新人冒険者のためのイベント
「あの、何か御用ですか?」
礼を欠くようなことはしていなかったと思うが……
「お、お前ら……みたいな初心者に、先輩として色々アドバイスを」
「え?」
これ、もしかしてアレか。冒険者登録しに来た主人公に先輩冒険者が絡んでくると言うお約束イベントか?だが……
「してや「出てくるのが半年遅い!」
「はい?」
「なんで半年前に出てこなかったのっ?!」
「え?え?」
「もう俺もエリスも、駆け出しとか初心者とか言われるようなランクじゃなくなってんだよ!今更こんなイベントぶっ込まれても、リアクションに困るんだよ!」
「あ、えーと……何か、スマン……って、そうじゃねえ!」
リョータの剣幕に一瞬しぼんだが、すぐに立ち直る。
あ、そうか。生意気な口きいてる新人にちょっと実力を確かめてやろうって絡んでくるイベントか。
「いや、だから……もう、そう言うイベントは要らないっての!」
「なんだよイベントって!俺は「ジェイクさん、ギルド内での揉め事は感心しませんよ」
受付嬢の一言で男が静かになる。
「リョータさん、こちら買い取り金額です……が、一応確認なんですけど」
「はい」
「昼過ぎにこちらに見えてから、すぐに魔の森へ?」
「ええ」
「それでホーンラビット十五羽?」
「はい」
「「「十五?!」」」
何か、外野が騒がしいな。
「それとあの薬草の山。ここ数年、ほとんど採取されていない物が」
「「「え?!」」」
「袋に一杯とか」
「「「なっ?!」」」
外野がうるさい……あ、そうか。こう言うイベントか。
「あー、もしかして……少なすぎました?」
「「「「逆です!「「「だ!」」」」
「リョータはスゴいんです!」
よし、無自覚やらかしイベントっぽいの消化……でいいんだよな?あと、エリスがムフーと鼻息荒く胸をはっているが、ホーンラビットを探したのも薬草を探したのもエリスの嗅覚だからね?俺がスゴいんじゃないんだよ?
駆け出しの初心者かと思ったら、そう言うわけでも無かったのかとジェイクは改めて目の前の少年少女二人を見る。
あの短時間でホーンラビットをそれだけ狩ってくるというのはなかなかの物だが、それにしては身につけている物が小綺麗すぎる。
まだ経験は浅いのだろうと判断した。
「よ、よし……お前ら二人の実力を俺が確かめてやろう!」
えーと、絡まれイベント続行?
さすがにちょっと遠慮したいなと、受付嬢に助けを求める視線を向ける。
「あの、ジェイクさん」
「ん?」
お、アイコンタクト成功か。
「この二人、駆け出しでも初心者でもありませんからね」
「え?」
「こちらのエリスさんはジェイクさんと同じDランク。こちらのリョータさんはその上のCランクですから」
「は?……へ?……Cランク……?」
「そうですよ」
「いや……その……ハハハハ……うん、そうか。それならいいんだ……うん……」
何かブツブツ言いながらギルドを出ていったが、大丈夫だろうか。
「まあ、根はいい人なんですけどね」
「え?」
「あの見た目で誤解されがちですけど、面倒見も良くて、新人冒険者さんの受けもいいんです」
「へえ……」
「ただ」
「ただ?」
「ここ一年ほど、この街で冒険者になるような新人がいませんので……その……」
「手持ち無沙汰……寂しいって事ですか?」
「みたいですね。あっちにいる人たちも基本的には面倒見の良い人ばかりです。ただ、最近はそれなりに稼げる依頼が減ってしまっているので、ああして昼間から飲んでいるんですよ」
「いや、理由を付けてるだけで、ただの飲んだくれですよね?」
無駄なトラブルにならなかっただけマシか。
とりあえず、買い取りのお金を受け取ると、ギルドを出る。帰りがけにいい感じの店を見つけたので、夕食はそこで摂ることにしようと決めていたので。
