依頼完了
「つ、着いた……」
「ははっ、さすがに私も疲れたよ」
ギルドに到着すると、ガクリと崩れるリョータとヒルダ。一方エリスは、それほど疲れた様子も見えない。獣人の体力はハンパないな。
「ヒルダさんにリョータさん、エリスさん!」
アザリーが慌てて駆けよる。
「やあ、アザリー、これを頼むよ」
「えっと……?」
いきなり手渡された袋を前に?マークの浮いた顔になるアザリー。
「依頼の品、持ってきたよ」
「あ、これ念のための予備です。あとエリスも持ってるので」
「え……本当に……間に合った……」
「早いとこ薬師ギルドに持って行った方がいいんじゃないか?」
「あ、はい!」
袋を受け取ると奥へ向かう。
「あー、待った」
「はい?」
「その袋、リョータの祖父の形見の品。ちゃんと返してやってくれ」
「わかりました」
うなずいて奥へ消えていった。
「で、いいんだよな?」
「ありがとうございます」
言葉をうまく濁してくれたのはありがたい。
アザリーが奥へ引っ込むと、ヒルダが別の職員を手招きする。
「これは別件なんだが、えっと確か……」
数名の名前を職員に告げ、ダンジョンを出たところで襲撃を受けたので返り討ちにしておいたことを伝えておく。命までは奪っていないが、縛り上げて転がしてある、と。
その後、捕縛して何らかの懲罰を科すかどうかはギルドが独自に判断することだし、
「この時間に、その場所……それって、多分」
「まぁな」
「わかりました。とりあえず処理しておきますね」
あとは良いようにしてくれるだろう。
「さて、二人とも良いか?」
「はい?」
「とりあえず今日はここまで。ゆっくり休んでいいぞ。多分ファビオたちが戻ってくるのは四日か五日かかるから、それまでは街にいてくれよ。報酬の分配があるから」
「わかりました」
「じゃ、ここで解散」
ヒルダに続いてギルドを出ようとしたところで、アザリーが慌てて出てきた。
「リョータさん、明日の午後に一度顔を出してください。袋はその時にお返ししますので!」
きっと色々と話があるんだろう。了承したと返事をしてギルドを出て、宿に向かう。
宿に入る前に軽く泥汚れを落とし、部屋に入るとそのままベッドにダイブ。ひとっ風呂浴びたいところだが、今風呂に入ったら絶対に中で寝てしまうので、止めておく。
エリスが何か言っているようだが……もう限界です。おやすみなさい。
目が覚めたとき、腹が減ったなと思う前に、顔面が何か柔らかいものに包まれているという幸せな感じは何だろうかという素朴な疑問を持った。
そして、エリスがリョータを胸に抱きかかえていることに気づき、一瞬で目が覚めた。
どういう状況だこれは……
そう言えば、ダンジョンに潜っている間は、あまり構ってやれなかったな。だが、さすがにあれだけ大勢いる前で添い寝するわけにも行かないし……
つまり、これは仕方ないことなのだが……動けない。と言うか、動きたくないだろこれは。
しばらくこのままでいいかと、ちょっとだけ姿勢を変えたら、エリスが目を覚ました。
「ゴメン、起こしちゃった?」
「い、いえ……あの……えと……ご……」
「ご?」
「ご迷惑、でしたか?」
「い、いや……全然」
むしろ至福の時間です。
「うふふ」
何か笑いながらぎゅっとしてきた。天国はここにあったのか。
ぐーっ
「ぷ……」
「く……」
「はは……」
「ふふ……」
二人同時にお腹が鳴ったところで、起きることにした。
時刻は十一時を少し過ぎた頃。夜中でも無い限りこの宿の食堂は頼めば食事の用意をしてくれる。二人して日替わりセットを頼み、朝食だか昼食だかわからない食事をのんびり済ませると、
「次は風呂!」
「はい!」
これまた夜中以外はだいたいいつでも使える宿の大浴場へ向かう。
ダンジョンの中でも濡らした布で体を拭くくらいはしていたのだが、やはり風呂だな。このさっぱり感は風呂でしか味わえない。
