国境の山越え
ザーロイの街に戻ると、魔の森へ。ホーンラビット狩りと薬草採取で勘を鈍らせないようにしながら春になるのを待つことにする。なお、この街はホーンラビットも薬草もかなりの買い取りがあるらしいので、リョータ達が加わっても大勢に影響は無かった。
なお、保存食の調理に関してはいくつかのハーブを始めとした調味料を入れることが判明した。何を入れるかは完全に好みなので、売る方も「調味料はもう持ってるんだろうな」と言うことで確認したりしなかったのだ。
そして、「ハーブはこちらです」と案内されたところでまた悩むことになった。リョータが知っているハーブなんて、ミントにローリエ、バジルくらい。そして、ここにそんな物は無い。
仕方が無いので、それぞれの特徴を大雑把に教えてもらいながら適当に購入。使い方も教わった。ついでに顆粒コンソメっぽいのがあったので購入。
それらを入れてみた結果は……
「うん、なんとか食えるレベルになった」
「私はこれよりもこっちの方が好きですね」
「こっち……おお、これもいいね」
色々と作りながらああでもない、こうでもないという感想を言い、自分たちの定番をいくつか作る。パーティで野営しながら旅をするときの基本なのだが、全くのド素人がいきなり野営をすると言うことはダムドも想定していなかったのだろう。
「ダムドさんのメモには『野営するなら最初はベテランについていけ』と書いてありましたし」
「そうだな。でも、これはこれで楽しいからいいや」
「ええ」
何しろ二人の野営は「ちとヤバいと思ったらすぐに街に戻ればいいや」という他の冒険者が聞いたらふざけんなと二時間くらい説教されてもおかしくない。この工房のこと、転移魔法陣のこと、色々と他人に知られたくない物が多いのだから仕方ないのだが。
「今のところ困っていないけど……いずれはパーティメンバーを増やした方が良いのかな」
どうやって増やせば良いのかわからんけど。
そんなこんなで、一ヶ月ほどザーロイと工房を行き来しながら冬の終わりを待ち、「そろそろ大丈夫」という話を聞いてから旅を再開する。そして、雪解けの始まった道を北上すること一ヶ月。ノマルドの北にある国、チェルダムとの国境の村に二人は到着していた。
「定期馬車は結構先ですか」
「七日前に出たから、予定では次に出るのは一ヶ月後だ。片道十日ほどかけて行くし、馬車の整備や準備に結構かかる」
「そうですか……徒歩で行くと、どうなります?」
「定期馬車と同じルートを通るか、山を直接越えるか」
「山を直接越える?」
「ああ。結構険しい山道ですが、慣れている者なら七日か八日で越えるぞ」
「へえ」
この村とチェルダムとの間には山脈があり、チェルダムヘ抜けるルートは二つ。ひとつは定期馬車の通る、山脈を避けて海に近い方を通っていくルート。距離は長いが道は平坦で歩きやすいという。そしてもう一つが山を越えるルート。それなりに険しい道だが、魔物が出るわけでも無いので危険度は低く、この村の住人は馬車より山越えを選ぶという。
「どちらの道も道は一本道で迷うこともない。冒険者だろう?体力に自信があるなら山を越えるのもアリだよ」
宿の主人はそう言って奥へ引っ込んだ。忙しくなる時間なのでこれ以上引き留めるのはやめて、エリスと話し合う。さて、どうしようか。
この村は、国境越えの準備をするための村と言うことで、比較的大きな店もある。定期馬車を待つよりは、ここで準備を整えて自力で山越えもアリと言う結論になった。リョータとエリスにとって初めての野営が山越え。若干の不安を感じるが、最悪ヤバいとなったら転移魔法陣で戻って定期馬車に乗ることにしても良いかと軽く考えることにした。
宿の食堂が落ち着いたところで改めて話を聞き、山越えに必要な物を教えてもらう。テントに毛布、食料は当然だが、細々した物をよく確認しておく。山中で「アレが無い、コレが無い」は洒落にならないからだ。
そして買い出しに行った店でも色々と聞いて回る。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。知ったかぶって命を危険にさらすつもりは無い。
「ある程度予想はしていたが、かなりの荷物になったな」
「ええ……」
今まで、テントや毛布を運ぶ必要の無い生活だったので、二人で運ぶ荷物は倍以上になってしまった。コレをどうにか工夫するのも旅をするときの知恵なのだが……さすがにコレは自分たちで何とかしよう……と思ったのだが、店に相談。背負うバッグを大きくすればいいという実に簡単な方法で解決した。
「では」
「おう、頑張れよ」
色々世話になった宿の主人夫婦に別れを告げて山へ向かう。しばらくはなだらかな道が続くが、二日目辺りから勾配が急になるらしいから無理に足を速めることはしない。
「なかなかうまく出来たな」
「はい。あ、こっちもう良い感じですよ」
「お、ありがと」
野営の練習の成果と、村で聞いたアドバイスのおかげだなと、星空の下でスープをすすりながら思う。山越えは今のところ順調。野営地に選んだ場所はいずれも結構使われるところらしく、わずかだが焚き火の跡が残っている。地球でキャンプをするときは跡形も無く片付けるように言われそうだが、こっちでは「野営に最適」という目印にするため、あえて少し残すのが暗黙の了解。なるほどすぐ近くに小さいが湧き水もあるし、山道でありながら地面も平らで座っていても違和感が無い。
「じゃ、交代で。エリスが先に寝て良いよ」
「はい。おやすみなさい」
それでもきっと何か物音がすればエリスはすぐに目を覚ますんだろうけど。
三日目の夕方、一番高い地点を通過。あとはほぼ下りとなる。ここまでに向こう側から来た何組かの山越えをする人と遭い、いろいろな情報を交換。こちらから提供できる情報はほとんど無く、向こうも然り。つまり、この先の道でどこかが崩れていたり、肉食の動物がうろついていたりという事態も無く、平和そのもののようだ。
そして八日目の昼過ぎ、無事に山を越えて麓の村に到着。ここから出入国を管理している街までは歩いて半日ほどらしい。宿に着くと、数名の冒険者が丁度出発するところだったので、軽く挨拶して見送りながら宿へ入る。さすがにずっと歩きづめで疲れたので、今日はここで一泊する。定期馬車の起点となるだけあって、この村の宿はなかなか立派で、大きな風呂も併設されていて二人とも大満足。それこそ数日滞在しても良いかと思うほどだった。
「はぁ……食った食った」
「おいしかったぁ」
宿に併設された食堂の食事も味よし、量よし、値段も安いと三拍子揃っていた。まあ、定期馬車も野営しながら十日くらいかかるらしいから、大変な馬車の旅のあとに泊まる宿のレベルは高い方がありがたいという事も考えられた宿なのだろう。
翌朝、いつものようにエリスに抱きかかえられた状態で目を覚まし、朝食を終えると荷物をまとめる。今から出ればのんびり歩いても昼までには街に着く。色々と荷物が多いので、工房へしまい込みたいが、さすがに村の近くに転移魔法陣を設置するのは抵抗がある。
「では出発します」
「ありがとうございました。ご飯美味しかったです」
「お気を付けて」
「は~い」
宿の主人一家に別れを告げて出掛けようとしたところ、外が騒がしくなり、ドカドカと男が入ってきた。
「Cランク冒険者のブラッドだ。Dランク以上の冒険者資格のある者はいないか?」
入ってきた革鎧姿の男が言った。
どうやらトラブルがやって来たようだ。




