教育担当
支部長に言われるまま、奥の部屋に入る。込み入った話になるような時やちょっと高価な物のやりとりがあるときに使われる部屋で、長いソファが二つ向かい合わせになっており、いわゆるお誕生席にも小さいソファが置かれている。
そしてそこには……女性が四名座っていた。
「よし、じゃあ簡単に」
支部長が場を仕切る。
「コイツが三年と二日ぶりの期待の新人、リョータだ」
「は、初めまして。よろしくお願いします」
「で、こいつらが、えーっと五年目だな。全員Cランクのベテラン『ま「言うなあぁぁぁ!」
一人がボディブロー、二人が顔面に息ぴったりの左右のストレート、もう一人が後頭部からの回し蹴り。打撃音が一つに聞こえるほどの見事な同時攻撃だ。
「言わなくていい。うん、言わなくていいんだ」
ボディブローを決めたまま、一番背の高い、黒髪の女性がぼそっと呟く。
「あ、あの……」
支部長、白目むいてる……お、耐えてるか……
「お……お前……ら……」
「フンッ」
もう一発みぞおちに決まると、支部長はそのまま崩れ落ちた。
「自己紹介なら自分たちで出来る。私がリナ、このパーティのリーダー。前衛担当だ」
ボディブローを二発鮮やかに決めた、黒髪黒目の女性が自分を指して名乗る。肩からみぞおちまで覆う革の鎧に、やや厚手のズボン、腰には短剣が二本。そして両手に……金属の手甲。これで殴ったのか。
「私はステラ、主に斥候担当ね」
左ストレートを担当していた、茶髪碧眼でリナより軽装で、手甲は……革製。短剣は一本で、矢筒を腰から下げている。弓も近くに置いてある。
「ナタリー、魔法担当」
右ストレートを担当、銀髪碧眼でローブをまとっており、すぐそばに先端に丸く青い石をはめた杖が置かれている。あれが魔法の杖か。
「前衛担当、シエラよ」
茶髪碧眼、服装はリナに似ているが、履いているブーツに金属の板がはまっている。移動の気配すら感じる間もない背後からの回し蹴りだったが、あれで蹴ったのか。
そして、全員が猫耳と猫尻尾付きである。
そう、つまり……獣人、それも猫の獣人である。
(猫耳キター!これだよこれ、これを待ってたんだよ!)
心の中でガッツポーズが止まらない。
全員背丈は獣人としては平均的で、子供のリョータよりも高い。猫型獣人の特徴なのか、手足が長い。顔立ちはそれぞれに特徴が違うものの、現代日本で街を歩いていたら、十人中八人は振り返りそうな容姿――ぶっちゃけ美女揃いだ。何だよ神の奴、ちゃんとハーレムルートを用意してるじゃ無いか。
「ま、こんなところで駄弁っていても時間がもったいない。早速だが出発だ」
リナがリョータに手を差し出してくる。
「出発?」
「魔の森だよ」
「準備は出来てるんでしょ?」
「はい、出来てます」
「じゃ、行こう!」
リナがガシッとリョータの首を抱え込み、ズルズルと引きずりながら部屋を出る。至福の時?いいえ……
「ぐ……が……苦し……息……」
慌てて首をロックしている腕をタップする。意味が通じるといいのだが。
「リナ、リョータが死んじゃう。生物的な意味で」
「おっと、スマン」
ナタリーのフォローにより、とりあえず解放された……今度は頭にアイアンクローがはまったままなんですが。ついでに歩くのに合わせて腕も動くので……
「リナ、リョータが目を回してる。物理的な意味で」
「あ、スマン」
再びのナタリーのフォローにより、ようやくリョータは解放された。別に逃げたりしないのだが……とはとても口に出せそうに無いのでおとなしく歩いて行く。
「あら、ま……皆さん、話は終わりました?」
部屋を出て受付前まで来ると、ケイトが待っていた。今の間は何だ?
