ルーシャーへ
「さて、行こうか」
「はい!」
近くに盗賊がいる、というのは村にとっても懸念事項だったことも有り、村長以下、村人総出で見送られる。
気恥ずかしさはあるが、にこやかに手を振り返して歩き出す。
のんびり歩いても昼前にはチェルダム最南端の街ルーシャーへ着くだろう。
「久々にホーンラビット狩りしたいよ」
「私も」
「山越えは楽しかったんだけど、そのあとがな……」
「でも、いろいろなことを教えてもらいました」
「そうだな」
定期馬車に乗っていた女性たちが色々と簡単にできておいしいレシピを教えてくれたのは嬉しい収穫だった。おかげで街で購入しておきたい物メモも大分増えた。
ルーシャーに着くと門番の衛兵に事務所に行くよう告げられる。断るわけにも行かないので通されるまま小さな部屋に入ると、完全にお疲れモードの衛兵隊長が書類の山と格闘していた。
「ども……」
「来てくれたか。まあ、座ってくれ」
ギシギシ言うソファに腰掛けると隊長が対面に座る。
「客人に茶も出せないほど忙しくてすまないな」
「いえ。お構いなく」
出来れば賞金をポンと渡してハイさようなら、にして欲しいんですけどね。
「簡単な話から行こう。今回の盗賊捕縛に関しては賞金が出る」
「はい。ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちなんだが」
「はは……」
日本人の悪い癖かもな。
「だが、人数が多いこともあって確認に時間がかかる。今回の件は冒険者ギルドとの絡みもあって、申し訳ないが数日待って欲しい」
「わかりました。ギルドには毎日顔を出すつもりなので、そちらに連絡いただければ」
「わかった」
何だかんだで二十人近くだもんな。
「で、村を出るときに言われた件だが……」
「はい」
俺の懸念、宿の主人も怪しい……それどころか村全体も怪しい可能性。
「調査はこれから行うが、教えてくれ。どうしてそう思った?」
「簡単です。ケヴィンとか言うあの四人組がいましたよね?」
「最初から怪しいとにらんでいたという、あれか」
「あの四人を怪しんでいない時点で、怪しいと思いません?」
「どういうことだ?」
「あの村からノマルドへ向かう方法は二つです」
「定期馬車を使うか、徒歩で向かうかだな。あいつらは徒歩で山越えと言っていたんだったか」
「ええ。それなのに何の準備もしていなかった」
「だから怪しいとにらんだんだろう?」
「そうです。ですが、同時にそんな四人組を何も怪しんでいない時点で、怪しくないですか?」
「そう……か?」
「俺とエリスはノマルド側から山を越えてきましたが、向こうの村では宿の人や店の人たちが色々と世話を焼いてくれましたよ?」
「それは君たちが、こう言っては申し訳ないが、旅慣れていないように見えて準備不足だと思ったからでは?」
「そうでしょうね。だから色々教えてもらって準備をしました。そして、準備をしていた姿を見ていたから、笑顔で送り出してもらいました」
「そうか……ロクに準備をしていなかったら『おいおい大丈夫か?』と声をかけるのが普通だと……」
ま、そこまでサービス精神旺盛なのが普通かどうかわからんが、少なくとも今まで泊まってきた宿はそんな感じの対応をされてきていた。
俺たち二人がまだ幼く見えるからと言うのもあるだろうけど。
コンコン、とドアがノックされ、衛兵が紙の束を持って入って来る。隊長に渡すと一礼して出ていったのだが、パラパラと読んだ直後、隊長の顔が強張る。
「リョータ、君の推測が……当たった」
「えー」
マジか。
「捕らえたうちの一人が先ほど吐いた。あと、念のために調べたが、宿の主人、色々過去がある」
「詳細は聞かないでおきます」
「ああ。ここから先はこちらで対処する」
面倒なやりとりを終えて、ルーシャーの街を眺めながらエリスと二人並んで歩く。
