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  作者: ひじきとコロッケ
ラウアール
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資料室

「また来て下さいね!きっとですよ!」


 そんな声に後ろ髪引かれる。可愛いけど、王族だよ?あまり親しくなりすぎるのも考え物。小市民なリョータはひっそり平穏に暮らしたい。現状、望めない状況になりつつあるけど。


 王女の部屋から出るとシェリーが仁王立ちで待っていた。


「ふふ……ずいぶん気に入られたようだな」

「えーと」

「照れるな、照れるな。かーっ、持てる男は辛いねぇ?」


 イジりに来たよこの人は。


「モテるとかどうこう言われても、俺はただの冒険者ですから」

「そうです!」


 エリスの援護射撃が頼もしい。


「そうとも限らんぞ」

「「え?」」

「私の見立てではリョータ、お前はいずれSランクになれるだろう」

「そうです、リョータはすごいんです!」


 えーと、エリスはどっちの味方?


「Sランク冒険者は下級貴族相当の扱いを受ける」


 国によって多少違うらしいが、少なくともラウアールでは爵位こそないものの、下級貴族と同等に扱われ、望めば王都の貴族街と呼ばれるエリアに屋敷を構えることだって出来ると言う。


「そして、そうなれば……王族との婚姻もあり得る」

「は?」

「ラウアールでは例が無いが、他の国ではいくつかそういう話もある。国王に気に入られ、王女にも気に入られているんだ。Sランクになればどうなることか」


 エリスさん、握った手が痛いです。


「と、とりあえず今はいいじゃ無いですか。Sランクなんてまだずっと先の話ですし」

「そうだな」

「それよりも今日は」

「うむ」


 そう言って「着いてこい」とシェリーが歩き出す。おそらく場所は知っているんだろう。

 歩きながらエリスがぼそっと呟く。


「リョータはずっと一緒ですよね?」

「ん?ああ、そうだな」

「……ならいいです」


 ちょっとだけ握った手が緩んでくれた。アレ?ひょっとして今、言質(げんち)取られた?


「さて、ここが資料室だ」


 大きな扉の前で振り返り、シェリーが告げる。


「注意事項は覚えているな?」

「はい」

「では入るぞ」


 昨日のうちに資料室での注意事項を聞かされていたが、それほど変な規則は無いのであまり気にしていない。資料を汚すなとか、持ち出しは厳禁とか、そんな程度だ。

 中に入ると、ちょっとした図書館のような規模で棚が並んでおり、隅々まで本・巻物・大量の紙の束が入っている。各地から寄せられる、今年の農作物の収穫状況――つまり、税金の計算元資料――が一番多いが、もちろんそんな資料に用はない。


「ようこそおいでくださいました」


 資料室の担当官ウェイジルが出迎える。


「早速だが、資料の閲覧を頼む」

「はい、こちらに用意してございます」

「ありがとう」


 ここでは、資料の積まれた棚から直接取り出すことは禁止されている。

 どんな資料を見たいかを担当官に伝え、持ってきてもらって所定の場所で閲覧するのがルールだ。


「こちらです」と通された資料閲覧席には数冊の本が既に積まれていた。


「奴隷紋に関する書物が二冊、アレックス・ギルターに関する書物が二冊でございます」


 三冊しか見えないのだがと思ったら、一冊は被っているという。納得。


「ありがとう、リョータ」

「はい」


 促され、椅子に腰掛けると、早速一冊を手に取って開く。

 大きさも厚さも大した物だが、紙の厚さが分厚いだけでページ数はそれほどないし、全部手書きなので、文字もそれほど細かくない。

 その気になれば五分で読み終えてしまえそうな感じだが、見落としが無いように慎重に読み進める。

 ポイントになりそうなところは持ってきた紙にメモを書き取る。

 よほどの国家機密でも無い限り、内容を書き取ることは禁止されていないので大丈夫。と言うか、そもそもそんな機密情報、最初から出してこないはずだ。


 一冊目は奴隷紋に関する、と言うよりも奴隷の歴史について書かれている本だった。

 奴隷紋がどのように使われ、いくつかは禁術扱いにされ、という歴史。


 そして……奴隷紋がどこで研究され、生まれたか。


 ラウマという名を見ても、ちんぷんかんぷんだが、とりあえずメモしておく。

 もう一冊は、奴隷紋がどういった機能を持っているのかという考察。作者はアレックス・ギルターその人だった。

 いろいろな考察、実際に行った検証。奴隷紋の正体を突き止める役に立ちそうな内容が多く、これまたメモする内容も多い。


 そして最後の一冊。アレックス・ギルターが亡くなった後に書かれた、彼の人生について……要するに伝記だな。いくつか気になるところもあったのでメモしておく。後でじっくり考えよう。

