ダンジョン探索開始
「よし、全員集まったな」
ファビオが全員に、今回の行き先と目的を説明する。
「日程的にかなり厳しいので色々と手を尽くすのは話したとおりだ。そして、そのために今回は強力な助っ人を呼んだ。リョータとエリスだ」
「よ、よろしくお願いします」
「します」
さすがに二十名のベテラン冒険者を前にすると緊張で声がうわずる。
「この二人、この前来たばかりの新人だろ?それが助っ人?」
「ああ、そうだ」
「実力は確かなのか?」
数名の冒険者がジロリ、と睨んでくる。子供なら泣いて逃げ出してもおかしくない視線。
「僕がこの二人の実力を確認して、こちらから同行を頼んだ。それでいいか?」
ファビオはその視線に一切怯むこと無く答える。
「……お前がそう言うなら信じるぜ」
「細かい話は昨日伝えた通りだが、何か確認したいことはあるか?」
ファビオの問いに「無いぜ」「無いよ」といった声だけが返る。
細かいことは既に説明済みと言うことなのだろうけど、俺たち何も聞いてない気がする……と思っていたら、ダムドが横に来て呟いた。
「お前ら二人はファビオと一緒に行動すればいい。細かい指示は直接出てくる。俺も色々フォローするぜ」
「わかりました」
それなら安心だ。
「よし、では出発だ」
「「「おう!」」」
ファビオの号令一発でそれぞれが荷物を背負い、ギルドを出ていく。
リョータもそれにならい歩き始めるとファビオが隣に来た。
「すまなかったね。彼らも悪気は無いんだ」
「いえ、新入りとか臨時で入ったメンバーの力量を疑うのは当然ですから」
「そう言ってもらえると助かる」
ポンと背中を叩かれる。
「よろしく頼むよ」
一行は魔の森に入ると真っ直ぐにダンジョンの入り口を目指して進む。今回向かうのはリョータたちがまだ行ったことの無い入り口だそうだ。
素朴な疑問をダムドに投げかけてみる。
「サンドワームが暴れてダンジョンの中が変わったりしてないんですか?」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「え?」
「先行して中の確認に向かってるメンバーがいる。途中で合流しながら進んでいく予定だ」
「色々考えているんですね」
「ああ。逆に言うと、色々考えているからこそSランクになれたとも言える」
「第一印象は軽薄そのものだったんですけどね」
「それで油断して、手ひどくやられた奴を何人も知ってるぞ」
「うわぁ……」
サンドワームを切り刻んだのは魔剣の力が大きいだろうが、その魔剣を自在に操る実力はやはり相当な物のハズ。侮ってかかった連中がどうなったかなんて聞きたくは無い。
「それはそれとして……」
「うむ……そうだな」
少しだけ後ろに意識を向ける。
「えー、この髪飾りの方がいいんじゃ無いの?」
「でもほら、髪が短いからこっちの方が良くない?」
「うーん、伸ばした方が絶対いいわよ!」
「うわぁ、ほっぺ、柔らかい~」
「それより尻尾よ!」
「いいえ、耳よ!これは譲れないわ!」
……エリスは女性冒険者たちに大人気のようだ。
冒険者というと、無骨なイメージが強く、実際リョータもエリスも実用一辺倒の格好なのだが、この集団の冒険者は結構なおしゃれをしている者も多い。
そして女性冒険者たちは揃いも揃ってスタイルの良い美人ばかり。それが揃ってエリスにご執心。エリスはなかなかの美少女だし、スタイルも良い。なのに身につけているのは野暮ったい革の鎧におしゃれ感ゼロの服。女性陣がこぞって色々いじりたくなる気持ちもわかるが……
「あの状況に飛び込んで行ける男はいないな」
「ですね……」
あとでいっぱい頭を撫でてやれば許してもらえる……かな?
