ラビットナイフ
モンブゾンの滞在期間は予定通り十日間となった。
六日目に、この街の衛兵隊長が商会を訪れ、賞金をおいていったのだが……
「中金貨二枚……」
予想以上の金額にさすがに少しうろたえる。
「使いやすいように細かくしておきました」
アンセルムさんが優秀すぎる。
「実際にはもっと少なかったのだが、連中のやったことを確認し、商会からも少し上乗せしておいた」
「あ、ありがとうございます」
「何、優秀な冒険者とのつながりは金貨で買えるなら安い物だ」
まだ仲間がいるらしいが、アジトの場所は既に吐かせてあり、あとはこの国の騎士団が討伐するらしい。騎士の名誉にかけて頑張ってもらいたいところだ。
「さて、準備は良いか?」
「はい」
「大丈夫です」
カレンと共に馬車に乗り、モンブゾンを出発する。
「そう言えば、冒険者ギルドからもう少し滞在出来ないかと陳情じみたのが来ていたが、何をやったんだ?」
「え?」
「せめてあと一週間とか言っていたが、さすがにそれは無理だと断ったが」
「ああ……きっとアレですね。ホーンラビットの納品が少なくなるとかそう言うことじゃないかな?」
「ホーンラビット?」
「ええ」
「そんなに狩っていたのか?」
「そうですね、平均して三十羽ほど」
「平均?毎日三十前後狩っていたのか?」
「ええ……」
はあ……と、カレンがため息をつき、片手で目を覆い、天を仰ぐ。
「言ってなかった私も悪いのかも知れないが、この街ではホーンラビットの供給がほとんど無くてな」
「へ?」
「魔の森に入って徒歩五分でダンジョンがあるんだぞ。誰がホーンラビットを好き好んで狩る物か」
「はは……」
冒険者ギルドでは魔の森に入ってすぐにダンジョンがあることは聞いていた。が、ダンジョンに入るには色々準備も必要になるので、外でホーンラビット狩りをしていたのだが、この街の冒険者はほとんどホーンラビットを狩らないので、リョータたちがホーンラビットの主な供給源になってしまっていた。ギルド側もまさか、こんなペースでホーンラビットを納品してくるとは思っていなかったこともあり、うっかり市場にそのまま流してしまったために色々面倒なことになっているようだ。
「まあ良い。滞在期間が十日程度というのは事前にギルドにも伝えていたことだ。今までに何も対策を打たず、たまたま滞在しただけの二人に頼ろうなどと言う浅はかな考えをしたギルドの連中が愚かと言うだけだ」
「それは確かに言えますね」
「それに、ここの支部長の采配も把握出来た。これはこれで付け入る隙がある」
「えー」
カレンさん、とても悪い顔になってますよ。
とは言え、実際リョータたちが何か悪いことをしたわけでもない。あとはこの街の冒険者たちでなんとかするだろう……いや、しないかも知れないけど、そこまで責任は持ていないし。
明後日には王都に着くという日の昼休憩、食事を終えて少しのんびりしていたところで、エリスがスッと立ち上がる。
「ん?どうしたんだ、エリスは?」
カレンが怪訝そうな顔をするが、そもそもエリスもリョータも護衛であって、カレンの話し相手として同行しているわけではない。
「エリス、何が来た?」
「狼……数は二十程。すみません、風向きが良く変わるので近くに来るまで気付きませんでした」
ああ、うん。エリスの言う近くって一キロくらいあるよね……
「狼の群れ?」
「はい。すぐに荷物を片付けて馬車の中へ」
護衛対象であるカレンたちは最優先。
「俺たちはどうしたら良い?」
「この場で待機を」
商会の護衛たちが聞いてくるので簡潔に答える。
「待機?」
「はい。狼二十くらいなら、二人で対応出来ます。ですが、念のため、ここで馬車と馬を守って下さい」
「わかった」
護衛五人が配置につくのを確認するとエリスと共に少し進む。
「……すみません、二十ではなく三十以上います」
「大丈夫。そのくらい何でも無いさ」
エリスの肩を叩いて励ます。まだ姿も見えない段階で狼に気付いているのだから数が少し違うくらい、どうって事は無い。
「体格の大きな狼が一頭います。多分群れのリーダーです」
「わかった」
エリスに作戦を伝えると、並んで立つ。馬車までの距離は二百メートルほど。狼までは五百メートルほどらしい。
魔法のイメージを固めていると、エリスの尻尾がブワッとふくらんだ。思わずモフりたくなるのをグッとこらえる。
「来ます!」
「おう」
エリスの声と同時に狼が一斉に茂みから飛び出し、こちらへ向けて駆けてくる。野生の獣だけあって足が速いが、予想した程度だから問題ない。
「もう少し引きつけて……行くよ、エリス」
