王女殿下の事情
翌日、とりあえず色々相談だな、とギルドへ向かうと、もはや当然のように奥へ通された。
「二人とも、昨日着ていた服は?」
「宿においてありますけど」
「そうか。あとでいいから持ってきてくれ」
「破けてますけどね」
「構わない。エリスちゃんの香りが楽しめれ『ガゴン』アザリー、いい加減にしないと私も怒るぞ?」
トゲ付き棍棒が一回り大きくなっていた。
「犯罪者を生み出すよりマシです」
「殺人事件が起きそうなんだが」
「死体が見つからなければ殺人事件では無いんですよ?」
「おいおい」
「うふふ」
空気が怖いんですが。
「と、ところで」
話の流れを変えよう。
まずはラウマという地名の話。数枚の紙をシェリーが見せてくる。
「持って行っていいぞ。どうせ大した価値はない」
かなり古いが大陸の東の方の地図だ。
「そのままの名前の地名は無かったが、それに似た名前のところはいくつかあった。ここと……ここ、あとここと……」
地図のあちこちを示して教えてくれた。
「だが、これがいつ頃の地図かわからないから、今もこの地名かどうか」
なるほど。時間がたてば地名が変わるのは地球でもあったが、こっちでもそうなんだ。
「あの資料もいつ頃のものかわからないからな」
「何も手がかりが無かったことを考えれば、一歩前進です」
「そう言ってくれると、少し気が楽になる」
ざっと見た限り、大陸の東側、北から南まであちこちにそれっぽい名前が書かれている。
全部行ってみるしかないな。ある程度覚悟はしていたが、改めて思う。長い道のりになりそうだと。
「さて、それともう一つ」
シェリーが少しだけ姿勢を正して続ける。
「今朝、リョータたちが来るよりも早く、城から使いが来たぞ」
「城から?」
「王女殿下からの伝言だ。『うっかりしていて、次の予定を決めていませんでした。ご都合のよろしい日を教えてくださいませんか』だそうだ」
「えーと、それは……」
「やったなリョータ、かなり気に入られたようだぞ」
「次の予定って……そう言われても」
「まあ、そうだろうな。だから断っておいたぞ」
「断れるんですか?」
「断り方次第だ。『国外へ向かう依頼を受けたので数日の内に街を出無ければならない。戻ってくるのがいつになるかわからない』と言っておいた。シンプルだが、冒険者なら仕方ないという理由だな」
ホッと胸をなで下ろす。
「ま、そういう回答があった場合の返答も用意されていたぞ。『お戻りになる日を心待ちにしております』だ」
「それって、どういう……」
「貴族の言い回しという奴だな。リョータにもわかるように意訳すると『あなたのことがとても気になります。もっとお互いのことをよく知りたいのでまたお会いできませんか?』といったところか」
それってほぼ告白ですよね……ハイ、エリスさん、表情が険しいです。
「隠すほどでも無いことだから伝えておこう。リザベルト王女殿下は……同年代の友人が皆無だ」
「へ?」
「偶然と言えば偶然なんだが……ラウアールと近隣国の貴族の子息を年齢順に並べると、殿下の上の年代は二十代後半。殿下の下はと言うと、まだ二、三歳。同年代がいないんだ。おまけに母は亡く、父親は国王であまり構ってやれない多忙な人物ときた」
王族でボッチとかどういう属性持ちだよ。
「だからお前たち二人と過ごした時間がとても楽しかったんだろう。男女の恋愛感情とかそういうのを抜きにしてまた会いたい、そういう意味なのか、それとも……これはさすがにわからないな」
「そうですか」
「まあ、殿下もまだ十一歳。社交デビューするまでは三年ある。その時に、隣にリョータがいたらそれはそれで」
「あの」
「まあ聞け。昨日も言ったが悪い話じゃ無いぞ?」
「え?」
「仮に……あくまでも仮の話……って、エリスちゃんの突き刺すような視線がっ!たまらんっ!っと、アザリー、危ないじゃ無いか」
「うまく避けるものですね」
トゲ付き棍棒の軽量化が必要かしら、とアザリーが呟く。
「んっ……話を戻して……仮にリョータが殿下と結婚したとする。当たり前だが王位を継ぐのは殿下。女王としてこの国を治めていく一方で、リョータは王配としてのんきに暮らせる」
お、それはそれで悪くないか?イヤイヤ、エリスの問題があるでしょうに。
「ま、王族の一員としての役割はいくつかあるとしても、元平民だとそれほどのことは要求されないだろう。そして、王族ならば」
「ならば?」
「色々とマズいことも隠し通すことが出来る」
あ、そうか。エリスのことが知られるのは色々マズい。だが、元々犯罪に巻き込まれただけであって、エリスが何かをしたわけでは無い。
そして、リョータとの契約も、誰かに攫われて意に反した契約を結ばれないようにという保険であって、罪を犯すものではないし、ヘルメスの衛兵隊長なんかが一応後ろ盾になってくれるだろう。
