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  作者: ひじきとコロッケ
ラウアール
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サンドワーム討伐

「来たっ!」


 リョータの声にやや離れた位置にいるファビオが少しだけ身構える。

 言われずとも、サンドワームの蠢動(しゅんどう)による地面の揺れは、もうすぐそこにサンドワームがいることを知らせていた。


「リョータ!」


 ドンッと壁を蹴ってエリスが跳んでくる。

 全く、どうやったらあんなに正確にリョータの位置に飛び込めるのか不思議でならないほど正確に。あらかじめエリスが飛び込んでくるだろうと予想して構えていたリョータはしっかりエリスを受け止める。


「お帰り!エリス!」

「ハイ!」


 だが、のんきに抱き合って無事を確かめている余裕はない。

 片手でエリスを抱いたまま、膝をついて地面のホーンラビットの血――既に乾いて固まっている――に触れると魔力を流す。

 そして地面に突き立てた魔剣の刀身が鈍く光ると同時にサンドワームが飛び出してきた。そこら中に瓦礫をまき散らしながら。


 ドドドドドド……と轟音と共にサンドワームの前身が地上に現れる。直径十メートル以上、長さ百メートル以上という予想はほぼ当たっており、大きさだけで言えばドラゴンすら上回る。


「で、結局魔剣はあまり役に立たなかったと」


 少しばかり脱力感を感じるほどに吸い上げられた魔力で切れ味の増した刀身がその体に突き立てられたのだが、いかんせん大きさが大きさなだけあって、人間で言えばささくれが出来た程度にしか見えないような傷が少しついているだけ。

 それでもやはり傷が痛むのかドスンバタンと全身を波打たせて暴れ回って、それだけで地面が揺れる。なお、後に知ったことだが、サンドワームは日光が苦手な魔物らしく、地上に出たらだいたいこんな感じで暴れるらしい。と言っても、日光を浴びて死ぬわけではないあたり、嫌がらせのような習性である。

 ファビオが近づこうとするが、その高速で暴れる巨体にはなかなか近づけない。二十メートル先まで切り裂く魔剣でも、その二十メートルの距離が危険すぎる。あれならドラゴンの足元の方が動きが予測しやすい分、安全かも知れない。


「はは、こりゃ参ったね」


 ファビオがどうした物かと思案しながら呟く。

 もちろん、離れた位置から適当に切りつけてもいいのだが、例えば先端部分だけ切り飛ばしたとしても、残りの部分がすぐに自分に振り下ろされてくるのは明らかで、斬って斬って斬って……と全身を細切れになるまで斬り続けなければ止まりそうに無い。

 Sランク冒険者として、プライドと責任感からこの仕事を受けたが、なかなかどうして大変な仕事だ。無論、諦めるつもりは無いし、確実に遂行するつもりだ。




「さてと、呪いの魔剣はイマイチッぽいけど、やれることはまだある」


 抱えているエリスの位置を少しずらし、サンドワームの様子を見ながらリョータが呟く。もう少しこの幸せな感触を楽しんでいたいのだが、あの暴れっぷりでは、いつこっちに巨体を叩きつけてくるかわかったものでは無い。


「エリス、よく頑張ったね」

「はい!」


 まずはエリスの頭を撫でて褒めておく。大事なことなので。


「大丈夫?疲れてない?」

「はい、大丈夫です!」

「そっか」


 うん、この笑顔のために、頑張ろう。


「さてと」


 呪いの魔剣でかなり魔力が吸い取られてしまったが、まあなんとななるだろう、とサンドワーム全体を視界に入れ、魔法のイメージを構築する。全身を包み込むような形で……


「雷撃っ!」


 イメージに魔力を乗せると同時にサンドワームの全身を電撃が覆い、神経の情報伝達を狂わせる。ドスンバタンと暴れていた全身の動きは、小刻みにビクッビクッと痙攣する程度に収まった。


