面倒事がやって来た
「またどうぞお越しくださいませ」
いや、頻繁に来るような店じゃないだろと心の中で突っ込みを入れながら店をあとにする。
「リョータ、本当にいいの?」
「え?」
「すごく高そうだったけど」
「いいの」
やりとりは面倒だったが、五日後には仕上がるというので、その間はまたホーンラビット狩りでもして過ごそう。
「えっと……その……あのね……ありがとう」
「どういたしまして」
リョータの服は今まで通りのシャツとズボンだが、エリスの服は……ちょっとだけメイド服っぽいデザインになった。デザインサンプルを見ていたエリスが釘付けになっていたので「似合うと思うよ」と言ったら嬉しそうに「本当?じゃ、これにする!」と選んだだけで、リョータの趣味嗜好では無い。ただ、それを来た姿は本当に似合うだろうし、いろいろな意味で刺激が強そうだけど。
……あの格好で街を歩いたり、魔の森で戦ったり……ま、良いか。
意外に採寸に時間がかかってしまったので、どこかで昼食にして街を見て回ることにした。
さっきの服屋の店員によると、王都チェルダムも他の街同様に、かなり景気が悪く、滞在している冒険者も大分少ないらしい。
実際、貼り出されている依頼を見てみたが、常設依頼の他は定期馬車や商人の護衛くらいしか無かったし、酒場もなんだかガランとしていた。
何もないギルドにいても仕方ないので街へ。
「リョータ!あれ、おいしそう!」
「ホントだ!よし、アレにしよう!」
彼女が「おいしそう」と見つける料理はだいたい当たり。人間には感じ取れない微妙な匂いの違いでわかるらしい。本当にすごいと思う。
宿に戻ると、主人が「来客がありまして」と告げてきた。
「来客?」
「はい、あちらに……」
食堂の隅でこっちこっちと手を上げている中年男性は、チェルダムの冒険者ギルドマスター、ポールだった。
「急に押しかけてきてすまなかった」
「いえ。一体何があったんです?」
この街ではまだ何もしていないのだが、ギルドマスターが呼び出すのでは無く押しかけてくるとは。
「困ったことになってね。色々と伝えておこうと思って」
「困ったこと?」
「うん。リョータは指名依頼について知っているよね?」
「ええ」
文字通り、特定の冒険者を指名する依頼で、依頼料は当然高額になる。だが、指名依頼にはいくつもの条件があって、リョータは該当しないはずだ。
「リョータ宛の指名依頼が来ちゃったんだよ」
「え?何でですか?」
「指名依頼って、出すのは自由だからね」
「それはそうかも知れませんけど、俺、受けられないですよね?」
「そう。だから当然断ってあるよ。そして……断ったからこそ、伝えることがある」
「ん?」
「確認だが、二人はこの街にいつまで滞在する予定だね?」
「えーと……」
服が仕上がるのが五日後なので、あと七日ほど滞在予定だと答えた。
「なるほど。その間は何をするつもりだい?」
「路銀確保のためにホーンラビット狩りと薬草採取を」
「そうか」
「何か、マズいですか?」
「いや、別に」
ますますわからん。
「まず、指名依頼だが、この街のとある貴族からの依頼だ」
「とある?」
「貴族?」
「まあ、名前を知る必要は無い。と言うか知らないでいてくれ。名前を知るイコール指名依頼があったことを知ったと言うことになるので」
「はあ」
「依頼内容は、キラービーの蜂蜜採取」
「キラービー……って、キラービー?!」
「そう、キラービー」
キラービー自体を見たことは無い。が、どういう魔物かは聞いたことがある。体長二メートルにもなる巨大な蜂で、その名の示すとおり、性格は極めて凶暴。数十センチにもなる巨大毒針と、人間の首くらい落とせるほど巨大な顎が主な武器で、単独でも相当な強さを誇るが、そこは蜂、厄介なことに群れで襲いかかってくる。
だが、一方で巣に蓄えられている蜂蜜や、幼虫は美味とされ、高ランク冒険者数十名が巣を落とし、大金を得ているという話を聞いたことがある。
だが、その生息域は大陸でも南部。ラウアールから南下すること徒歩一ヶ月ほどの地域が北限とされている。つまり
