登城準備
「えーと……こんな駆け出しの冒険者を城に呼ぶって、一体何事なんですか?」
いくら何でもちょっと急すぎるので、しっかり聞いておかないと。城に呼ばれると言うことは国王か、それに準ずる王族、あるいは宰相とかそういう偉い人と会うと言うことか。異世界転生ものの定番といえば定番だが、ここまでの間、あまりテンプレっぽいことがなかったような気がするので、逆に危険な臭いを感じる。
それとも資料閲覧の許可が下りた?そっちはそっちで気になるが、そんな雰囲気に見えないし。
「リョータ、お前はもう少し色々自覚した方がいい」
「え?」
「ドラゴンとサンドワームを倒し、賞金首を捕らえ、Sランク冒険者が力を貸してくれと頼んでくるような奴を駆け出しとは呼ばん」
「でも実際経験が少なすぎるし、まだまだ駆け出しですよ」
「それは冒険者ギルドの中の問題だな」
「王国がどこまで考えているかはわかりませんが、救国の英雄のような位置づけにしてるかも知れませんね」
「えー」
「前にも話したが、冒険者のランクってのは仕事をこなした結果についてくる信用とかを重視する。そう言う意味ではリョータはまだ駆け出しだ。だが、国王を始めとする王族、貴族や、普通の国民にとってはドラゴンスレイヤーの一人とか、サンドワーム討伐の立役者、というのはわかりやすい英雄なんだよ」
「それもそうか……」
「だから、早めに一度顔合わせだけでも、できれば今後色々と。そう考えるのも無理はない」
なるほどと納得。だが、冒険者ギルドって国家から独立した組織じゃないのか?
「確かに独立した組織だから、王族が何を言おうと知らぬ存ぜぬを貫くこともできる。だが、今回は素直に受けた方がいいという判断をした」
「簡単に言ってしまうと、リョータさんにとってメリットが大きいはずだと言うことです」
「メリット?」
「そもそもの目的である、資料の閲覧。おそらく城に行ったついでにと言うことになるだろう」
「それはまあ、何となく予想してました」
「簡単な話だな。王国を救った英雄なら話も通しやすい。それと、ランクアップだ」
「へ?」
「詳細はまだよくわからんが、おそらく国王と謁見することになる。国王と謁見なんてAランク冒険者でもなかなかできることじゃない。となると、国王と謁見するほどの冒険者をいつまでもDランクにしておくわけにはいくまい。一気にAランクというのはさすがに無理だとしても、Cランクにするには何の問題もなくなる」
「ランクアップの基準って結構ザルですね」
「政治的駆け引きと言ってくれ」
「言わないと思います」
だが、ちょっとの間緊張するだけでCランクに上げてもらえるなら、ありがたいことだ。
「さて、一応確認だが、リョータ、王族と正式な場で会うのにふさわしい服装は持っているか?」
「持っているように見えますか?」
「だろうな」
ギッと椅子を鳴らし、アザリーに指示を出す。
「今すぐ仕立屋に連れて行って用意を」
「わかりました」
「え?」
「正式に呼ばれて行くんだぞ、正装に決まってるだろう?」
「あ、費用はご心配なく。ギルドの経費で出しますので」
「け、経費って……」
「ギルドにとっても、冒険者を売り込む良い機会だ。二人分の正装など十着用意してもお釣りが来る」
「二人分?」
「エリスも同席するに決まってるだろう?」
「エリスも同席って……」
「心配するな。私も同席する」
それが一番心配なんだが。
とにかく急がないと間に合わないからと言うことでアザリーに急かされ、何だか高級そうな店に連れて行かれる。
「あら、アザリーじゃない。いらっしゃい」
「どうも、ご無沙汰です、シャーロットさん」
「今日は一体何かしら?」
「この二人の正装を」
「正装?」
「国王に謁見するときに失礼のない格好で」
「んまっ、この二人が?すごいじゃない」
「日付はまだ決まっていませんけど、五、六日のうちにはという感じなので急ぎたいんです」
「あらあら大変ね」
「これ、ギルドマスターからの正式な依頼ですので」
「わかったわぁ、最優先で仕上げるわ」
「お願いしますね」
一見普通の、緊急の仕事をねじ込みに来ただけの会話に聞こえるが、この店の店長、シャーロットはガチムチマッチョ&スキンヘッドでヒゲのそり跡も青々とした大男。筋肉ではち切れそうなキャミソールの上に薄手のカーディガンを羽織り、下はミニスカート&ガーターベルトで吊したストッキングwithスネ毛。真っ赤なリップグロスはこの人物の危険度を周りに示す警戒色に違いない。
「さて、そうと決まれば採寸ね。まずはこっちの可愛らしい坊やから」
さ、採寸ね。そうだね、大事だよね。
と思ったら、シャーロットの姿が消え、背後からわしっと抱きつかれた。
「ひぇぇぇ!」
「あら、ちょっと静かにして。サイズが測れないわぁ」
これ、採寸なの?思い切り抱きすくめられているだけというか!ケツ、ケツになんかあたってる!固いものがあたってる!
