地下で蠢く物
ギルドマスターの部屋にファビオと、リョータ達、それにダムドも通された。
「さて、Sランクの貴様でも対処できなかったとはどういうことだ?」
「んー、その前に少し確認させてもらってもいいかな?」
「何だ?」
「ダムドはいいよ。顔なじみだし、色々知ってるから、相談役にはもってこいだ」
「ああ」
「あっちの二人は?見かけない顔だけど」
「先日ヘルメスから来た、おそらくここ数年で一番の有望な新人二人組、リョータと愛しのエリスちゃんだ」
「へえ」
「そして、三人で少しばかり、ギルドからの依頼で調査をしてもらった。私の予想ではファビオ、お前の遭遇した事態とその調査結果が無関係と思えない。同じ話を何度もする手間を省くために同席させるべきと判断した」
「なるほどね。もう一ついいかな?」
「何だ?」
「どうしてギルドマスターの部屋に鋼鉄の柱があるのかな?しかも二本」
「アザリーが設置したんだ」
二人の視線がアザリーに向く。
「何かと必要になると思いまして」
アザリーがにっこり笑って返す。
「では、どうして僕とシェリルが鎖で縛られているのかな?」
「そうだな、私もそれは疑問に思っている」
再び二人の視線がアザリーに向く。
「こうしておかないと話が進まないと思いまして」
アザリーの笑みは変わらない。
「ふむ、そうか……これも愛の一つの形!」
「言っておくが私の愛はお前になんてこれっぽっちも向いてないぞ!私の愛はそこにいるエリスちゃんに向いているんだ!」
「ひぃっ!」
エリスがさらに強くリョータにしがみつく。
「大丈夫さ!離れていても……僕たちは同じ部屋の空気を吸っている!スー!ハー!スー!ハー!」
「アザリー、すぐにそこの窓を開けろ!」
「ダメですよ、外に声が聞こえたら何ごとかと思われちゃうじゃないですか」
「あっはっはっは!」
「く……ハッ!そうか!この状況……エリスちゃんと同じ部屋の空気を吸っている!」
「アザリーさん、窓を全開に!」
「わかりました!」
「なっ!アザリー!裏切るのかっ?!」
アザリーが窓を全開にする。さすがに少し肌寒い季節だが、仕方ないか。
「で、そろそろ本題に入って欲しいんだが」
ダムドの一言でようやく話が始まる。
「さて、僕たちはある依頼を受けて二十二層へ向かっていた。それはいいね?」
「ある依頼?何かの素材を取りに行っていたって事ですか?」
詳しい事情が聞けるとは思えないが、聞くだけ聞いてみる。
「そう。ま、その依頼自体は今はいいや。それで、僕たちはえーと……十層だ、十層を歩いていたんだ。ダムドならわかるでしょ?十層のあの細い通路」
「ああ、あそこか」
「どんなところなんですか?」
「簡単に言えば、一人が歩くのがせいぜい、と言うくらいの細い通路だな。ある程度ダンジョンの深い階層になると、二人以上が並んで進むのが定石だが、そこは細くてな。魔物がいないことを確認したらできるだけ早く通り抜けるようにしている場所だ。ま、ファビオたちなら何の問題も無い場所だろ?」
「まあね。実際その通路には何も問題は無く、いつものように通路に入り、最後の一人、ローディが通路に入ったところで異変に気付いて叫んだんだ『逃げろ!』ってね」
「ローディが?十層で?」
「?どんな人なんです?」
「知らないのは当然だな。Aランク冒険者で、パーティじゃ大抵殿を務める、実力者だよ」
「そう。そんなローディが十層程度で逃げろと叫ぶ。普通じゃ考えられない事態に、全員が立ち止まってしまって振り返ってしまったんだ」
十層で、Aランク冒険者が危険を伝えてくる。どんな異常事態があったのかと、逆に訝しんでしまったという訳か。
「ローディが無理矢理後ろからぐいぐいと押し込んできたんだが、そのおかげで助かったとも言える」
「助かった?」
「ああ。何しろその直後、ローディの背後を巨大な何かが走り抜けていったんだ。ダンジョンの壁をぶち抜きながら」
「巨大な何か?」
シェリーが何か考え込む。
「ダンジョンの壁をぶち抜きながらって……何がいたんだ?」