翌朝、ギルドの受付に確認してみたが、今のところ衛兵詰め所からの連絡は無し。朝一に連絡が来てるとは思ってないけど。
何となく街を見て回り、午後から魔の森へ。
エリスの魔法の練習を兼ね、昨日よりも緩いペースで狩りをする。
サンドワームの皮&足場生成魔法陣のブーツの扱いにも慣れてきていて、ホーンラビット程度の速度ではエリスを捉えることは不可能な感じになっている。目で追うのも難しいです、はい。
また、適度に魔法を使う事も覚え、戦い方もかなり幅が出てきている。今も、ホーンラビットの着地点に水を撒いてぬかるませ、力の抜けたジャンプをしたところに風を当ててたたき落としてスパン!とラビットソードを突き立てている。
見ていて実に頼もしくなってきているなと思いながら、そろそろ他の装備も調えていくことを考えはじめる。
次は何を作ろうか。
「はあっ……!はあっ」
息が苦しい。
足がもつれそうになるのを必死に引っぱたいてなんとか立て直す。
走り始めてもう一時間はたっただろうか……
ギルドに貼り出されている常設依頼にはホーンラビットや薬草のように駆け出しでも出来るものから、推奨ランクのついたものまで、様々な難易度の物がある。あくまでも推奨であって、Cランク推奨の素材をFランクの冒険者が持ち込んでも問題は無い。常設依頼は、受注と言う行為が無いので、やる、やらないは完全に自己責任だ。
もちろん、「この常設依頼だけど……」とギルド職員に相談すれば、推奨ランクや実際の難易度から「お薦めです」「ちょっとやめておいた方が」といったアドバイスは出てくる。
そして、彼らの選んだ常設依頼は推奨ランクD。Dランクになってから半年ほどになる彼らにとっては適正ランク。実際、今までに三回討伐して素材を持ち帰っている、油断さえしなければ失敗のリスクは低い依頼だった。
……ハズだった。
討伐対象は岩喰いという人型の魔物で、その名の通り石や岩を食べる不思議な魔物である。
そして、食べ続けた結果、その体表面は岩で覆われるようになり、一見すると出来損ないのゴーレムのようにも見える魔物。
だが、ゴーレムと違うのは、岩喰いは人工的に作られた魔法生物では無く、ホーンラビットや洞窟トカゲのような生きている魔物だと言うこと。体全体を覆う岩のような肌が厄介だが、その肌と体内に生成される鉱石は高価な素材であり、討伐に手間がかかるがこの街では実入りの良い常設依頼であった。
彼らも決して慢心していたわけでは無く、いつものように注意深く獲物を探し、周囲を囲み……と手順を踏んで一匹を仕留めたが、解体にかかる前にそれが現れた。
通常の岩喰いは身長二メートルほどだが、現れたそいつは十メートルを優に超える巨体と、その巨体に似合わない俊敏な動きで彼ら五人を追い立てはじめた。
慌てて逃げ出したが、そいつの一歩目で一人が踏み潰された。
そして、走っている最中に一人が転倒。グシャッという音の正体は確認していない。
三人に減ってしまったが、生きるために彼らは足を止めず、走り続けた。三人いるならそれぞれ別方向に逃げれば二人は生き残れるのではないかと思いがちだが、そうは問屋が卸さない。
どこから現れたのかほぼ同じサイズの岩喰いが二匹現れ、合計三匹に追われている。
これではバラバラに分かれる意味は無い。
「はあっ!はあっ!」
「走れ!とにかく……走れ!」
彼らは一つ大きなミスを犯している。あんな化け物じみた魔物を引き連れて、街に向かって走ると言う、ただ単に街に危機をもたらすだけの行為だ。
だが、逃げるのに必死な彼らはそれに気づかなかった。
そして、その先にこの街に来たばかりの冒険者がいるということにも。