「ああ、終わったぞ。予定通り、この件は私たちが引き受ける」
「わかりました」
ケイトはそのままカウンターから外に出てきて、酒場の方を確認。とりあえずこの場にいる全員に聞こえるように声を上げる。
「えっと、ここにいる方に連絡です。昨日入った新人のリョータさんですが、ま……じゃなかった、リナさん達が教育を担当します。承知しておいてくださいね。あと他の方にもお伝えください」
「おう……リナ達なら大丈夫か」
「そうか、教育担当はま……うん、色々鍛えてもらえよ!」
どうも何かを言いかける度にリナたちが殺意のこもったような視線を向けているのが気になる。
「さて、早速だが、森に行ってくる」
「はい、お気をつけて」
「まかせておけ」
言いたいことだけ言うとリナは上機嫌にズンズン歩いて行く。
「あ、えっと……支部長……は?」
「寝てる」
「え?」
「私たちの四連撃にリナのトドメの一撃、あれは効く」
「ナ、ナタリーさん……」
「大丈夫、猛牛ガイアスはあの程度なら五分で回復するはず」
「そういうことでは無くて……って!」
ケイトの抗議には応えず、ナタリーはそのままスタスタと出て行ってしまう。後の二人もリョータに「行くぞ」と目配せして出ていく。
「え、えっと……行ってきます!」
「あ、はい。頑張ってください!」
リョータも慌てて四人を追いかけて外に出……たところでヒョイと体が持ち上げられた。
「走るぞ」
「え?え?」
リョータを肩に担ぎ上げたまま、リナが走り出す。
「ちょ、うわぁぁぁぁ」
速い。後ろ向きに担がれているので、わかりづらいが、人間の出せるスピードではい。そして、そんなリナの疾走に他の三人も息一つ乱さずに着いてきている。これが獣人の普通なのだろうか。この状況に何も疑問が無いような顔をしているので、とりあえず抵抗するだけ無駄かと、されるがままにした。
……が……気になる……目の前で揺れているモフモフとした尻尾が。
思わずつかんでしまう、クイッと。
「うひゃあああああ!!!!」
「ええええええ!!!!」
急ブレーキ&急上昇
通りに並ぶ二階建ての建物の屋根が下に見え、上昇が止まり、落ち始めた。この高さはマズい。
「……風……命ず……集い……受け止めよ!」
ナタリーの声が聞こえた……と思ったらブワッと下から風が吹き上げる。落下速度が遅くなり……地面に頭から落ちる寸前に、リナが片手で足首をつかみ、逆さ吊りにされる。
「はぁ……はぁ……いや、いきなり担いだ私が言うのも何だが、尻尾をつかむな」
そのまま持ち上げて目線を合わせてクレームが入った。
「はい……すみません……」
周りの注目集めまくりだ、と思っていたら一人の若い男がやれやれといった感じで近づいてくる。一部に金属をはめた革鎧を着た……ああ、昨日の歓迎会にいたような気がする。
「お、昨日の新人か。そうか、初心者研修って奴か。そうか、教育係はま「黙れ!」
一瞬、リョータの体が宙に浮き、ブォン!という風切り音、そしてまた足首を捕まれる。ただその一瞬の出来事で男は崩れ落ちた。そして、みぞおちにはめられている金属がへこんで……いや、割れている。
「はあ……リナ、普通に歩きましょ。どうせ今日一日じゃ終わらないんだし」
「う……わかった」
ステラに諭され、リナが歩き出す。
「あと、リョータは降ろしてあげなさい。逆さまはさすがに、ね」
「あ」
ようやく普通に歩けるようだ。
「ま、まあとりあえず、色々説明しなければならないことがあるんだが、えっと、その、だから」
「落ち着け」
「……はい」
ナタリーが的確に突っ込む。
「ゴメンね。昨日、教育係の話を聞いてからずっとあの調子なの」
「え?」
「ちょっと、それ以上は」
「ちなみにこれが、明け方までかかって作っていた『教えたいことメモ』」
ステラが紙の束を見せる。
「え、それここにしまって……ああっ、いつの間に!」
「朝ご飯の時も、「にゅふふふ」とか笑ってて」
「わーわー!言うなああ!!」
ゴン!ゴン!とリナとステラの頭に杖が振り下ろされる。
「つー」
「いった-」
「正座」
「え?」
「ちょっと」
「正座」
「「はい」」
いきなりナタリーに路上で正座させられるリナとステラ。周りの野次馬も増えてきた。
「リナもそうだけど、ステラも結構浮かれすぎ」
「え、わた、私はそんなことは……」
「そう言いながら、ステラもこんなメモ作ってるし」
「え?」
「教えなければならないメモ。『その一、魔の森へ入るときには「わーわー!」
なんなんだこの状況は。どうやって収拾つけるんだとリョータが考え始めたところで、シエラが隣で呟く。
「ま、ああ言ってるけどね。ナタリーも結構浮かれてるよ」
「そうなんですか?」
「見てよ、あの杖。いつもは滅多に使わない上級な奴、今朝張り切って出してきたのよ」
「へえ」
「あとあのローブも「い、言うなあああ!」
こうなるともうグダグダである。
「そう言うシエラだって!」
「ステラほどじゃないわよ」
「じゃ、これは何?」
「え、えっと、これはその……」
「ほーら、やっぱり」
「でもでも!」
「シエラ」
「何よ!」
「正座」
「は?何言って」
「正座」
「だから」
「正座」
「……はい」
三人正座させ、説教を始めるナタリーを見ながら、はあとため息をついたところで、先ほど倒された男が何とか体を起こして来た。
「し、新人……一つだけ忠告しておく」
「はい」
「あいつらの……パーティ名は……聞くな」
「え?」
「絶対に……だ」
「どういうこと」
「聞いたら……こうなるのさ……」
ガクッと力尽きた。
慌てて男を抱きかかえ、リョータは叫ぶ。
「誰か……誰か助けてください!」
誰でもいい。この場を何とかしてくれ!!!