国王との謁見
「では行こうか」
ファビオが予定通り戻った翌朝、早速城へ向かう。勿論城から迎えの馬車がギルドに横付けされているので、歩いて登城なんて野暮は無い。
ギルドに届いた詳細によると、やはり国王との謁見で、内容はファビオの依頼に対する礼と……ドラゴン、サンドワーム討伐に賞金首捕縛を成し遂げたリョータとの顔つなぎのようだ。
ガラガラと車輪を鳴らしながら進む馬車の中にはシェリーとファビオも含めて四人も乗っているというのに、かなりゆったりとした広さ。さすが王族の用意した馬車である。
「リョータ、どうした?ボーッとしてるじゃないか」
「そうだよ。王様に会うなんて滅多に無いことなんだから」
「それはそうなんですけど……」
仮縫いはそれほど問題は無かった。時間に余裕がないせいでパパッとあちこちにあてがって、微調整して。
むしろ本番は今日だったのだ。
「さ、急いで準備しましょう!」
「え……うわ、ちょっと!」
「ほら、さっさと脱いで!」
「ちょ、ちょっと待って……自分で着られますってば!」
「あらダメよ、普通の服の感覚で着るには耐えられない布だから、ちゃんと着せてあ・げ・る」
「パ、パンツは脱ぐ必要ないでしょおおおお!」
リョータが着ているのは、日本だと中学高校辺りの制服のブレザーをちょっと派手目にした感じのデザインの服。胸元の学校の校章とかが付いていそうな場所にはラウアールの冒険者ギルドの所属であることを示す紋章……どう見ても日本の生活用品メーカーのマスコットキャラクターにしか見えない生き物の図柄。
一方のエリスはと言うと……日本で言うなら礼服に近いようなワンピースタイプのすらっとしたドレス。こちらも胸元に冒険者ギルドの紋章が入っている。
一応、大陸西方面の下級貴族の子供に着せる正装を簡略化したデザインで、二人ともまだ成人していない――十八歳で成人だそうだ――と言うことを考えると、至極まっとうな服装なんだとか。
ただ、布はかなり弱いらしく、本当はしっかり裏地で丈夫になるように加工するところなのだが、時間が無いのでそこも簡素化。シャーロット曰く、
「歩いたり座ったり程度なら大丈夫だけど走るのはダメ。あと脱ぎ着もダメ」
まさに一回きりと言うことらしい。そんな脆い服には見えないんだがと、袖を見つめる。丁寧に縫製されていて、素人目にも技術の高さが何となくわかる。
「すごい技術なんだろうけど、あの店長のインパクトで霞んで見える……」
「はは。あの店は慣れないと、色々強烈だからね」
ファビオが苦笑するが、あれって慣れの問題か?
隣を見ると、緊張の面持ちのエリス。獣人の身体能力を考慮して、少しだけ丈夫にしているらしいが、気をつけるように言われていたせいで、さっきから微動だにしていない。
「年齢相応のオーソドックスなデザインだな。完璧だ」
「へえ、そうなんですか」
「色々と貴族の服装はうるさいからな」
「……ファビオさんは?」
「Sランクはそれだけでステータスだから、あまりうるさく言われないんだ。それに見た目はいつもと変わらないが、布地は最高級の仕立てだぞ」
「なるほど」
「それはそれとして、エリスちゃんが!愛しのエリスちゃんが、可愛らしすぎるぅ!」
抱きつくと服がダメになると言うことで、そこは耐えているのだが……これで馬車を待っているときから累計三十分程悶絶しているのは、まあいいか。
「着いたな」
「はあ……王様とか緊張しますね」
「礼儀とかうるさく言われることは無いから大丈夫だと思うよ。まあ、普段通りの君たちなら、『平民なんてそんなモンでしょ』でスルーしてもらえると思うし」
気さくな方なんだな。それは助かる。
馬車を降りると、デカい扉に真っ赤な絨毯。場違い感がさらに強くなり、回れ右して帰りたくなるが、グッとこらえてシェリーとファビオのあとに続いて中へ。
「……シェリーさん、堂々としてますね」
「アレで一応貴族だからね」
「え?」
「知らなかったのかい?」
「聞いたことがあるような、無いような……」
言われてみれば、今日の服装も体のラインに沿ったシンプルなデザインのドレスでビシッと決まっていて、リョータ達のように服に着られている感はない。むしろ普段着で歩いているのかと錯覚する程だ。
いきなり国王に謁見なんて事は勿論無く、待合のための部屋に通される。
「ここに来るだけで緊張しました」
「わ、私もです」
「緊張しすぎだよ、二人とも」
ファビオはこう言う経験も多いのだろうか、特に固くなっている様子も無い。
「ホレ、茶菓子でも食え。こんな高級品、滅多に食えないからな」
「あ、どうも」
「こっそり持ち帰ってもいいぞ」
「そこまでは……あ、うまい」
「ホントだ、美味しいです!」
「どうする?持って帰るか?」
「う……」
エリスの目がキラッキラだよ。
「持って帰りたいですけど……こっそりじゃなくて、堂々と持って帰れないですかね?」
「馬鹿だなリョータは。こっそり持って帰るから美味いんじゃ無いか」
「そうだよ」
この大人たちがダメ人間だって事、忘れてたよ。
でも、ちょっとスリルがあるかも。そう思って手を伸ばそうとしたらノックの音が。
「ち、間の悪い」
「全くだ」
「いやいや、そう言うことじゃないでしょ」
謁見の間に通され、国王がなんだか色々と話していたのは確かなんだが、緊張しすぎてよく覚えていない。意外だったのは、国王が自らこちらへ歩み、褒美として金貨の入った袋を直接手渡してくれた事。普通ならあり得ないだろうが、リョータ達をそこまで信用していると言うことなのか、何かあったら周囲にいる近衛騎士が即座にバッサリやるから問題ないと言うことなのか。
「ありがとう。この国の民を代表して礼を言う」
濃い茶の髪に、青い目をした、まだ若い国王、ジルベルク・ラウアールが平民のリョータに礼を言う。ただの平民に国王が礼を言うなんて異例中の異例である。
あとで聞いた話だが、国王はまだ三十代で、王位に就いてからまだ三年。色々と大変なときに立て続けに起きた事態に気を揉んでいたが、それを尽く、あっさりと解決したリョータという冒険者の事を聞き、即座に謁見の場を設けることを決断したという。
まさに救国の英雄扱いという訳か。
褒美ももらったし、さっさとこの場を去りたい、そう思っていたのだが、何やら国王がすぐ傍にいる少女と話し込んでいる。
「誰ですか……」
「リザベルト王女だ」
こっそり聞いたら教えてくれるシェリー。
お姫様でしたか。アレ?
