準備進行中
一度ギルドに寄り、支部長がルイザに何かの指示を出してきた。多分、教育係への連絡だろう。
「よし、行くぞ!」
「はい」
そう言って、支部長はギルドの建物の二軒隣の店の前に仁王立ちになる。通りに面した台の上にはロープや毛布、何かの入った袋等が所狭しと並べられている。見た感じは雑貨屋だ。
「とりあえず、初心者研修中に必要になる物はここで全部そろう」
「……何か、行動範囲が狭くないですか?」
「確かにな。だが、考えて見ろ。ギルドのすぐ近くで冒険者のための品物を売るという意味を」
「んーと、品質が確かで、価格も良心的?」
「後は品ぞろえだな。この街にもいろいろな店があるが、一通りの物をそれなりの品質と価格で買うとなると、ここになる」
「それなりの品質?」
「最高級品なんて上を見ていったらキリがない。もちろん、高級品だけを取り扱う専門店もあるが、駆け出し冒険者がホイホイ買えるような額じゃないから今は関係ないな。そうでなくても、例えば野営用の道具はどうだ?」
「どうしても荒っぽい使い方になることもあるからそこそこ丈夫でないとダメ。だけど、逃げる!と言うときには捨てていくことになるから、あまり高いのはちょっと……という感じ?」
「正解。つまり、そういう道具で、だいたいの冒険者が求める品質の物がここにはあるんだ。こういう店はどこの街にもあって、ほとんどがギルドのすぐそばにあるってことも覚えておけ」
「わかりやすくていいですね」
「だが、王都みたいにでかい街だとそれこそギルドのそばに店が二軒、三軒あることも多い上に、店ごとの特徴があったりする」
「特徴?」
「保存食がうまいとか、ロープが細いけど丈夫だとか、そういうところだな」
「……それ、どうやって見分けるんですか?」
「簡単だぞ。考えて見ろ」
「……あ、そうか。ギルドの職員に聞けば教えてくれるとか」
「正解だ」
支部長が笑いながらリョータの背をバンッと叩いて、店の中へ入る。
店の中は所狭しと品物が並べられているが、ある程度のカテゴリ分けがされており、探しやすそうに見える。例えばロープなら、長さや太さ別に揃えられているし、物を入れる袋なんかも大きさや材質別に並べられている。奥の方を見ると剣や斧、盾といった武具が並んでいる。
「何だ、シケた面した奴が来たと思ったらガイアスか」
「うるせえぞ、死に損ない」
「死に損ないとは何だ、少しは年上を敬え」
「ちゃんと敬うさ。アンタ以外の敬いたくなるような年上と、棺桶に入った後のアンタならな」
棚の陰から出てきた白髪の老人――店長でダルクと言うそうだ――の悪態に支部長も引かずに応える。
「そいつが新人か?」
「ああ、街に出てきたばかりで右も左もわからないからな、ここへ連れてきてやった」
「そいつは殊勝な心がけだな」
「ついでに、売り上げをジジイの葬式代の足しにしてやろうと思ってな」
「何をぬかすか、ケツの青いガキが!」
「俺のケツが青かったら、コイツはどうなっちまうんだ?」
なぜかリョータに飛び火した。
「さて、ジジイの葬式はともかく、コイツに色々持たせなきゃならないんでね、一通り見繕ってくれ」
「おうよ。とりあえず基本セットを用意しようか」
そう言うと、慣れた手つきであちこちの品を取り、並べていく。
「まずはロープ。初心者の研修ならこれで十分だ。で、ナイフ。三本入れておくぞ。それから……っと、そうだ。おい!ボビー!ちょっと来てくれ」
「はい、今行きますよ」
店の奥から若い……が、顔立ちは店長と瓜二つの男がやって来た。多分親子だろう。
「コイツの採寸、革鎧だ」
「はいよ。ちょいと色々計らせてもらうぞ」
手足の長さ、胸囲なんかをパパッと計ると店の奥へ行ってしまった。そうこうしている間にも一通りそろったようだ。