村にいた頃は風呂の習慣は無かったようだが、リョータが比較的風呂好きなせいもあってか、エリスもほぼ毎日風呂に付き合うようになっていた。まあ、ヘルメスにもこの街にも混浴風呂は無いので、日本のあの有名な歌のように外で待ち合わせるのだが、いつもリョータが出てくると、それほど間を置かずにエリスも出てくる。不思議に思って聞いてみたのだが、リョータが出るのは音でわかるそうだ。獣人ってすげえな。
そろそろいい時間だろうとギルドへ行ってみると、アザリーがちょうど冒険者の相手をしているところだった。少し待とうかと思ったが、
「奥へ入ってて下さい」
と言うことなので、ギルドマスターの部屋へ。ノックして入ると、シェリーが書類の山に囲まれて仕事中だった。
「来たか。そこへ座ってくれ」
「あ、はい」
「それと……湯上がりのエリぐぇっ……」
ドスンバタンと机の向こうに倒れていった。いい加減首輪と鎖がついていることを学習して欲しいのだが。
「今、変な音がしませんでした?」
「ゴキッていったな」
恐る恐る覗き込んでみると、
「首の角度があり得ない方向に」
「うわぁ……」
これはさすがに不味いか?何か、手足もピクピクと痙攣してるし。
「んー。あ、これならどうかな」
エリスの肩口に着いていた糸くずをつまみ、白目をむいているシェリーの鼻先に持っていく。
「ふがっ」
「うわぉっと」
カクンとホラー映画のように首だけ起き上がり、食いついてきた。糸くずを捨てて手を引かなかったら指が食いちぎられていたかも知れん。
「んむ、間違いない。エリスちゃんのかほり」
「ひぃぃっ」
「なんだこれ……」
これはさすがにリョータもドン引きだ。エリスに至ってはリョータの後ろで縮こまっている。あ、尻尾はやっぱり足の間に挟むんだね。
「ん?どうした?」
「いや、その……」
「そんなところに突っ立ってないで、座ってくれ。ったく、この鎖があるのを忘れていた……忌々しい」
「丈夫そうな鎖ですね」
「ああ丈夫だぞ。この街を作るのに貢献したアレックスとか言う魔術師が遺した魔道具だ」
「魔道具?」
「ああ。こんなに細いのに、フォレストベアの力でも引きちぎられないという非常識極まりない代物だ」
そう言えば、魔道書にそんな物の記述があったような気がする。
「すごい物があるんですね」
「ああ。本来は凶悪犯の捕縛や、いろいろな理由で殺すわけに行かない魔物の捕獲に使うのだが、アザリーの奴、ギルドマスターである私に使うとはどういう了見なんだ、まったく……」
いや、すごく的確な判断だと思いますと突っ込み返そうかと思ったところでノックと共にアザリーが入ってきた。
「お待たせしました……って、何も話は進んでないみたいですね」
「お察しの通りです」
「ま、わかってたことですけど」
そう言って、リョータに袋を手渡してくる。
「こちら、お返しします」
「あ、ども」
「なんかすごい袋みたいですね。薬師ギルドの人が薬草が取れたて新鮮だ!って騒いでましたよ」
「へえ……」
「『ファビオの奴め、これだけの材料を揃えたんだから最高の薬を作れと言いたいのか!』ってライバル心むき出しでした」
なんか話が大きくなってる気が?
「さて、細かい用事は済んだな。では本題に入ろう」
「あ、はい」
多分話題は資料の閲覧のことなんだろうけど。
「まず、ファビオが戻ってくるのは三日か四日といったところだろう」
「そうですね」
「ここからは私の勝手な予想だが、ファビオ共々、七日後に王城に呼ばれることになる。おそらく間違いない」
「へえ……Sランクってすごいんですね」
「リョータ、何を言ってるんだ?」
「へ?」
「他人事じゃ無いぞ。お前も行くんだ」
「は?」
「勿論エリスさんもですよ」
「私も?」
こんな駆け出し冒険者を?城に呼ぶ?