一時間と少し歩くと、ダンジョンの入り口が見えてきた。すぐ近くに一人の男がのんびりたき火をしながら待っていた。
「お、来たな」
「そっちの状況は?」
「えっとだな……」
先行して潜っていたうちの一人で、三層までの道のりについて調査した結果を持ち帰ってきていた。
「よし、行くか」
ざっと状況を確認したところでファビオが出発を宣言し、全員がぞろぞろとダンジョンへ入る。細かいところは移動しながら聞くらしい。
ダンジョンに入ると、隊列を組んで進み始める。リョータたちは列のほぼ中央。一番安全と言えば安全だが、そもそも六層辺りまではそれほど危険な魔物もいないらしいので、あまり意味は無い。
脇目も振らずにどんどん進み、あっという間に三層に到着。ここでファビオはパーティを二つに分けた。
ファビオ、ダムド、ヒルダというリョータたちに馴染みのある者を入れた十三人とポーター多めの八人だ。
ちなみに、さっき合流した一人は八人の方に入っている。
「じゃ、行くぞ」
リョータたち十三人は先行部隊として、とにかく先へ進むことを優先する機動力重視の編成になっている。ここまでの間に道順を確認していたファビオと斥候役の二人はほぼ走る速度で進んでいく。ダムドがギリギリ息切れを起こさない程度の速度で。
リョータとエリスは相変わらず中央。ヒルダがすぐ後ろに付いている。
時々トカゲやクモと言った魔物に遭遇するが、先頭の二人が一瞬で倒していくので、速度は落ちない。魔物を解体して素材回収でもするかと思ったが、そんな時間も惜しいと言うことで放置していく。後発隊が通ったときに残っていれば回収していくらしい。
やがて五層に到着すると、二人の冒険者と合流。これも先行していたメンバーらしい。少し速度を落としながらも足は止めずに話ながら進む。
どうやらこの先はあちこち崩れている箇所が有り、道が大きく変わってしまっているようだが、それも先行しているメンバーが何とか道を探して進めるようにしているとのこと。
出来ることは何でもやっている、そんな風に見えた。
「はっきり言えば、今回は完全に赤字だ」
ダムドが教えてくれた。
一回目の探索で失敗。そして二回目の探索でこれだけの人数の投入。どう考えても大赤字で、ファビオの持ち出しは相当な額になるだろう。
そして、地形の変わった直後のダンジョンという危険度の高い場所への突入という、ちょっと実力があるだけの冒険者ではついていこうなんて思わない。それでもファビオと共に潜るのは、ただ付き合いが長いからでは無いのだと。
八層にさしかかる手前で休憩を取ることになり、ポーターたちが荷物を広げ、食事の用意を始める。
「そのままでいいから聞いてくれ」
ファビオが四名の名前を全員に告げる。
「今言った四名は、不寝番。後発隊と合流して追ってくることになる。先行するメンバーは食事のあとは速やかに休息を取るようにしてくれ。休息時間は六時間。以上だ」
先行部隊は、帰りの荷物を持たずに、どんどん荷物を減らしながら進む。そして帰り道で後発の部隊と合流しながら戻る予定。移動速度を上げ、休息時間をギリギリまで減らし、できるだけ早く戻る。ただそれだけのための、互いの強い信頼が無ければ出来ないやり方。
ダムドによると、サンドワーム討伐後、何時間も議論を重ねて出したやり方で、成功するかどうかかなりきわどいが、ファビオならきっとやり遂げるだろうとダムドは確信めいたものを感じているという。
「アイツはそういう奴だからな」
さて、そんな状況で呼ばれた自分は何が出来るのだろうかと、リョータは自問自答していた。うーん……わからん。
食事は干し肉と乾燥させた野菜をぶち込んだスープに固いパン。やや濃いめの味付けで、香りもよくて食欲をそそる。
一日中走り回って腹ペコだったこともあり、リョータとエリスはあっという間に平らげ、さて寝ようとしたところで……エリスが女性陣にさらわれていった。
「あぅぅ……」と切なげな目でこちらを見つめてきたが……すまない、助けるのは不可能だよ……と小さく――エリスには聞こえるように――謝った。
毛布にくるまって眠り、起きてすぐに朝食を終えると、ここに残る四名に後片付けをまかせてすぐに出発。
そして途中でまた先行していた冒険者三名と合流するが、さすがにこれ以上先には先行させている者はいないという。
そして十四層手前で休憩。二日でここまで来たのはすごいのかと思ったが、十五層くらいで引き返すつもりの場合は、このくらいの速さで潜ることもあるというから驚きだ。
ここで四名を残し、ここから先は一人も減らさずに目的地まで進むという。
「この先は魔物も強くなるし、一つの階層も広くなる。ペースは少し落ちるが、頑張ろう」
ファビオの言葉で締めくくり、翌日に備えて休息を取る。