「その指名依頼って……ここから遙か南まで行けと言うことですよね」
「そうなるな。だから答えを聞くまでも無く断ってある」
「何で指名依頼が?」
「ここからは推測なんだが」
リョータたちの冒険者としての活動は、大半がホーンラビット狩りと薬草採取である。これは他の冒険者と比べてもそれほどおかしな話では無い。
冒険者になって二~三年くらいは、低ランクの常設依頼ばかりというのは当たり前だし、EやDランクになったからと言っても、早々良い感じの依頼があるわけでも無い。
だが、リョータたちの場合、その他の実績が飛び抜けている。
ドラゴン討伐、サンドワーム討伐、盗賊をこれまでに三組、数十名単位で捕縛。これらの実績はいろいろな意味で目立つ。
あちこちに情報網を持っている貴族たちは、そうした情報から「これは」という冒険者を見つけ出し、囲い込みたがる。
キラービーの蜂蜜のような嗜好品を優先的に手に入れる手段を確保するためだけに。
「もちろん、そんな貴族ばかりでは無いが、今回指名依頼を出してきたのはそういう傾向の強い貴族だ」
「貴族って暇なんですかね」
「普通は色々忙しいハズなんだが、依頼を出してきたのは貴族の三男。後継者争いに興味が無いなら、暇なんだろう」
「その親……貴族は何をしているんですかね?」
「元々あまり良い評判を聞かない貴族だからな。その辺もあまり期待できない」
「貴族ってみんな、そうなんですか?」
「まさか。街を治める領主やその直属なんかは立派な人たちだよ」
そりゃそうだ。
「とりあえずギルドとしては、指名依頼を受けられる条件を満たしていない事と、二人ともすぐに街を離れる予定と言う事を伝えてある」
「ありがとうございます」
「だが、こう言われた『伝えるだけ伝えろ。報酬は高額だから心変わりするかも知れん』と」
「馬鹿ですか?馬鹿なんですよね?!」
「それについては否定しないよ。だが、どうにもしつこくてね……『会えたら伝えておきます』と答えておいた」
まさか、転生した異世界で「行けたら行くわ」を聞くことになるとは思わなかった。
「えーと……」
「今、私は完全にプライベートで、たまたま昼飯を食いにここへ来ただけ」
「あ、そういうこと」
「私は一人で食事を済ませると、今日はこのまま帰宅。明日以降も毎朝ギルドに顔を出すが、仕事の関係で各所に出かけなければならず、十日ほどはあまりギルドにいないかなあ、という予定のつもり」
「つまり、俺たちがギルドに行っても」
「いやあ、残念ながら私は出かけた直後だったよ。そして、戻ってきたら」
「俺たちはギルドから出ていったあとでした」
「ついでに君たちの泊まっている宿がどこかなんて知らない」
「そして、ギルドマスターが何も言わないから、ギルド職員たちは指名依頼のことを知らない」
「本当に偶然って恐ろしいねぇ」
「「はっはっはっは」」
乾いた笑いが響く。
「これ、通りますかね?」
「ギリギリ」
「ギリギリですか」
「だから用事が済み次第、街を離れることをお薦めする」
「わかりました」
「それと、念のため、貴族っぽい連中に注意してくれ。君たちの容姿はほとんど伝わっていないだろうけど、少年少女の組み合わせ、しかも片方は獣人という特徴で特定する可能性はある」
「わかりました」
「ま、こちらでも可能な限りのことはしておくよ」
「ありがとうございます……あの、一つ質問が」
「何かな?」
「なんで、こんなに親身になってくださるんですか?」
一応聞いてみた。
経緯や相手はともかく、冒険者にとって指名依頼を受けるというのは一つのステータス。それをギルドマスターが握りつぶすというのはかなり珍しい。
「ラウアールのギルドマスターは知っているね?」
エリスがピク、と反応する。
「ええ。色々と世話になりました」
「一応、各国のギルドマスター同士って、上下関係は無くて対等なんだけど……私の妻が彼女の姪でね……その、頭が上がらないんだ」
「えーと」
「二人については『よろしく』とだけ連絡があった」
「わかりました」
色々察した。




