逃げるだけなら
「じゃ、私はこれで」
そう言って出ていこうとして、戻ってきた。
「そう言えば、君たちが服を注文した店はどこだい?」
「えーと」
店の名前を答える。
「あそこか。少し口利きをしておくよ。仕上がりが一日か二日、早くなると思う」
「そこまでして頂かなくても」
「トラブルの芽は事前に摘んでおきたくてね」
「そうですか。何から何までありがとうございます」
そうか、シェリーさんの関係者か。いい人だけど、苦労してそうだな。せめて、その苦労を和らげるためにもできるだけ早く街を出よう。
と言っても服が仕上がるまでは街にいるし、今後の路銀のためにも魔の森へ通うんだけどね。
魔の森でホーンラビットを狩り、薬草を採る。そしてギルドへ持ち込むのだが、ギルド周辺に貴族の見張りがいる可能性がある。二人で行くと目立つが、どちらかだけが行くのなら大丈夫だろうと、交代でギルドへ行くことにした。ギルドにはリョータとエリスがパーティを組んでいることを伝えてあるので、実績としても二人に分配されるので問題は無い。これ以上のランクアップは今のところ要らないんだけどね。
「ありがとうございました!」
予定より二日早く仕上がった服を受け取り、店員に見送られる。ギルドマスターの口利きってすごいんだなと感心しつつ、街を出るための準備にかかる。
街を出る当日の朝、ギルドの受付でギルドマスターへ「色々とお世話になりました」と伝言を頼んでおく。
「さて行こうか」
エリスと共に冒険者ギルドを出る。
うん、油断していた。
「リョータとエリスだな?」
「違います」
貴族家を示す紋章の入った高そうな馬車、窓から見える高そうな服を着た下品な顔、人に物を聞くのに高圧的な執事っぽい人。これがギルドマスターの言っていた貴族か。だが、知らないフリ。
「嘘をついてもいいことは無いぞ?」
「……」
「リョータとエリスだな?」
「だったら?」
「着いてこい。特別に高い馬車に乗せてやる」
「お断りします」
スタスタと門へ向けて歩き出す。
「貴様!」
声と共に周囲を武装した男たちに囲まれる。アレだ、貴族の私兵って奴だな。って、往来の真ん中で武器を抜くってどういう神経だよ。
「大人しく着いてくるなら、ケガをせずに済むぞ」
スタンガンで黙らせれば簡単に逃げられそうだけど……周囲の野次馬が多すぎる。この状況で攻撃力のある魔法を使うと、後で問題になりそうだ。仕方ないと、口を手で覆い小声でぼそり、と二言三言呟く。エリスの尻尾がパタパタと二回揺れる。
「えい」
ドンッ!
気の抜けた一言と共に上空で破裂音がする。盗賊団をおびき出した、音だけの魔法だが、周りを取り囲む男たちの視線が一瞬そちらに向いた。同時にエリスがグイッとリョータを抱えて走り出す。
「あ」
「こら!」
「待て!」
「おい!」
後ろで騒いでいるが聞いてやるつもりは無い。
「大丈夫?」
「はい、任せて!」
ブーツによって作られた足場により、エリスの脚力が百%活かされるため、人間の足では追いつけない。
「はは……エリスは足が速いなぁ」
「えへへ」
あっという間に門に辿り着き、門番の衛兵に冒険者証を見せ、外に出ると告げる。
「元気でな」
「ありがとうございました」
見送られながら外に出ると、またエリスが抱えて走り出す。
これ、時速何キロくらい出てるんだろう……そんなことを考えている内に、最初に泊まる予定にしていた村が見えてきた。
通常、徒歩で五、六時間かかる距離がある。歩く速度を時速四キロとした場合、二十~二十五キロくらいの距離と言うことになる。わずか二十分ほどでのこり二、三キロの地点に到着と言うことは、時速六十キロくらいか?獣人ってスゴいな。さすがにここまで来ればいいだろうと降ろしてもらう。
「本当にエリスは足が速いな」
「はい!がんばりました!」
「大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫です!なんならさらに先の村までも」
さすがにそこまでは。
だが、村を一つ飛び越したような感じになるというのは良い感じだ。あの貴族もまさか一日分速く進んでいるとは思わないだろう、と期待したい。
結局、予定よりも二日早くチェルダムの北にある街、ルスターに到着した。が、門の入り口前に明らかに不審な人物が立っている。
「あれ、あの貴族の関係者っぽいよな」
「はい」
格好が貴族家の使用人風なのはまあ良いとして、胸元に紋章が入っている。あの貴族家の。冒険者ギルドは支部間での通信が出来る魔道具を使って連絡を取り合っているが、貴族も似たような物を持っているという噂を聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。つーか、そこまでして蜂蜜を食いたいのか。
「さて、どうするか」
村から村へ移動してきているので、野営ゼロ。街に入らずに次の村まで……今日の晩飯と明日の朝昼抜きはちょっとつらいな。
ルスターはそれほど大きな街では無く、ここ最近の不景気も相まって街を出入りする者は少ない。だから、冒険者の少年と獣人の組み合わせが街を出入りするのはよく目立つ。リョータ達を追う貴族も簡単に見つかると踏んでいたのだろうが、逆に言えば冒険者に見えなければ良いのだ、と考えた。
まずリョータは古着屋で購入した、襟付きのそこそこ上等に見える服に着替える。普段使いするのは難しい服だが、変装するにはちょうどいい。エリス監修の下、髪も少しなでつける。
そして、エリスは新しく作ったメイド風の服装に古着屋で購入した上着を一枚。あとはリョータの荷物を手に持てば変装完了。
ぱっと見はちょっと金のある商会の三男か四男くらいの息子が使用人を連れて旅をしているように見える……事を期待したい。
「次……えーと……?」
「こんにちは」
エリスがスッとでて対応する。
「こちらが身分証になります」
リョータとエリスの分をまとめて示す。
「これ……え?は?」
「何か問題でも?」
「え?いえ……その……」
「エリス、どうした?何か問題か?」
「いえ、リョータ様のお手を煩わせるようなことは何も」
「ふーん」
「確認をお願いします」
「えーと……あ、はい」
見た目とのギャップにあたふたしているものの、何を身分証にしているかを周囲が確認する術はない。
貴族家の使用人たちも「少年と獣人少女の組み合わせ」に一旦は注意を向けたが、見た目が冒険者風に見えないため、すぐに視線を逸らしていた。
「うまく行ったね」
「ちょ、ちょっとドキドキしました」
「あはは」
「でも……ちょっと楽しかったです」
「そっか」
「リョータ様って呼び方も、ちょっと良いかも」
「それはやめて」
ルスターに入ったはいいが、入り口をあれだけ見張っていたと言うことは……
「ギルドの前も見張ってますね」
「こりゃ、ギルドに入るのは無理だな」
いくら変装していても、冒険者ギルドに出入りしたら冒険者と判断されるだろう。
「仕方ない、この街は一泊するだけにして、さっさと出よう」
「なんだか忙しなくてイヤですね」
「全くだ」
ラウアールにいたのなら、ギルド関係者か王族が総力を挙げて潰してくれたかも知れない。ノマルドにいたときなら、エピナント商会が色々協力してくれたかも知れない。だが、この国ではそこまでの関係を築いた相手もいない。となると、さっさと逃げるに限る。チェルダムを抜けるまでに街があと二つ残っているが、そこそこ懐は暖かいので、余程のことが無い限り大丈夫だろう。




