」付けで呼ばれるとか、断る理由が無い。
ゴタゴタしているのでこの街でやることはほとんど無いので、街を少し見て回ろうかと話していたらドアがノックされた。
エリスが特に警戒していないので、宿の主人だろう。
「どうぞ」
「ちょいと失礼しますね。お客さんにこれを渡すように言われまして」
そう言って手紙を渡された。
「手紙?誰から……」
「さあ、私もこの街でずいぶん長いですが、会ったことのない人でした。貴族家の使用人ってのは間違いないですがね」
「貴族……」
「ひょっとしてお客さん、貴族の関係者……では無さそうですね」
「ええ。ただの冒険者です」
ここで隠す意味は無いので正直に言っておこう。普通の冒険者では無いけど。
「とにかく、手紙は渡しましたので」
そう言って主人は出ていったのだが、すぐにドアを開けて顔をのぞかせた。
「一つだけ。厄介ごとをウチに持ち込まないでくださいね。貴族に目を付けられるのはゴメンです」
「わかりました」
善処しますと心の中で付け加えておく。もちろん宿に迷惑をかけるつもりは無いが、あちらが非常識な対応をしてこないとも限らないし。
渡された手紙はなかなか立派な封筒で、しっかりと紋章の入った封蝋も押されている。もっとも、この紋章が誰の物かは知らないが。
「これが、俺たちを追いかけてる貴族の物だったらイヤだなぁ」
エリスが心底イヤそうにウンウンとうなずく。とりあえず読むだけ読むかと、封を切る。
「えーと……は?」
「なんて書いてあるの?」
内容は非常に簡潔だった。
面倒くさいのに目を付けられて困っているでしょう。少しこちらの頼みを聞いてくれたら、諸々解決しますよ。
差出人の名前も書かれているが、もちろん心当たりは無い。
そして、こんな仰々しい物を送ってくるのは貴族しか思い当たらない。別口の貴族が俺たちを尾行していた?
「エリス、俺たちを尾行してる奴とかいたかな?」
「うーん、いないと思うけど、結構人通りが多かったからあまり自信は無いかな」
変装した結果はそこそこ目立つ格好だったから、距離をおいても尾行はしやすいだろう。エリスでも気づかないくらい離れても問題ないくらいに。
さて、どうするか。
書かれている頼み事というのが気になるが、今のこの面倒な状況が解決できるのならありがたい。
「よし、こうしよう」
大まかに対応を考え、エリスと詳細を詰める。
エリスが「出来る」と言ったこと、「それは無理」と言ったことを盛り込んでいくだけ。
「よし、早速行動開始だ」
「はい!」
服装をいつもの冒険者スタイルにすると、手紙を手に一人で外に出る。
手紙に書かれた「そのつもりがあるならここへ」と指示された場所へ向かうと、身なりの整った白髪の男性が立っていた。
着ている物はぱっと見でも上等だし、胸に付いている紋章は手紙の封蝋の物と一致しているし、こちらが手紙を手にしていることに気づいて視線をこちらに向けているので間違いないだろう。
そっと後ろを振り返り、はるか後ろにエリスが着いてきていることを確認すると、男性に声をかけた。
「こんにちは。この手紙はあなたからの物でしょうか?」
「いいえ。私の主からの物でございます。しかし、主はこうした場に出ることの難しい立場ですので、代わりに私が取り次ぎを致します」
「そうですか。はじめまして。リョータです」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。アルフレッドです」
「早速なんですが、これについて話を聞かせて頂けますか?」
「もちろんです。ではこちらへ。よろしければお連れ様もご一緒に」
エリスのこと、気づかれてたか。
「えっと……」
「そちらの喫茶店でいかがでしょう?」
示した先には道路にテーブルを出している店が数軒。あれなら大丈夫かな。
「この辺りは、どの店も質の良い紅茶とケーキを出すことで有名ですよ」
その情報……エリスは喜ぶかな。
「エリス、おいで。一緒に話を聞こう」
小声でぼそっと言っただけだが、すぐにこちらへ駆けてきた。うん、どういう耳なんだ……って、犬耳だけどな。
各自の前に茶菓子が並ぶと、アルフレッドが話を始めた。
盗賊捕縛と、ルーシャーでの岩喰い討伐の二つの件について、直接の関係者ではないが、国民を護ってくれたことについて貴族の立場からの感謝を、と述べられたが、そう言うのって直接の関係者から言って欲しいというか、謝礼は既にもらっているというか……
だが、同時に何も考えていない貴族の暴走により、迷惑をかけていることを謝罪された。うん、それも本人からと言うか……当の貴族に土下座して欲しいが……
そんな微妙な表情を読み取ったらしく、一言添えられた。
「この街の領主として、気軽に出てくるわけには参りませんので」
この街で一番偉い人だった!
「そ、それは……その……はい。ありがとうございます」
で、ここからが本題。
その領主の妻と娘が、二つ北にある街へ移動する際の護衛をして欲しい、というのが依頼だった。
「二つ北?えっと、ベルストでしたっけ?」
「そうです」
「聞いてはいけないことかも知れませんが、なぜそんなところに?」
「年に一度の里帰りです」
「はあ」
領主の奥さんはその街の領主の娘で、貴族にしては珍しく毎年顔を見せに行っているという。
珍しく、というのは比喩でも何でも無く、普通の貴族は嫁いだあとは特別な用事――金の無心が多いのだが――が無い限りは実家に顔を出すことは無い。どこかへ移動するついでに立ち寄ることはあっても、実家を目的に出かけるなんて事はほとんど無い。
そのため、娘を嫁に出した後、孫の顔が見たかったらどうするかというと、「たまには顔を見たい」という手紙を出して了承の返事を受け取ってから日程を決める手紙のやりとりを数回行ってから会いに行くのが普通。そして、会いに行くと言ってもだいたいの場合、貴族の付き合いがついて回る。
その常識からすると、これはかなり珍しい。と言うよりも、異常と言っていい。
貴族……特に領主レベルの貴族にとって、妻と子供はどちらの家にとっても人質に近いような立場だからだ。万が一帰ってこなかったらと考えると同行しないで送り出すなんてことはしない。
「我が主はそういったところが……その……何と言いますか」
「革新的?」
「そうですな」
もっとも、両家の関係が良好だと言うのが一番の理由だと付け加えた。なるほどそこだけ聞くと微笑ましい話であるが、そうはいってもこの世界、街から街の移動は常に危険と隣り合わせ。それはリョータも痛感している。
だから毎年、腕の立つ護衛を付けることにしているのだが、腕が立つと言うことはイコール、見た目がかなりゴツい。貴族自身の私兵騎士にせよ、冒険者ギルドから紹介される高ランク冒険者にせよ、とにかくゴツい。
もちろん安全のためには必要な措置ではあるが……
「去年はとうとうお嬢様が泣き出してしまいまして」
顔にでかい傷跡があって平均的な男性よりも一回り体格がでかいと、それだけで威圧感がある。もちろん、根っからの善人であることは確認していたのだが、護衛する側もされる側も色々ショックだったという。
「もちろん、冒険者ギルドを介した正式な依頼とさせて頂きますし、料金も規定の料金に上乗せしてお支払い致します。さらに道中の宿、食事の手配もこちらの方で」
破格の待遇だ。
「そして、お二人に色々と手を出している貴族に対しては」
ここで声を潜めてきた。
「貴族には貴族のやり方、です」
「詳細は聞かない方がいいって奴ですか」
「そうですね。リョータさんも長生きしたいでしょう?」
すっげー怖いんですけど。




