雨の日
ヘルメスにいた頃は雨が降った日は街を歩いて見て回ったりしていたが、この村は一時間もあれば一回り出来る程度の広さしかないし、店と言えるのも三軒だけなので見る物も無い。出来ることと言えば、宿の裏庭に出てエリスの魔法の練習くらいだ。これだけ水があると水魔法が使いやすいし、火魔法もちょっとした火起こしの練習くらいなら問題ない。
この世界で魔法を使わずに火を点ける方法は三つ。木をこすり合わせる、火打ち石を使う、ちょっとお高いがマッチのようなものを使う、である。エリスが実際にやったことがあるのは木と火打ち石。そこで、木をこすり合わせるイメージを空中で行うようにさせてみたら小さな種火は点くようになった。練習すればもう少し大きな火も出せるようになるだろう。
午後になるとさすがにエリスも疲れてきたので練習はおしまい。急いで上達する意味も必要も無いので、のんびりマイペースで良いと言い聞かせているので、疲れてきたらちゃんと言ってくれる。そして、疲れたというのが少しずつ遅くなってきている。少しずつだが上達していると言うことだろう。
部屋に戻ってもリョータはすることが無いので、ベッドでゴロゴロするだけ。エリスはと言うと、これまた特にすることもないので、何となくちょっとほつれた服――正直、もう少し放っておいてからでも良さそうな小さなほつれだ――を繕ったりしている。エリス自身、子供の頃から簡単な繕い物はしてきたらしく、手際も良いので見ていて飽きない。ちなみにリョータもこっちに来てからある程度の繕い物は出来るのだが、自分でやろうとするとエリスが不満げに見てくるので、任せることにした。
天気のせいであまりわからないが、そろそろ日が暮れる頃、エリスがふと手を止めてドアの方を見つめる。
「ん?」
「いえ……宿の方が」
エリスと返事とほぼ同時にドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼するよ」
エリスの言うとおり、宿の主人だった。
「何でしょう?あ、夕食のメニューがリクエスト出来るとか」
「いや、さすがにそれはちょっと」
「ですよね。あ、でも昨日の夕食も今朝の朝食もなかなか良かったですよ。って、今朝も言ったか」
「はは。今夜も腕を振るいますよ。っとと、そう言う話じゃ無かった。失礼ながらお二人は冒険者ですよね?」
「ええ」
リョータとエリスの組み合わせで宿に泊まるのは色々と詮索されがちになるので、手っ取り早く冒険者証を出している。こうすると、「何かの依頼で移動中?」と勝手に解釈されたりするので面倒が無い。
「すみません、ちょっと来ていただけますか?」
「ん?まあ、いいですけど……あ、武器とか持っていった方が良いのかな?」
「そうですね……多分」
「では、すぐに用意しますので、下で」
「はい」
何かあったのだろうかとエリスと顔を見合わせ、とりあえず革鎧を手早く着けると部屋を出ると、宿の主人の案内で村の南側入り口へ向かう。
「それにしても、すごい雨ですね」
「この季節の雨はだいたいこんな感じです」
一応防水の施されたマントを羽織っているが、どうしても隙間から水が入るので結構寒いなと思いながら歩いて行くと、村の入り口に馬車が二台止まっており、少し人だかりが出来ていた。
「村長」
「おお来てくれたか」
老人が一人、フードを降ろしながらリョータに向き合う。
「寒いでしょうから、フードはそのままでも」
「はは。大丈夫ですよ、慣れてますからな」
「で、何でしょうか?」
「こちらを」
人だかりの中へ案内される。
二人の武装した男が丁度担架に乗せられて運ばれようとしているところだった。全身血まみれで、どこをケガしているのかよくわからない程の重傷だ。
「あれは……」
「申し訳ありません。ここからは私が説明を」
身なりの良い男性が一人前に出てくる。この雨の中、マントも羽織らずに背筋を伸ばし、リョータに一礼する。