つか、耳!耳に熱い吐息がかかるんだけど!
って、そこら中をまさぐられる!
つか、股間を重点的にまさぐるな!
「ん、わかったわぁ」
今ので本当にわかったのかどうか怪しいものだが、何やらメモに書き付けているので、そこは信用しておきたい。
ちなみにその間に別の店員――こちらは普通の女性だった――が来て、エリスを連れて奥で採寸をしていた。
普通に採寸して欲しいと、心底思っている横で、シャーロットとアザリーが話を進めている。
「とりあえず、最速でやるとして、こんな感じかしら」
「それで構いません。一度着られれば充分ですので」
「そうなの?」
「また着る機会があるときには改めて考えれば良いでしょうし」
「そうねぇ」
「それに」
「それに?」
「二人ともまだ背が伸びるでしょう?」
「そうね」
いや待て。また作るって……その時はまたさっきのような採寸が?!
「あ、いっけない」
「え?」
「靴も必要よね?」
「そうですね。お願いできます?」
「任せて!っと、サイズは……」
「ひぃぃっ」
「大丈夫ですか?」
「うう……怖かった……怖かったよぉ……」
心配して頭を撫でてくれるエリス。思わず縋り付いてしまう。うん、本当に怖かったんだよ。
「その……声は聞こえていたんですが、タダの採寸ですからとお店の方が……」
そうだね。この店にとってはアレもタダの採寸なんだろうね。一般的にアレを採寸とは言わないと思うけどね。
「これがこうだから……うん、明後日。明後日もう一度来て。仮縫いまで進めておくから」
「わかりました。じゃ、リョータさん、エリスさん、行きましょう」
アザリーに続いて店を出る。
「ちょっとびっくりしたでしょう?ちょっと変わった方ですけど、腕は確かなんですよ?」
「かなりびっくりしましたし、かなり変わった方ですよね?」
「そうなんですか?」
「え?」
「あのお店、こう言うときに冒険者の方を紹介して連れて行くんですけど、いつもあんな感じですよ?」
犠牲者が多い!
とりあえず、仮縫いが終わったら細かい調整のためにもう一度行かなければならないのは確定。明後日、ギルドで待ち合わせて向かうことにして別れた。
「なんか……疲れた」
あれ?でもこういう展開って結構テンプレっぽいような気がする。ラノベで読んでいる分には笑えるシーンだが、まさか当事者になるとはね……
さすがにもう何かをするという気力もないので、そのまま街をぶらつくことにした。思えば、ラウアールに着いてから、少しバタバタしていたので、こうしてのんびり街を歩くのは初めてだ。
「あ、あの……」
「ん?ああ……」
何か言いたげなエリスの表情で察し、そっと手を繋ぐと嬉しそうに微笑んだ。
傍目にはごく普通の少年と獣人の美少女が仲良く歩いているようにしか見えず、時々「あらあら」なんて声と視線を感じる。
さっきのことを考えると、このくらいは許されるはずだ、うん。