「……その、お妃とか……」
「王女を産んですぐに……」
それだけ聞けば十分か。ん?その王女がこちらに歩いてきてるんですけど。
「は、初めまして。リザベルト・ラウアールです」
肩まである金髪は母親譲りらしいが、その瞳は国王のそれによく似た眼差しで、コロコロと鈴を転がすような声。そして言うまでも無く、絵に描いたような美少女。
そんな美少女から、幼いながらも完璧な所作で挨拶された。
「あ……えと……」
「名前を名乗ればいい」
フォロー助かります。
「冒険者のリョータです」
「エ、エリスです」
お辞儀すればいいのかな?
「あ、あのですねっ!」
どこがどうしてこうなったのだろうか、と思わず天井を見上げる。
隣ではエリスと王女が真剣な感じで話し込んでいる。内容は、エリスを助けたときの出来事諸々。
王女が「リョータ様の冒険譚をお聞かせ下さい!」とせがむので「少しだけなら」と了承した結果、王女の部屋に通され、お茶菓子と共に色々話すことになった。もちろん近くには王女付の侍女がいるからおかしな事は起きないが……
ドラゴン討伐のことを話したら「それで!それで!」とものすごい食いつきだったので、賞金首捕縛のことはエリスに任せてみたら、これがまた盛り上がる盛り上がる。
村が襲われたときのことはリョータも知らないので、それはそれで「へえ、そんなことが」と改めて何があったかを知った。なるほど、あまり人を疑うと言うことをしないような素朴な人たちばかりで、あっという間に襲われたという経緯はよくわかった。
だが、そのあとの事は色々おかしい。縄で縛られたエリスが引きずられているところに颯爽と現れたリョータが、短剣一閃、あっという間に三人を斬り伏せたという感じになっている。が、魔法のことはイマイチよく理解していなかったエリスが状況を説明するとしたらこれが一番わかりやすいか。
「はぅ~すごいんですねぇ~」
「ええ、リョータはすごいんです!」
頬に手を添えてなんだかうるうるしている王女に、エヘンと胸をはるエリス。何だこの構図は。おまけに、二人とも見目がいいから、すごく絵になる。
「それで!それでどうなったんです?!」
「はい、そのあとは……」
おかしい。
「世界で困っている人を助ける旅に出る。エリスも手伝って欲しいんだ」
「私なんかでいいんですか?」
「エリスで無きゃダメなんだ」
「わ、わかりました!」
そんなこと言ったっけ?
「それで旅の第一歩としてラウアールにいらしたんですね?」
「ええ」
「そしてあんな巨大なサンドワームを……」
「あのくらい、リョータならちょちょいのちょいです」
「うわぁ」
王女が熱い視線を送ってくる。同時に周りにいる侍女の視線が厳しくなるので、やめて欲しいんですけど……
「じゃ、じゃあ次はサンドワーム討伐のことを!詳しく!」
「リザベルト殿下。そろそろお勉強の時間です」
「えー、もうちょっと聞きたいよぉ」
やべえ、ほっぺをふくらませてぶーたれる姿が、めっちゃ可愛い。でも、さすがに王族の勉強の邪魔はダメだな。
「殿下、続きはまたの機会に」
「えー」
「その……しっかり勉強して人の上に立つ者として成長されると」
「されると?」
「私としても励みになります」
「本当に?」
チョロいかも。
「ええ」
「じゃ、じゃあ!また今度、お話ししてくれる?」
「勿論」
「わかりました!」
素直でよろしい。
なんか次回の約束を取り付けられた気もするが……次回の約束をした。したが、いつ、という約束まではしていない。つまりその気になれば、永遠に次回は来ないと言うことも可能だろう。
勝手にそう決めておいて、退室する。具体的なことを何も決めていない約束をする方が悪い。