「これらを全部このバッグに詰め込む。詰め込む順番にもコツがいる。使いやすさとか背負いやすさとかだな。人それぞれだし、何人かでパーティを組む場合には役割によっても変わるからその辺は臨機応変に。とりあえず今日は俺のお薦めで入れておこう」
そう言うと支部長はパパッと道具を詰め込んでしまう。かさばるかと思ったが、たたみ方を工夫するだけでちゃんと収まってしまった。そしてそのままリョータに背負わせる。
「どうだ?」
「意外に重くないですね」
重量バランス、堅さ、バッグの形……うまく考えて入れているのだろう。
「とりあえず、後でギルドに戻ったら改めて教えてやるから、練習するんだ」
「はい」
「で、武器はどうする?」
武器や防具を専門に扱う店も当然あるのだが、ここには店を構えるほどの余裕のない職人達が卸していて、気に入った物があれば職人を紹介してくれるらしい。
「短剣でいいだろ。基本だからな」
「だな」
「そうだな、これなんかでどうだ?」
店長が三振り持ってきた。とりあえず一振り持ち、軽く振ってみる。
「どうだ?」
「何て言うか、しっくりきます」
「他も試して見ろ」
言われるまま振ってみる。どれも同じ感覚。そして、あの神からもらった短剣と同じだ。
「良さそうだな」
「はい」
「初心者研修で狩る相手は大したことは無いが、念のため予備を持っておけ。理由は説明されるはずだし、身をもってわかった方がいいから今は省略」
「ちなみに今まで受けた連中、半分以上が三日以内に折っている」
「え?」
「研修が終わるまでに全く折らなかったのは二人だったかな」
何を狩らせる気だ?と不安になるが、その辺の『戦闘中に武器を破損する』と言うことも早めに経験しておけ、と言うことなんだろう。
先のことに不安を感じているところに奥からさっきの店員が戻ってきた。
「お、来たな。早速着けてみよう」
店員がパパッと着けてくれる。胸当て・手甲・脛当て……全身を覆い尽くすのでは無く、急所となるところだけを覆うような革の鎧だ。
「こうやって、革の紐で結ぶんだ」
「紐が切れたら来い、このくらいは無料でくれてやるからな」
といった感じで完成。ついでに予備の革紐をもらう。
「どうだ、動いてみて。動きづらいところは無いか?」
手を振り回したり、しゃがんでみたりして確かめる。
「良さそうです」
「そのようだな。ま、何かあったら言え。調整してやる」
「ありがとうございます」
なんだか盛りだくさんに買ったが、これで三千ギル、小銀貨三枚だと言う。
「本当はもっとするんだが、初心者研修価格だ」
「なんかもう、ありがとうございます」
「何、これから何度も来てもらうからな」
「これからお世話になります」
買い込んだ荷物を手にギルドへ戻ると、そのまま酒場のテーブルへ。
「とりあえず、荷物の詰め込み方を覚えておけ」
言いながら支部長がバッグの中身を取り出して並べていく。
「一番使う物を出しやすく。そして重さや堅さも意識して詰めていく。このバッグはこことここも開くから、こうやって……やってみろ」
「えっと、これを入れて……あれ?」
なぜか入らない。
「違う、ここをこうだ」
「ここを……おお」
「ま、頑張れ……っと、程々にして昼飯、軽く腹に何か入れておけ。そろそろ来るだろうからな」
「はい」
昼はここで済ませようとメニューを聞くと、日替わりのランチがあると言うことなので注文する。肉がデン、と乗ったパスタだった。結構なボリュームだが、あっさりした味付けのおかげでペロリと平らげてから、ミルクを一杯。
トイレを済ませてから改めて荷物をバッグに詰め直したところで、支部長が出てきて俺を呼んだ。いよいよか。