 読み終えると、「それでは」とシェリーが出ていくので慌ててあとを追う。場所が場所なので長居するのは好まれないらしいので仕方ない。

 そのまま来客用の玄関へ向かい、来たとき同様に馬車に乗ってギルドへ戻る。


「どうだった?」

「今のところは何とも。少し考えて整理したいです」

「そうか」


 ギルドに戻るとそのままギルドマスターの部屋へ。

 促されるまま椅子に座ると……


「ああ!もう!辛抱たまらん!」


 シェリーがエリスに飛びかかろうとしたところで、ゴン!と鈍い音がする。


「お帰りなさいませ。そして、自重してくださいね。まだお二人の服は礼服なのですから」


 すりこぎみたいな棍棒がトゲ付きにグレードアップしてるんですけど。


「ぐ……いつの間に入ったんだ……この私が気づかないなんて……」

「最初から一緒に入りましたよ?」

「不覚……だが!」


 ゴン!


「礼服のままなんですよって言いましたよね?」

「破けやすいなんて、最高じゃないか!」


 ブレないな、おい。




 とりあえず、今日一日、色々とフォローしてくれたことに礼を述べてギルドをあとにする。宿に戻ってこの服を着替えたい。


 服を着替えようと袖から腕を抜こうとしたら、ビッという感触があった。あとから確認したら、あちこちで布に裂け目が入っている。どんだけヤワな布なのだろうか。

 これでも、しっかり裏地を付けてやれば普通に着ていられるらしいのが何とも不思議だ。

 同じ部屋の中でエリスも着替えていたのだが、紳士のつもりのリョータはもちろん後ろを向いていた。


 さて、資料室で得てきた情報を整理しよう。

 まず、奴隷紋が作られたのはやはり大陸の東の方。ラウマという地名に聞き覚えがあるかシェリーに聞いたが知らないという。

 本当は資料室でさらに調べたかったが、そこまでの許可は下りず、シェリーが「私の家にもいくつか地図はある。調べてみよう」というのでそちらに期待する。


 そして、奴隷紋自体はやはり魔法陣だった。

 だが、アレックスの所見では「どんな魔法か、魔法陣からイメージが伝わってこない」と書かれていることから、かなり特殊な魔法だろうか?だが、この世界の魔法は、すべて物理現象を強引に引き起こすだけ。奴隷という仕組みを魔法にする以上、何らかの物理法則に従っているはずだ。


 そして、アレックスも同様の疑問を抱き、いろいろな実験をしていた。実験と言ってもそれほど非人道的なものでは無い。数名の奴隷に、ギリギリ持ち上げられるくらいの重さの箱を持ち上げるように命令する。「下ろして良し」と言うまで下ろしてはならない、と。

 言われるままに奴隷たちは箱を持ち上げるが、その重さに耐えきれず下ろしてしまう。すると、「命令に反した」として体に激痛が走るという。

 このことからアレックスは奴隷紋を、命令に従わせる魔法では無く、命令に反すると罰が与えられる魔法と位置づけた。罰が与えられることがわかっているのなら命令に従う、と言うわけだ。

 そしてアレックスの検証はここまでだった。


 そりゃそうだろう。


 ただの魔法で「命令」の内容を理解し、「命令に反しているか」を判定する。

 リョータもそれほど詳しいわけでは無いが、地球の人工知能の研究だって、まだそこまで至っていないハズ。

 奴隷紋を描き写したとおぼしきスケッチもあったが、あの程度の魔法陣にそこまでの機能は詰め込めない。

 だが、魔法である、ということはその魔法を打ち消す方法があるはずで、そのための手がかりが大陸の東にある、というのは案外的外れでは無さそうだ。


 とりあえず書き殴ってしまったメモを整理しているうちに一日が終わった。

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