「申し遅れました。アンセルムと申します。エピナント商会の一従業員で、ラウアールからノマルドまでの移動中、この村に立ち寄った次第です」
「ご丁寧にどうも。リョータです。こっちはエリス」
「早速ですが、お二人は冒険者だと伺っておりますが」
「ええ」
「失礼ながらランクは?」
「俺はCランクです。エリスはDランク」
「フム……」
考え込んでしまった。
「えっと、何があったんでしょうか?」
「そうですね。説明いたします。私たちは王都ノマルドへ向けて荷物を運んでいる最中なのですが、盗賊に襲われました。護衛をつけていたのですが、数が多く、あのような事態に」
「二人が重傷……だけでは無いですね?」
「はい……一名が倒れ、三名が残りました。が、相手は二十名、多勢に無勢です。おそらくは……」
「そうですか。あ、話というのはこの先の護衛ですか?」
「いえ、それも出来ればお願いしたいのですが、その前に」
「その前に?」
「盗賊たちが追ってきています」
「は?」
「ある程度引き離したとは思いますが、それほど経たずにここまで来るでしょう」
さすがに周囲の村人たちがざわつく。そりゃそうだ。どう見てもベテランとおぼしき護衛が重傷で運ばれてきている程の盗賊が村に向かってきているというのは穏やかな話では無い。
「えっと、答えられなかったら別に良いのですが、盗賊の狙いは……荷物?」
「おそらく。あとは我が主の誘拐もあるかと」
「主……」
「エビナント商会長の「ストップ。重要人物だというのはわかりました。荷物はそんなに貴重品?念のために聞きますけど、違法な品じゃないですよね?」
「ええ、貴重品であることは間違いありません。しかし、神に誓って違法な品ではございません」
「差し支えなければ、教えていただいても?」
「最近ラウアールで討伐された百メートル級サンドワームの皮です。加工は大変ですが、非常に丈夫ですので、非常に高価な品です」
「へ、へえ……」
その加工の難しいものをブーツにして履いてるなんて言えない。
「盗賊たちの顔を我々は見ています。そう言う意味でも彼らが我々を逃がすことは無いでしょう」
「なるほど。で、その盗賊の撃退を、と」
「いえ、失礼ながらお二人では荷が勝ちすぎるかと。我らの護衛は冒険者ではありませんが、実力だけで言えばBランク相当です。対して盗賊は二十名弱。多勢に無勢としか。申し訳ありませんが、商会が責任を持ちます。すぐにこの村を捨ててどこかに隠れ「ま、なんとかなるでしょう」
「ハイ?」
「盗賊の撃退と王都までの護衛、ですね?」
「は、はい……」
えーと、こういうときにはどうするんだっけ?確か説明を聞いたよな。
「村長さん、正式な依頼として受けますので、手続きを。ただ、すぐに盗賊が来るようなので、書類は後回しで」
「は、はい……しかし」
「馬車を村の奥へ。あと少しですが手を借りたいので、大人の男性数名を……そこの屋根の下にでも待たせておいて下さい。危険はありませんが、力の要る仕事になりますから人選は任せます。エリス、行くよ」
「はい!」
「あ、あの!」
「任せて下さい。では」
村が盗賊に襲われる?
そんな話を聞いた瞬間にエリスが体を強張らせたのがわかった。
……目の前で二度とそんな惨劇は繰り返させない。
村の周囲に立てられた柵から少し出たところで足を止める。あまり村から離れず、近づきすぎず。このくらいの距離で良いだろう。
「エリス、どう?」
「んー、すみません。雨のせいでよくわかりません」
「仕方ないさ。でも、警戒はしてて」
「がんばります」
雨のせいで足音も臭いもわかりづらいのは仕方ない。
「あ、あの!」
アンセルムが着いてきていた。
「失礼は承知で言わせていただきます。危険すぎます」
「大丈夫ですよ」
「しかし!」
「……サンドワームを討伐した三人のうちの二人が俺とエリスです」
「なんと……わかりました。よろしくお願いします」
あまり大っぴらに言いたくは無かったが、食い下がられても面倒なので正直に告げた。
さて、盗賊撃退と行きますか。