「はい」
「大地の槍!」
適当なネーミングで発動させた魔法はその名の通り、土を変形させて槍に変え、狼たちを刺し貫いていく。ある者は即死し、ある者は瀕死の重傷、数頭がこちらへ抜けてくるが……
「えいっ!」
「とぉっ!」
エリスとリョータの振るう短剣――もちろんラビットソードだ――で一刀両断。リーダーを含めた大きな狼が一瞬で戦闘不能になり、体格の小さく足の遅かった狼が数頭、慌てて足を止めて逃げていった。アレをわざわざ追う必要は無いだろう。
「エリス、逃げていった奴以外は?」
「いません」
「よし、作戦成功、っと」
「はい!」
ニコニコしているエリスとハイタッチ。魔法で穴を掘り狼を土の中に埋めて馬車に戻ると、無事を伝える。
「お前ら……本当に強いんだな」
「いや、疑っていたわけじゃないが……その、何だ。次元が違うというか」
「と言うか、最初のあの魔法?あんなのどうやって出したんだ?」
「いやいやそれよりもその剣だよ。いくら狼と言っても、骨までスパスパ切れるなんてどういう剣だよ」
むさ苦しい護衛たちに質問攻めになってしまったが、カレンが「そろそろ出発するぞ」の言葉ですぐに我に返ってくれた。
……あの様子だと、今夜は宿でも質問攻めに遭いそうだ。先手を打っておこうか。
「で、話というのは何だ?」
予定通り、街道沿いの村に泊まり、食事を終えてから、カレンの部屋を訪れた第一声がこれだ。まあ、「大事な話があります」しか言ってないからな。
「これを見て下さい」
やや使い古したラビットナイフを取り出し、テーブルの上に置く。さすがにいきなり刃物が出たのでアンセルムが緊張したように見えるが、丁寧に刃をこちらに向けて差し出したので問題は無いはずだ。
「ナイフ?ただのナイフにしか見えんな……やや使い古しているようだが……」
「こちらをどうぞ」
近くで拾ってきた握り拳大の石をその横に置く。部屋の空気が「コイツ何言ってんの?」になる。
「えーと……どうしろと?」
「切ってみてください」
「切る?」
「はい」
「このナイフで?」
「そのナイフで」
「この石を?」
「はい」
ブハッとカレンが吹き出し、腹を抱えて笑い出す。アンセルムさん、難しい表情をしないで下さい。
「お前、何を言ってるんだ?」
「まあそうですよね。論より証拠と言いますし、ちょいと失礼します」
カレンの前のナイフを手に取り、石に突き刺す。簡単にサクッと突き刺さり、柄の所まで刃が飲み込まれる。刃の長さが短いので石を貫通したりはしなかった。
「「は?!」」
二人とも口がポカンと開いたままだ。
「どうぞお試し下さい。掌に魔力を集めれば簡単に切れます」
「魔力を……うーん、こんな感じか?」
抜き取ったナイフを手に石に刃を立てるカレン。
「あ、待って」
「ん?」
「石を手に持ってると危ないですよ。手もスパッと切れてしまいます」
「おおう!!」
慌ててテーブルに置いて、そっと刃を当てると……リョータほど滑らかではないが、ススッと刃が吸い込まれ、コロンと石が切断された。
「これは……」
「何と……」
カレンもアンセルムも固まってしまった。
「その……カレンさんは俺との顔つなぎが出来たことが大きな利益だと言ってましたけど、逆に俺たちにとっても、大きな商会とのつながりは何かと役に立つかも知れませんから、このくらいは良いかなと思いまして」
「こ……このくらいって……」
「サンドワームの皮です」
「ん?アレがどうしたんだ?」
「あれ、加工が大変なんでしょう?」
「そうだな。ベテランの職人でも十センチ切り進むのに数時間だ……え?待て。これを使ったらどうなるんだ?」
「普通です」
「そうか、普通か……え?いや待て。リョータの言っている普通ってのはどういう普通なんだ?」
カレンの表情がコロコロ変わる。一流の商人は表情を崩さないと聞くが……ま、商談じゃないしな。
「おそらくカレンさんが想像している普通、です」
「まさか……」
「そう、そのまさかです」
「普通の皮を切るように?」
「切るように」
「スイスイと?」
「そりゃあもう」
「なっ……」
あ、完全にカレンが固まった。アンセルムは……ああ、一応主人であるカレンを心配しているが、動きがぎこちないな。
とりあえずテーブルの上にもう二本、ラビットナイフを置く。
「とりあえずお近づきの印にと言うことでどうぞ。あ、でもこれ以上の追加はありませんので、有効活用して下さいね」
どうせ原価はほぼゼロみたいな物だが、勿体つけるのも必要だろう。
追加でいくつかの注意事項も伝えると、部屋を出る。さて、この後どう動くだろうか。