「なるほど、これは……」


 この好機を逃さず、ファビオが剣を振るう。

 ここまでお膳立てされたら、確実に仕留めなければSランクの名が泣く。何しろあっちは冒険者なりたてのルーキーなのだから。


 一度二度、三度四度。七回振り下ろされた剣により、サンドワームの巨体は八つの輪切りにされ、さすがに動かなくなった。


「討伐完了だ」


 ファビオが告げるのを聞き、リョータはホッと胸をなで下ろす。行き当たりばったりで、博打の要素が多かったが、何とかなって良かった。


「エリス、終わったよ……エリス?」


 討伐の確認が聞こえた途端にエリスがグッタリとする。慌てて抱き上げるが、目は虚ろで、口の端に少し泡が見える。


「エリス!エリス!」


 軽く揺すって声をかけるが反応が無い。一体これは?何かの毒?いや、サンドワームには毒なんて無かったはず。そう思っていたら、すぐに答えがわかった。


「くっさ!!」


 強烈な臭気が当たりに漂い始めた。何とも表現しがたいそれは、牛乳を拭いた雑巾を一週間放置した後に、ぬかみそと納豆と生ゴミを混ぜて三日程寝かせたような……とにかく筆舌に尽くしがたい刺激臭と腐敗臭の絶妙なブレンド。嗅覚が人より優れているエリスはリョータが気付くより先にこの臭いを感じ取り、気絶していたのだ。


「クソッ」


 一旦エリスを寝かせると、荷物の中から布を取りだして、エリスの鼻と口を覆う。気休めだが、何もしないよりマシかと考えて。そして、エリスを抱き上げるとファビオの方を見る……あ、地面に両手をついてゲェゲェやってる。ま、いいか。


「ファビオさん!ここは任せます!エリスがヤバいんで!」


 そう言うとわかってくれたらしく、親指立てて承諾してくれた。風向きを確認し、風上へ向けて走り出す。




 リョータが転生してきてまだそれほどの日数は経っていないが、ほとんど毎日魔の森で走り回る生活をしていたおかげで、リョータの肉体はエリスを抱えたままでもそこそこのペースで走れる程には鍛えられている。だが、さすがにこの臭気の中では走るのはなかなかキツい。呼吸する度に体力が奪われるような錯覚に陥りながらなんとか数分走り、臭いが感じられなくなるところまで来ると、エリスを木陰に寝かせた。

 座った膝に頭を乗せ、額の汗を拭ってやると、少しだが表情が和らいだ。これなら大丈夫だろう。


 改めてエリスを抱き上げると、ゆっくりと歩き始める。幸いなことに風は街の方から吹いているので、風上に進むイコール街へ帰ることになる。これが逆方向だったら色々大変だっただろう。

 しばらく歩いていると、エリスが「んっ」と身じろぎする。「大丈夫、討伐は終わったから。街へ帰るから、このままで」と声をかけ、歩き続ける。ちょっとだけエリスの表情が嬉しそうだ。


 10分程歩いていると、前方から集団の気配が近づいてきた。立ち止まって待っていると、予想通り、シェリーを先頭に冒険者の集団が現れた。ファビオによる討伐が失敗した場合の保険だったが、討伐完了の青い狼煙(のろし)――あの状態でもしっかり狼煙を上げたあたり、ファビオのプロ根性はさすがである――が上がったので、確認と後始末に来たのだろう。


「リョータ……って、エリスちゃん!なんてことだ……うぐ……こ、こら……離せっ」

「皆さん、離してはダメですよ!」

「「「「わかりました!」」」」


 首輪こそしていないが、両手足に鎖が繋がれており、それぞれの鎖を筋骨隆々の男たちがしっかりと掴んでいるので、自由に動けないようだ。


「こんなこともあろうかと」


 シェリーの隣でしれっとアザリーが告げる。こんなこともってどういう予測だよとか、ベテラン冒険者四人がかりでないと押さえ込めないシェリーってナニモンだよとか、色々突っ込みたいがグッとこらえる。


「で、リョータさんはどうしてここに?」

「討伐完了したんですけどね……その……恐ろしく臭くて」

「臭い?」

「ああ、ギルドの記録に残っていたな。討伐完了後、一ヶ月間、街中がひどい臭いで住民が一時避難をしていたと」

「……そこに今から行くんですよね?」

「仕方ない。私はエリスちゃんの看護のために戻るとし「何言ってるんですか、行きますよ!」……はい」

「リョータさん、事情はわかりました。詳細はまた確認させてもらいます。明日、ギルドまで来て下さい」

「わかりました」


 とりあえず他に伝えることは無かったよなと、リョータは歩き始める。


「ひでぇ臭いらしいぜ」

「マジか」

「まあ、報酬はいいらしいから我慢するか」


 ブツブツと聞こえるが……ご愁傷様。想像を絶する臭いです。

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