討伐へ
完全にカオスな場になったギルドマスターの部屋から逃げ出し、宿へ。去り際にアザリーから「明日も来て下さいね」と念押しされたが、正直なところ怖い。
ベッドに身を投げ出して、今日のことをぼんやりと考える。寝るときはいつも同じベッドに潜り込んでくるエリスだが、椅子にチョコンと腰掛けてお茶を飲んでいる。
「巨大なミミズか」
「ミミズって……アレですよね。土の中にいる」
「そうだな。だけど長さ百メートル以上のデカい奴なんて」
「見たことありません」
「さすが魔の森の魔物だ」
そんなのがダンジョンを超えてさらに奥に行くとうじゃうじゃいる砂漠があるのか。絶対行きたくない場所だ。
「あの様子だと、討伐のための緊急クエストが出るだろうな」
「ドラゴンの討伐の時みたいなの、ですか?」
「ああ」
「リョータなら勝てますよね!」
「はは……さすがにそう簡単にはいかないよ」
そう言って体を起こし、エリスを見る。
「でも、サンドワーム討伐は参加する。欲しいものがあるんだ」
「わかりました!」
だが、問題はどうやって戦うか。地下にいるサンドワームと戦うためにわざわざ地下に潜ったら、それこそ暴れた衝撃でダンジョンが崩れて生き埋めにされかねない。なんとか地上におびき出して戦うしかないだろうが、どうすればいいのだろうか。
「と言うことで早朝から工房へ来たわけだが」
魔物について書かれた魔道書にサンドワームの記述があったのは助かった。そこに書かれた内容はなかなか詳しく、どうやって戦えばいいかのヒントにはなる。
「地上におびき出すには……お、色々とおびき寄せるための方法があるな」
お手軽な物から、使う材料的に高価な物まで色々。準備さえしっかりすれば地上におびき寄せるのは簡単そうだ。
「とは言え、おびき出す役はサンドワームから逃げなくちゃならないんだよな。奴の移動速度は……これだと、えーと時速六十キロ?!」
こんなのに追いかけられたら逃げられないだろ。
それによく考えたら、何かをまいて地上まで誘導するとしても、サンドワームの近くまで行かなければならない。どこにいるかもわからない危険極まりない生物の近くまで行く。どれだけ命があっても足りないだろう。
「そんなに簡単にはいかないか……」
地下の十層あたり、約百メートルの地下のどこかにいる直径十メートルはあるという巨大なサンドワームの鼻先に餌を吊し、そのまま地上へ誘導する……
「ん?待てよ」
あることを思いつき、魔道書をパラパラめくる。
「……これ、やってみるか」
必要な物を用意し、エリスと共に冒険者ギルドへ向かう。
通常、朝の冒険者ギルドは依頼をチェックする冒険者たちでごった返しているのだが、今日はサンドワーム討伐の緊急クエストが出たために、新しい依頼自体が貼り出されず、二階の酒場で騒いでいる声が聞こえる他は閑散として……
「閑散と言う程静かじゃないな」
「そうですね。人はほとんどいないのに騒がしいとか、今までこんなことありませんでしたから」
「で、アザリーさん、ギルドマスターは?」
「部屋でかなり荒れてます」
「荒れて?」
「サンドワーム対策をどうするか方向性が決まらないのと、そんな状況で癒やしになるエリスさんがそばにいない、と」
「いや、エリス関係ないだろ」
恐る恐るシェリーの部屋に入ると、アザリーの言ってたとおり、資料を積み上げた机の前で時に頭を抱え、時に足を踏みならして荒れていた。その横には柱に縛り付けられたままのファビオ、向かいにほぼ放心状態のダムドが座っていた。
「ああ!クソ!どうすりゃいい!」
「ああ、シェリル……悩み狂う君も愛らしい……」
「俺、帰っていいか?」
入りたくねぇ……と思うが、乗りかかった舟と言うことで諦めて中へ入る。
「失礼しまーす」
「む?!リョータ!と言うことはその後ろにいるのはエリスちゃ……じゃない!グエッ!」
首輪はついたままのため、ガクンと、人としてマズい角度に首が曲がったシェリーがのたうち回る。
「すみませんね、エリスちゃんじゃなくて」
「アザリー!貴様、リョータに続いて入ってくるとは卑怯だぞ!」
エリスは安全のため最後に部屋に入る。
「エリスちゃ『ゴン!』ぐあっ」
「いい加減にして下さい」
「アザリー、分厚いファイルで殴るな!危ないだろう!」
「エリスさんの方が危険度が高いです」
