リョータの評価
サンドワーム討伐の翌朝、冒険者ギルドへ向かう途中でエリスが青い顔になってきた。
「えと……あの……」
「……確かに少し臭うな」
仕方が無いので、エリスは宿で休ませることにした。報酬の受け取りなんかはリョータだけでもいいだろう。
「討伐の報酬はこちらです」
アザリーから渡された袋の中をチラリと見ると金貨が入っていた。ドラゴン討伐相当と言うことらしい。
「あとは素材なんですが……本当に受け取りますか?」
「え、ええ……」
サンドワームの皮は、ドラゴンの皮ほどでは無いが丈夫で、きちんと加工すると高級な防具になる。しかも、ドラゴンの皮に比べると伸縮性にも優れるので、人気の高い品でもある。
皮を詰め込んで、厳重に密閉された樽を三つ受け取り、荷車を借りてゴロゴロと引っ張って街の外へ。本当ならエリスにも手伝って欲しいが、ただ歩いているだけでモーセの如く人が避けていくほどの臭さでは、さすがに可哀想だろう。
とりあえず荷車は転移魔法陣には乗り切らないので、樽だけ乗せて転移。工房へ運び込むと、すぐに加工を開始する。
皮はそのままでは使えないので、鞣す。と言っても、それほど難しいことは無く、「皮を鞣す」イメージを込めた魔法陣の上に載せるだけ。
パパッと加工を終え、かなりの臭いのする樽+サンドワームの血液を浜辺で焼却処分する。環境破壊?いいえ、全て天然素材です、と言い訳しておく。
一度ラウアールへ戻り、荷車をギルドへ返却。どこへ持って行ったのか?なんてことは聞かれない。冒険者同士の暗黙のマナーだ。
荷車を返し終えると宿に戻り、エリスの様子を見る。
詳しく聞いてみると、ギルド周辺がすごく臭いらしい。ちなみに宿もギルドから近いので、若干きついらしい。
ついでに言うと、皮を運んだりしていたのでリョータも臭うらしい。それは仕方ないだろう。
とりあえず、宿で待っているように伝え、エリスの靴を二足回収し、工房へ。
持ってきた靴を一足バラす。魔法で鞣し終えた革をバラした革と同じ形になるようにラビットナイフで切っていく。普通のナイフでは全く切れないというのがこの革のポイントだろう。
切り終えたら、残った一足を参考にして「靴の形にまとめ上げる」魔法陣を作り、一気に靴を仕上げる。これで、エリスが全力で走ってもびくともしない靴の完成だ。
だが、いくら丈夫だからと言っても限度はあるだろうから、予備として二足作っておく。あとは自分用に三足。
念のため臭いを確認したが、サンドワーム特有の臭いはしなかった。エリスの鼻でも大丈夫なことを祈りたい。
革は大量に残っているが、とりあえずそのまま保管して街へ。
なんだかんだで一日がかりになってしまったが、新しく作った靴はエリスも気に入ってくれたので良しとする。
気になる臭いも、「普通の靴ですね」と言うことだったので問題なし。魔道具について書かれた魔道書はこう言うところも優秀だったようだ。
夕方になり、一応ギルドへ顔を出す。エリスは宿に残したままで。
アザリーから「特に連絡は無いですね」という返事があるかと思いきや、ギルドマスターの部屋に通された。何事かと思って中に入ると、シェリーと……ファビオがいた。
「来たか。まあ、座ってくれ」
言われるままにファビオの横に座る。
いつになく二人とも真剣な顔つき。特にファビオがこの状況でおとなしく座っているのが何とも不気味である。いや、それが普通なんだけど……と、常に色々と騒々しい二人の様子が当たり前だと感じている自分がちょっとアレだなと思う。
「リョータ、先に言っておくが、ファビオには詳しい事情は話していない。お前が望まない限りは話さないし、ファビオも追求はしないからそこは安心してくれ」
「あ、はい」
思わずファビオを見てしまう。
「冒険者ってのは、秘密を守る事も求められるし、詮索しないことも求められるからね。リョータが自分から言わない限り、こちらも事情は聞かないよ」
「ありがとうございます」
「その代わり、シェリルとデート一回。破格の報酬だよ。何があっても約束は守るって、信じてもらえるかい?」
うん、この人全然ブレてない。
「とりあえず、ファビオさんを信用してくれと言うのはわかりましたけど……」
「わかった。本題に入ろう」
シェリーが、パンッと手を叩いて立ち上がると、リョータの向かいへ座る。
「実は色々あってな」
「色々?」
「具体的に言うと、リョータ、君の評価についてシェリルは悩んでいるんだよ」
「評価?」
「ランクアップさ」
ランクアップ?どういうことだろうか?