だが、王族の後ろ盾がついたら?確かに心強い。だが……
「確かにそれはそれで魅力的な話ですが……でも、無理です」
「無理?」
「俺はエリスと共に大陸の東へ行き、目的を果たす。それが何年かかるか、見当も付きません」
「うむ」
「王族なら、そこそこの歳になったら……でしょう?」
「まあ、そうだな」
「それまでに戻ってこられるかわかりませんし、そもそも戻ってくるかどうかも」
「なるほど」
「仮に……この国に戻ってきたときに、王女殿下が心変わりしておらず……俺がもしもそういう気持ちになっていたら……ですね。まあ、無いと思いますけど」
「そうか。わかった。うまいこと伝えておく」
「お願いします」
「それはそれとして、依頼を受けて国外へと言ってしまっている手前、数日中には出発するようにしてくれ」
「わかりました」
「ああ、そうそう、大事なことを忘れるところだった」
「はい?」
「リョータ、Cランクに昇格。エリスはDランクだ。国王から直接褒美を手渡されるような人物、本当ならさっさとSランクに上げたいくらいだが、さすがにそこまでは無理だった」
「はは……ありがとうございます」
「で、いつ出発する?」
「そうですね、今日明日の二日で準備をして、明後日には」
「わかった。うまくごまかしておくよ」
「お手数かけます」
そしてアザリーと共に別室へ。
「定期馬車を使わずに移動されるんですよね?」
「ええ、今回はそうしようかなと」
「ダムドさんからこんなものを預かっております」
折りたたまれた数枚の紙が渡される。
「んーと……これ……」
街から街へ徒歩移動するときに必要になるものリストだった。
「一緒に行くことは出来ないが、アドバイスくらいさせてくれ、だそうです」
「ありがたいです」
何を用意すればいいのか見当もついていなかったので、本当にありがたい。
「ではこれで準備が出来ます」
「はい。頑張ってください。あ、それと」
「何でしょうか?」
「出発するときには一声かけてくださいね。見送りくらいさせてください」
「わかりました」
良い人たちに恵まれたな、とギルドをあとにする。
「リョータは……」
「ん?」
エリスが立ち止まってぽつりと言う。
「リザベルト王女のこと、好きなんですか?」
「いきなり何を」
「ちゃんと答えてください」
「好きなのかって……好きか嫌いかで言えば好きだけど、何だろう……親戚の子、みたいな感じかな。構ってやりたいけどそれ以上は無いな」
「そう、ですか」
「……安心した?」
「ええ」
意味深な会話になってしまったじゃないか。
「さて、必要なものを揃えよう」
「はい!」
そして、準備を整えて出発の日。
「やっぱりエリスちゃんをここに置いていかないか?大丈夫、ちゃんと私が保護して「この街一番の危険人物じゃねえか!」
そんなやりとりで見送られ、街をあとにする。
目指すはラウアールの北にあるノマルド王国との国境の街シリカ。馬車なら四日、徒歩だと十日。街道沿いに村があるのでよほどのことが無い限り野宿になることは無いし、するつもりは無い。
だが、いずれそういうこともあるので、どこかでちょっと野宿の練習をした方がいいだろうか?ま、必要になったときでいいだろう、と軽く考えておく。
困ったらその時に考えればいいのだ。
それに歩きながらやっておきたいこともある。
「おー、いい感じっぽいな」
遙か彼方まで駆けていき、折り返して戻ってくるエリス。
サンドワームの皮で作った靴に少し細工をしてその試運転をしたのだが、調子は良さそうだ。
戻ってきたところで、様子を聞いてみる。
「どうかな?」
「うーん、少し感覚がズレます。慣れだと思いますけど」
「そうか……直した方がいいかな」
「いえ、大丈夫です。その、思ったよりも足場がしっかりしているので、ちょっと慣れないだけです。多分すぐに慣れます」
「そう?ま、あまりにもおかしかったらちゃんと言ってね」
「はい」
靴底に魔法陣を描き、足下に固い足場を作るようにしてみた。
エリスが思い切り踏み込んでもびくともしない、強固な足場。
これならばエリスの脚力を百%活かせるだろう。
と言うか、足場の固さに慣れていないにもかかわらず、今までよりも遙かに速いんですが、慣れてきたらどうなるのかちょっと想像したくない。
それに走っているときの足音も、タッタッタッでは無く、ズンッと響くんですが……
ま、頼もしい仲間だと思えばいい。
「リョータ!この靴すごいです!ほら!」
「ん?」
エリスの方を見上げる。
えーと……空中に足場を作ってぴょんぴょんと……そんなこと出来るようにしてあったっけ……?
深く考えるのはやめた。




