岩喰いの襲撃
相変わらずのペースでホーンラビットが積み上がったところで、エリスに狩り中断を伝え、
二人で解体に取りかかる。三十分ほどしたところで、エリスの耳がピンと立ち、魔の森の方を見ると同時に尻尾の毛が逆立つ。何か来たと言うことなのだが、反応が可愛いな。
「どうした?」
「何か、巨大な物が来ます」
「巨大な物?」
二人がいる位置は、膝まで程の高さの草原。そこからおよそ一キロ先から鬱蒼とした森が始まっており、いくつもの分岐路を経て全部で四つのダンジョンがあるという話は聞いていた。
「巨大な何かが来る……ん?」
エリスの言葉を疑っていたわけではないが、その言葉を裏付けるようなことが起きていた。
「なんか……森が……」
「木がなぎ倒されてるみたい?」
「何が来るんだ?」
「風向きが少しズレているので、臭いはわかりません」
「そうか」
だが、木々がなぎ倒されているような土煙と、慌てて飛び立つ鳥の姿が見える。かなりマズいか?
「あの様子だともうすぐ森を出るな。警戒を」
「はい」
距離と速度からいって、逃げる余裕はありそうだが、警戒しておくに越したことは無い。
「ん?」
「人間が……二人?」
森を通る道をほとんど無視した位置から二つの人影が飛び出してきた。距離があるのでよく見えないが、冒険者が必死に走っているようだ。
そして
「何だあれ?!」
「大きい!」
森を突き破るように三つの巨大な何かが飛び出してきた。
「あれは……」
「岩喰いという魔物だっけ?」
「多分な。街から歩いて二時間ほどの岩山に多く住んでるって聞いたけど」
「リョータ、どうしよう。あの二人、こっちに向かってくるよ!」
「マジか」
こっちに来るということは、そのまま街に向かうということ。あんな、巨人と呼んでも差し支えないサイズの魔物が街まで来たら、どれだけの被害が出るのだろうか。
だが、逃げている二つの人影が、そこまで思い当たっていないのは明らかだった。
ひたすらに走っている内に森に入り、追っ手を撒けるかと思ったのだがそんなことは無く、それどころかさらに一人減った。そして、とうとう森を抜けて、街壁が見えたとき、「助かった!」と片方が叫び、もう片方が「マズい!」と叫んだ。
あのサイズの魔物にとって、あんな壁がどれほどの役に立つのか。それどころか街にいる冒険者たちでどうにか出来る魔物なのか。だが、それ以上考える余裕が無く、方向転換すべきだという考えにも至らず、そのまま走り続ける。
その先に少年少女の二人組がいることに気づいても、足は止まらなかった。
「順調にこっちに向かってきているな」
リョータの言葉に合わせるように、エリスが短剣を抜く。
「エリス、さすがに刃渡りが短すぎる」
「どうしよう。あ、いつものビリビリする奴?」
「あれは効きそうに無いな」
岩喰いの肌はほぼ岩。電撃を当てても意味が無さそうに見える。
「じゃあ、どうするの?」
「こうする」
エリスの質問に答えるように、両手をこちらに逃げてくる人影の後ろ、岩喰い三匹に向ける。
イメージするのは……「炎の槍!」
直径十センチ、長さ二メートルほどの槍の形をした炎を生成し、岩喰いの頭に向けて撃ち出す。
工房近くの海岸で木の枝を海に投げ入れ、プカプカ浮かんでいるのを目標に何度も練習してきたその魔法は、狙い通りに岩喰いに着弾。その熱で頭部を吹き飛ばした。
走っている勢いそのままに前のめりに倒れる岩喰いたち。
押しつぶされまいと逃げる冒険者たち。
ズンッと地響きをさせながら岩喰いが倒れ、その音に思わず振り向いてしまった二人が転び、ゴロゴロと転がる。
「よし、なんとか倒せた」
「やっぱりリョータはすごいね」
「そ、そう?」
「うん!」