「街並みがだいぶ違うな」
「はい。食べ物とか楽しみです!」
山一つ越えただけで、気候も変わり、生活習慣も変わる。過度な期待はしないけど、旅の醍醐味だよな。
衛兵に宿のことを聞いておいたのだが、冒険者ギルドの宿が一番無難そうだし、どうせ何かと用があるのでギルドへ向かう。どうかこれ以上面倒事の起きないようにと心の中で祈りながら中に入る。
昼を過ぎたばかりというせいもあって閑散とした中、受付で部屋を取り、ついでに常設依頼を確認。ホーンラビットと薬草がメイン。知らない薬草はないのでしばらくここで稼いでおこう。
チェルダムはここ数年、天候が悪く、農作物の不作が続いていた。そして、食うに困った者達は盗賊稼業に手を染め、治安が悪化。結果、街道の行き来が減り、景気が悪くなると、それなりに稼げて余裕のあった冒険者たちはさっさと見切りを付けて景気の良さそうな国へ移動していた。そのため、今この国にいる冒険者はリョータのように通過するだけの者か、他の国へ移動する金やランクを持っていないために残るしかなかった者だけ。
そして、稼げそうな依頼も無く、昼間っから飲んでいるだけの連中にとって、リョータ達はいいカモに見え、早速その中の一人ジェイクが立ち上がり、周囲に目配せするとわざと足音をさせながら進んでいく。
「おうおう、いつからここはお子様の遊び場になったんだ?ええ?」
入り口近くで壁をダンッと叩きながら目を覆い上を仰ぎ見て、嘆くように大声で言う。
反応がない。代わりにクスクスという笑い声がし始めた。
慌てて周りを見ると、二人とも何ごとも無かったかのようにスルーして既に外へ出てしまっていた。
「おいおいジェイク、何やってんだよ!」
「かーっ、ジェイクさんマジパネェッす!」
「「「ぎゃはははは!」」」
毎度のことなのでギルドの受付嬢も「程々にしてくださいね」と呟いて、書類仕事に戻る。
「うるせえ!黙れ!」
ドカドカと不機嫌そうに外に出るが、二人の姿は見えない。どこへ行ったか見当も付かないので探し回るのはやめて……戻るのもなんだか小っ恥ずかしいので少しどこかブラついて時間を潰すことに決めた。
ギルドを出たあと、何か騒いでいたようだったけど……まあいいか。とりあえずこの街から入る魔の森の様子を少し見てこようとエリスと共に向かう。
「改めて見ると、ちょっと活気がないな」
「今までの街だともっと露店が一杯あったような?」
「そうだな。そこら中で何の肉かわからん串焼きとかあったけど、ここまでで三つくらいしか見てない。おまけに客もいない」
「なんだか寂しい感じだよね……リョータ、どうしよう?」
「そうだな、盗賊の賞金もらったらさっさと出よう。急ぐ旅じゃないけど居心地のいい街じゃなさそうだし」
三時間ほど魔の森で狩りをしてギルドに戻る。思ったよりもたくさんのホーンラビットが狩れたし、エリスのおかげで薬草の群生地も見つけたのでそこそこの稼ぎが期待できそうだ。
待っていれば戻ってくるだろうと思った通り、二人が戻ってくるのが見えた。荷物が増えているようだが、この短時間だと買い出しにでも行ってきたのだろうか。ニヤリ、とほくそ笑むとジェイクはギルドに入り、二人が来るのを待つことにした。
ギルドに入るとそのまま受付に、夕方の時間なのにガラガラという冒険者ギルドにあるまじき光景に、「本当にこの街のギルドは大丈夫なのか?」と不安を感じながら、本日の収穫を乗せる。
「おいおいお前「常設依頼の、買い取りをお願いします」
「あ、はい。えーと、こちらはホーンラビットですね。それとこっちが……」
受付嬢が確認を始める。そう言えば何か聞こえた気がしたなと振り向くと、二メートルはありそうな大男がこちらをにらみながらプルプル震えている。
えーと、どちら様?