「む?エリスちゃんに危険が迫っているだと?!すぐに何とかしなければ!」
なんかもう疲れたのでダムドの隣に座ると、ぽつりと呟く声が聞こえる。
「危険の原因がなんか言ってるぞ」
「落ち着くまで待った方がいいですかね」
「これ、落ち着くと思うか?」
「アザリーさんに期待します」
「はあ……なんとか頑張ります」
「はい、皆さんが静かになるまで十分かかりました」
学校の先生かよ、と思ったが突っ込まない。こっちでは通用しないだろうから。ついでに言うと、皆さんではなくて二人だけだ。
「落ち着きましたか?」
「はい、何とか。もう。大丈夫だと思います」
分厚く、重く、固いファイルで殴り、気絶させてから無理矢理揺すって起こし、を数回繰り返した結果、シェリーはさすがに大人しくなった。
「ああっ!しおらしいシェリルもそそるぅっ!」
あっちは今のところ奇声以外の害がないので放置する。
「えーと、リョータ、朝も早くから何の用だ?言っておくが例の件は進展無しだ。ギルドがこんな状態だからな」
「こんな状態で通常運転してるギルドがあったら、そっちの方が怖いよ」
なんて言うか、異常事態の種類が違う。
「いつもはもう少し大人しいんですけどねぇ」
「アザリー!人聞きの悪いことを言うな!」
「そうだよアザリー。シェリルは今日も可憐だよ」
「……いつも通りみたいですね?」
「なんだか……アザリーさんも同類に見えてきました」
「な、何ですって?!」
思わず呟いてしまい、アザリーが食ってかかる。
「私をあんな二人と一緒にしないで下さい!って、ギルドマスター!何笑ってるんですか!そっちのファビオさんも!」
「いや、だって……なあ?」
「常識人ぶってましたけど、僕たちとそれほど変わらないって事でしょう?」
「!!!!」
シェリーとファビオの言葉を受け、ギロリ、とリョータを睨み付けるアザリー。せっかくの美人が台無しだ。
「すみません、つい本音が」
あ。
「リョータさん!」
「あ、あはははは……」
この場をどうにかしてもらえないかと、ダムドの方を見る。ヤレヤレという顔をしながら仕方なさそうにダムドが口を開く。
「で、話の続きを頼みたいんだが?」
「あ、はい、そうですね」
そう言いながら手にした分厚いファイルをスッとギルドマスターに差し出すアザリー。反射的にビクつきながら受け取るシェリー。さすがにもう殴らないと思う……大丈夫だよな?
「えーと、リョータさんが何か用事があると言うことでしたっけ?」
「あ、そうです」
「用事?言っておくが、今このギルドはサンドワーム対策で手一杯だ」
「そのサンドワーム対策ですが、どんな感じですか?」
「どんな感じって……今のところ打つ手無しだ」
「打つ手無しですか」
「何しろ相手は地下にいる。どこにいるかもわからない以上、むやみに探し回っても簡単には見つからないだろうし、見つけても押しつぶされるか逃げるかのどちらかだろう」
「えーと……ファビオさんが戦うとか?」
「いい案だね。僕も出来れば戦いたいよ。だけど見ての通り拘束されていて身動きが取れない……というのは冗談。僕もアレが地下にいる間は手の出しようがない。ダンジョンで遭遇したのも偶然だし、仮にもう一度見つけたとしても狭いダンジョン内でアレが暴れたらダンジョンの中で生き埋めにされるのがオチ。簡単には行かないよ」
「そうですか」
「理想としては地上戦。だが、アレを地上におびき出す方法がないんだ」
「餌で釣るとか?」
「どこにいるかもわからん相手を釣れる餌がないし、どうやって釣るかという課題もある」
やはりそこがカギか。
「ファビオさん、もう一度確認します」
「なんだい?」
「地上におびき出せば、ファビオさんなら勝てますか?」
「それは約束しよう、Sランク冒険者、ファビオの名にかけて」
「わかりました。ではこれを」
エリスに持たせていた袋の中から青い液体の入った瓶を取り出す。
「なんだこれは?」
「隠しても仕方ないので正直に言うと、ドラゴンの血にいくつかの薬草を混ぜた物です」
「ほう?何に使うんだ?」
「この液体は……魔力を豊富に含みます」
「!」
シェリーの表情が変わる。
「使い道、わかりました?」
「ああ」
瓶を手に取り、シェリーは断言した。
「これで奴を釣るんだろう?」