「リョータ。今回の討伐では今ここにいないっ、愛しのっ、エリス!エリスは何でいないんだっ!どうしてっ!今すぐに『ガコンッ』アザリー、いい加減にしてくれないとその攻撃で私が死にそうなんだが」
「大丈夫ですよ、そのくらいでどうこうなるような頭では無いでしょう?リョータさん、簡単に言うと、お二人が参加したことにより今回の討伐が成功したと言っても過言では無い、とギルドでは判断しています」
鈍く光るすりこぎのような物でシェリーの頭を殴打したアザリーがさらりと答える。
「はあ」
「それは僕も同じ意見さ」
「ど、どうも――」
「地下にいる魔物を地上に引きずり出す方法の検討と実践。地上に引きずり出した巨大な魔物の動きを一時的に止めた事実。ちなみにランクアップにおいてはSランク冒険者の評価も重視されるからね」
「ありがとうございます」
自分の行動が、討伐に貢献できたと評価してくれたことは素直に嬉しいので、感謝しておく。
「だが、そこからがややこしいんだ」
殴られた頭をさすりながらシェリーが続ける。
「ドラゴン討伐、賞金首盗賊の捕縛に続き、巨大サンドワームの討伐。戦闘能力だけで言えば、AランクどころかSランクへ推薦してもいいくらいだ」
「ですが、その……実績が少なくて信用評価が低いんです」
「信用評価?」
「Sランク冒険者は実力だけでは無く、信用も必要なんだ」
「へえ……」
「おや、何だか疑っているような目なんだけど、どうしてだい?」
「自分の胸に手を当ててみてください」
「ふむ……?」
言われるままに手を胸に当てるファビオ。
「うん、わからない」
本当に胸に手を当てる人、初めて見たな……つか、自覚してねえのかよ!
「まあ、いいです。えと……信用ってのは……秘密を守るとか、そういう感じの?」
「そうだ」
そう答え、シェリーが説明を続ける。
冒険者が受ける依頼の中には「荷物を誰かに届ける」とか「誰かを護衛する」といった物もあるのだが、このとき「何を」「誰に」運んだとか、護衛対象が誰なのかと言った情報を秘密にしなければならないことがある。
この秘密を守る、というのは依頼が全て完了した後も守らなければならないことが多く、うっかり口を滑らせようものなら、国が一つ傾くような事態を招くことも珍しくない。そして、「こいつは口も堅く、秘密は守る奴だ」というのは普段の言動では計れない。実際、ファビオの普段の言動は軽薄で、ちゃらんぽらんで信用ならない感じだが、依頼の秘密を守るという点においては実に誠実。その秘密を聞き出そうという連中に命を狙われたことも一度や二度では無い。聞き出そうとした連中がどうなったかなんて、野暮は聞かない。そして勿論、秘密は守られ続けている。
普段とのギャップというよりも、ファビオ自身は冒険者稼業に対しては実に真面目に取り組んでいると言うだけである。
「こればっかりは、信用を積み上げていくしか無い。今のリョータは経験が浅く、実績が少ないと言うだけで、決してお前の人間性を疑っているわけでは無い」
「はい」
「そして、その実績の少なさが問題になっているんだ」
「えーと、どういうことでしょうか?」
「リョータはこの先、他の国へ移動しようとしている。そうだな?」
「はい」
「国境を越えるというのは実に面倒でな。平民が国境を越えるとなるととんでもない通行料が取られる」
「それは何となく予想してます」
「そしてそれはDランクの冒険者にも適用される」
「はい」
「そして、通行料だけで無く、通行する時に色々と調べられる」
「色々?」
「ああ。犯罪歴とか……な」
言外にエリスのことを含ませてきた。
「だが、Cランク冒険者になれば、同行者数名まで、ほとんどノーチェックになる」