そのまま抱きついてきて一緒に飛び跳ねる。振りほどくのも勿体ないので気の済むまで好きにさせよう。
しばらくしてエリスが落ち着いた頃、逃げていた二人がなんとかこちらまで歩いてきた。
「すまない、迷惑をかけてしまって。だが、助かったよ。ありがとう」
「いえ、何事も無くて良かったです」
何事もあったのだが、この二人には何の責任も無い。「はは……」と力なく笑う。
「ホーンラビット狩りか」
「はい」
「ここで休ませてもらってもいいかな。ヘトヘトなんだ」
「いいですよ」
ありがとう、と二人の近くに座らせてもらう。
岩喰いをどうするか相談しようと思ったが、街からも見えていたらしく、門を守っている衛兵たちが騒いでいるようなので、しばらく放置しよう。あんなデカいの、とても運べないし、解体の仕方も知らないし。
そう決めると、ホーンラビットの解体作業に戻る。日が沈むまでに解体を終えないとね。
「なかなか手際がいいんだな」
「そうですか?ありがとうございます」
今までホーンラビット解体の手際を比較する対象が、トンでも能力の持ち主とエリスくらいしかいないので、気にしたことも無かったのだが、どうやらそれなりに綺麗に出来ているらしい。慣れてきて上達したんだろう。
「実は……」
ギュスとブロウと名乗った二人が、岩喰い狩りの常設依頼をこなそうとしたこと、見たこともない巨大な岩喰いが現れたこと。逃げ出したが仲間が殺されたことなど、こちらが聞きもしないのに勝手に色々語ってくれた。でも、それを聞いてどうしろというのだ?
ホーンラビットの解体を終えて、色々放り込んだ穴を埋めた頃、衛兵たちと冒険者ギルドの職員、大勢の冒険者たちがゾロゾロやって来た。
「さて、一体何があったのか説明してもらえるかな?」
先頭を歩いてきたギルド職員が聞いてくるのだが、誰が何と答えるべきなんだろう?
「そっち押さえろ」
「おーう。これでどうだ?」
「よし、こっち引っ張れ」
岩喰いの解体、回収を冒険者たちに任せ、ギルド職員と共に街へ戻る。おかしいな。岩喰いに関しては特に何もないから、普通にホーンラビットの買い取りだけして欲しいんだけど。
冒険者ギルドに戻ると、そのまま支部長の部屋へ。支部長エルネットによる事情聴取が始まったのだが……
「岩喰いにギュスたちが追われていたのが見えた。このままでは街に被害が及ぶと判断したから討伐した……」
聞いた内容を簡潔にまとめ、こめかみをトントンと叩く。
「……それを信じろと?」
「俺たちのやったのはそれだけですし」
リョータ達の行動はシンプルだった。
「森を出たあとの事は、その通りです」
「はい」
ギュスたちも異論は無い。
「で、倒し方が魔法、炎の槍」
「はい」
「「俺たちも見ました」」
「リョータはスゴいんです」
トントントンと机を指で叩き始める。
「あのサイズの岩喰いの頭を吹き飛ばす威力の炎の槍を同時に三発」
「はい」
「「俺たちも見ました」」
「リョータはスゴいんです」
両手で頭を抱える。
「充分引きつけてから?」
「はい」
「「俺たちも見ました」」
「リョータはスゴいんです」
ガタンと立ち上がり、ドン!と机を両手で叩く。
「信じられるか!」
「そう言われても」
「「実際、見たしな」」
「リョータはスゴいんです」
机を回り込み、四人の前のテーブルをドン!と叩く。
「魔術師として、冒険者ランクBまで上がった私が信じられないと言っているんだ!」
「そう言われても」
「「実際、見たしな」」
「リョータはスゴいんです」
そろそろ突っ込みを入れておこう。
「エリス、さすがにそろそろ恥ずかしいのでやめて」
「はい」
「「「突っ込みどころ、そこ?!」」」
他に何を言えばいいのかわからないんですが。




