作戦とも言えない作戦
「奴を釣る?それは一体何だい?」
ファビオの疑問はもっともだし、ダムドも同じ意見のようだ。
「これはな、魔力を豊富に含む液体だ。わかりやすく言うと魔法を撃つ魔力が無い状態でこれを飲むと魔法が撃てるように回復する」
「ほう……」
いわゆるポーションはこの世界にはない。病気の時に服用する飲み薬や、栄養ドリンク的な物はあるが。
「そいつは便利だな」
「だが、飲むのはお勧めしないぞ」
「ほ?そりゃまたどうして?」
「恐ろしく不味いらしい。気絶する程」
ポーターという職業柄、戦線を支えることにも繋がる液体はとても魅力的に見える。だが、気絶する程不味いというのはさすがにちょっとためらう。
「よくこんな物を持っていたな……」
「あの……ドラゴン討伐の報酬で血をもらったので、試しに造ってみたんです」
「これをどう使うと言うんだ?サンドワームの居場所がわからなければ何の役にも立たないと思うが……」
「居場所がわからなくても、サンドワームのいるところに通じている場所ならありますよね?」
「湖か!」
ダムドがポンと膝を叩く。
「ええ。あの穴から、コイツを少し流してやれば、この魔力に惹かれてくるはずです」
魔物と普通の動物の違いというのはかなり曖昧で、魔の森にいるなら魔物、と言う程度の認識がされている。だが、魔物の多くは呼吸だけでなく、食事でも魔力を補給しているため、より多くの魔力を持つ物を捕食する傾向にある。ならば、魔力の塊のようなこの液体ならすぐに食いつくだろう。
「あの湖のあった場所からそのまま上に穴を開けて、これを流し続ければ地上に誘導出来るんじゃないでしょうか?」
「なるほどな。だが無理だ」
「はい?」
いきなりシェリーに否定された。
「リョータはあの辺りの地形に詳しくないから、知らないのも当然だが、湖の辺りは高さ五十メートル程のちょっとした山になっていてな、そこに穴を開けるのはちと骨だ」
「なるほど」
穴を掘る魔法を使うとしても、五十メートルの長さはさすがに長く、短時間で正確に開けるのは難しい。工房を造ったときのようにとりあえず大雑把に開けてあとから細かく調整するというやり方もあるが、魔力が尽きてしまう。
「では……ダンジョンの入り口から湖まで、これを少しずつ撒いていって、誘導するというのはどうでしょうか?」
「いい案だが、穴に液体を流し込んだらすぐに逃げなければあっという間に追いつかれて飲み込まれる。危険とかそう言う次元じゃなくて、無謀だ。責任ある立場としては看過出来ない」
「あの!」
「ん?なんだいエリスちゃん?あ、話が怖かったかなぁ?ほら、こっちにおいで、抱きしめてあげ『ゴン!』アザリー、少しはギルドマスターに敬意を払え」
どう見ても……ハンマー?
「真面目な話をしているんです。エリスさん、続きを」
「私なら、追いつかれないと思います」
「何?」
「そうだね。エリスなら逃げ切れると思う」
「そう、なのか?」
ラウアールは人間至上主義という国ではなく、ダムドのようなドワーフ、亜人も特に不自由なく暮らしている。だが、人口比率としては獣人は数%しかおらず、王都ラウアールにいる獣人の冒険者はゼロ。仕事で通過することはあっても、長期滞在することがほとんど無いので、獣人の能力はあまり把握出来ていないのが実情だ。
「リョータ、間違いないのか?」
「天地神明に誓って」
「ふむ……」
シェリーが机に置かれた瓶を見つめながら考え込む。
「ダムド」
「おう」
「湖へ入る入り口は距離の一番短い所を使おう。あそこなら出たところも草しか生えてないから戦いやすいだろう」
「そうだな」
「案内はダムド、お前がやってくれ」
「わかった」
「ファビオ」
「任せてくれ」
「まだ何も言ってないが、お前は外で待機、サンドワームを釣りだしたあとは任せる」
「ふふ、シェリルの考えてることなら手に取るようにわかるよ。だから「それとリョータ」
「はい」
「ドラゴンスレイヤーの一人として、ファビオと待機」
「わかりました」
「エリス」
「は……はい」
「一番危険な仕事を任せてしまうが……終わったら存分に可愛がってあ『ガゴン!』痛いじゃないか……アザリー、Cランク以上の冒険者を集めて魔の森へ入っていてくれ。私もすぐに向かう」
「わかりました」
返事のあと、シェリーが紙に何かを書き付け、アザリーに渡す。
「私も私で、少しばかり動いて魔の森へ向かう。全員、頼むぞ!」
「はい」
「では……グェッ」
首輪がはまったままなのでそのままビターン、と倒れる。アザリーが眉一つ動かさずに首輪を外し始めるのを尻目にリョータはエリスを連れて外に出る。縛られたままのファビオもアザリーが解放するだろうし、こちらはこちらで急がなければならない。
ダムドと共に別室に勝手に入り、詳細の確認に入る。
「俺が嬢ちゃんを連れて湖……いや、今はただの穴か、ま、あそこまで案内する。それは承知した」
「お願いします」
「と言っても、俺は足が遅いからな、一番近くの分岐まで案内したらできるだけ早く外に出るようにする。トカゲがいないだろうとは言え、念のために俺が信頼出来る者を同行させるが、いいか?」
「その辺の判断は任せます」
「はい、お願いします」
「だが、一つ問題がある」
「問題?」
「嬢ちゃんが走って外に向かう。それはいい。この間みたいな匂いのする奴を渡すからそれを使えば道に迷うことはないだろう。だが、明かりはどうする?嬢ちゃんが全力疾走するとしたらランタンも松明も持ってられないだろう?」
「ああ、それならなんとかなります」
「そうか。大丈夫なら、それ以上は聞かない。さてと、それじゃちょいと仲間に声かけてくる。そっちの準備はどうだ?」
「ちょっとだけ買い物があります」
「そうか、森に入ったところで落ち合おう。こっちもすぐに行く」
そう言ってダムドが出ていくのを見送る。
「さて、僕らも行こう」
「あの、リョータ」
「ん?」
「買い物?何か必要なんですか?」
「ああ、必要だよ」
ダムドが魔の森に入ると、リョータがぼんやりと座っていた。
「おや、嬢ちゃんは?」
「えーと……もうすぐ来ます、あっちから」
「もうすぐ?」
リョータの指す方向を見ると、何かが走ってくる、いやアレはエリスか。
近づいてくるのを確認すると、リョータが立ち上がり、それに会わせるかのようにエリスが飛びつく。
「おかえり……っとと。それ、どんな感じ?」
「はい、大丈夫です!」
「それ?」
「エリスの靴、新調しました」
「靴?」
エリスは人間離れした脚力で走れるが、靴に与えるダメージもまた大きい。リョータがエリスの面倒を見るようになってからまだそれほど日数は経っていない。なのに、エリスの脚力を活かすための魔法訓練の過程で既に七足履きつぶしている。そして今回は、普通の靴よりも少し厚手の丈夫な靴に変えた。全力疾走の最中に靴が破れて転倒なんて事態は避けたい。もっとも、これも今日いっぱいで履きつぶすことになるんだろうけど。
「準備が出来てるか?」
「はい」
「なら、行こう」
ダムドが連れてきたのはヒルダという女性冒険者。ダムド同様、普段はファビオと組んでいるAランク冒険者で、既にダムドから詳細を聞かされていた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
普通の受け答えにホッとしてしまうのは何故だろうか?