そう言えばそんな話を聞いたような気がする。気がするだけかも知れないが。
「Cランク冒険者がそこまでの特権を認められると言うことは、それだけCランクに上げるにはかなりのハードルがある、ということだ」
ランクを上げることによるメリットに応じて、ランクアップの条件も厳しいというわけだ。
「いくつか質問が」
「いいぞ」
「このままだとCランクに上がるには……」
「二ヶ月、かな……もちろんいろいろな依頼をこなせばもっと短くなるが、リョータとエリスの事情からするとそのくらいかかると思う」
二ヶ月は結構長いな。
「それで、ここにファビオさんがいる理由は?」
「それが本当の本題だ」
「本当の、本題?」
「ああ、そうだ。ファビオ、お前に言えることはあまりないのだが……リョータは現在、城の資料室に入ろうとしている」
「資料室?」
「言っておくが侵入じゃ無いぞ?」
「そりゃそうでしょ……でもあんなところに何を……ってそれは言えないんだね」
「そうだ。スマン」
「デート一回追加ね」
「……わかった」
「えーと……?」
「話がそれたな。今日、連絡があってな……ある理由により、資料室に入る日の回答自体が延期になった」
「え?」
ある理由って何だ?
「ファビオがある依頼を受けていたことは聞いているよな?」
「ええ、詳細はともかく、その依頼のためにダンジョンに潜っていたんですよね?」
「そうだ。さてここからは秘密を守ってもらう内容になるのだが、いいか?」
「秘密を漏らすような相手もいませんし……脅されても撃退すればいいんですよね?」
「頼もしい限りだな」
シェリーがニヤリと笑う。
「ファビオはさる高貴な方から、ラウアールダンジョンの深い場所にある薬草と鉱石を採ってくるように依頼されている」
「薬草と鉱石ですか」
「ああ。だが、サンドワーム騒動で断念して戻ってきたため、依頼は完了していないんだ」
「タイムリミットは……おそらくあと二十日を切ったところだろうな」
「正直かなり厳しい。明日から潜ると言うことで準備は始めているけどね」
「リョータ、ファビオに同行して手伝え」
「え?」
いきなり何を言い出すんだ?
「これはファビオの希望でもある」
「え?」
「ぶっちゃけて言うとね。君の……いや、君たちの機動力とか戦闘力が役に立つ、そう思ったんだ」
「そうですか」
「この依頼はファビオへの指名依頼でな。達成した時の評価ポイントは高い。これをこなしたらあとは何か一つ荷物運びでもすればCランクに上げてもいいと言えるくらいにな」
「……結構すごい依頼なんですね」
「ちなみに失敗した……つまりその……うん、期限内に採取してこれなかった場合、私の予想では資料室への入室許可が下りるのに半年はかかるだろうとみている」
「選択の余地無しですね」
「わかっているじゃないか」
なかなか面倒な状況だが、ランクアップできてダンジョン探索も出来るし、資料室へも入りやすくなると言うのなら断る理由は無い。
「わかりました。ファビオさんに同行します」
「よし、わかった。ファビオ、後はまかせるぞ」
「ああ。それじゃリョータ、外で詳しい話をしよう」
「はい」
ファビオと共に部屋を出て酒場のテーブルへつく。
「詳しい話と言っても、それほどたくさんは無いんだけどね。さっき聞いた通りの話だから」
「はい」
「色々と必要なものの用意は全て僕たちの方でやっておく。ダムドにも話を通しておくから、個人で必要なものについては彼に確認するといい」
「はい」
「出発は、さっきも言った通り明日の朝。九時にここに集合」
「わかりました」
「じゃあ、よろしく」
「はい」
こうして、初めての本格的なダンジョン探索に取りかかることになった。