「わからない。何しろその余波であちこちが崩れてきて、ちょっとしたパニックさ。幸いなことに死者は出なかったけど、崩れてきた岩で負傷者多数。これ以上の探索は不可能と判断し、引き返してきたんだ」
それで怪我人が大勢いたというわけか。
「ファビオ、それを見たか?」
「残念ながら、その全貌は見えなかったよ。隊列の先頭の方にいたし。だが、通ったあとは確認しておいた。直径十メートル程、長さは……あの速さだと百メートルはあるんじゃないかな?」
「直径十メートル、長さ百メートル以上……か」
「ダムドさん」
「ん?」
「あの湖の穴も、深さ百メートルくらいありそうでしたよね?」
「そうだな……」
シェリーがガバッと顔を上げる。そう言う動きはやめてください、エリスが怯えてます。
「アザリー、その棚の……そう、二番目の……それ、その右のファイルを取ってくれ」
「これですか?」
「そうだ。その中の……そう、その次のページだ」
ファイルの中の資料をじっと見つめると、顔を上げた。
「厄介な奴が出てきたな」
「「「厄介?」」」
異口同音に聞き返す。
「アザリー、これをほどけ!」
「えー……」
「いいからほどけ!この街の危機だ!それも街が滅びかねない程の!」
「わ、わかりました!」
カチャカチャとアザリーが鎖をほどく。
「よし、エリスちゃグエッ!」
首輪は外されておらず、柱に繋がれていたため、そのままひっくり返る。
「街の危機なんじゃないですか?!」
「気持ちを落ち着かせようと思っただけだ!」
「はあ……」
「それで、何があるんですか?」
話が進まないのでリョータが強引に進める。
「魔の森と街を隔てる壁、一部が壊されて新しく補修されているのは知っているな?」
「あ、はい。ダムドさんから聞きました」
「アレが壊されたのは五十年程前だが……そのときと同じ事が起きようとしている、おそらく」
「「「え?」」」
あの壁を壊すような魔物がまた現れる?
「一体どんな魔物が?」
「サンドワームだ」
「サンドワーム?」
えーと?
「巨大ミミズだな」
シェリーが答える。
「ラウアールから魔の森に入り、三日程歩くと、砂漠が広がっている。興味本位でもそこに行く奴は早々いない。何しろ百メートル以上の長さのサンドワームだらけだからな」
「百メートル以上って……」
「普通に災害レベルだ。魔の森で会いたくない魔物ランキングを作ったら上位入賞は固い」
「それが五十年前に、ラウアールを襲った、と?」
「そうだ」
そう言って、テーブルの上にファイルを開く。
「さすがに古い話で、当時を知っている者はほとんどいないが、ギルドに残された記録によると……」
五十年程前、魔の森、それも街からそれほど離れていない地面に巨大な穴が開き、突然サンドワームが現れた。直ちに王国の騎士団と冒険者ギルドが連携して対策に乗り出し、魔の森で戦ったのだが、その巨体相手に多くの命が犠牲となった上、討伐に失敗。サンドワームは壁を壊して街まで侵入。街を破壊しながらの戦闘は三日間続き、ようやく収まったという。
「私の拙い知識では、そのくらいしか思い当たる魔物はいない」
シェリーはギルドマスターの立場としてそう告げた。
「勿論、間違っているかも知れないが、サンドワームで無かったとしても、ファビオの見た大きさの魔物がダンジョン周辺にいるのは間違いないだろう。そして……いつそれが地上に飛び出して、街に向かってくるかはわからない」
「シェリル」
「何だ?」
「何を悩んでいるんだい?」
「え?」
「君はいつものようにこう言えばいいんだ……サンドワーム討伐!命が惜しくない者はここに集まれ、とね」
「……」
「尤も、僕は命をかけたりなんかしないよ」
「え?」
「シェリルを残して死ぬなんて事は絶対にしない。僕の矜持だからね。ちゃんと討伐して帰ってくると約束しよう」
皆が「ほう」と感心する。
「柱に縛られてなかったらカッコいい台詞ですね」
「リョータ、厳しいことを言うねぇ。でも、縛られたのは僕の意思じゃないし……仕方ないんだよ、うん。本当の僕はこういうカッコいい台詞が似合う男なんだ」
「その鎖、昨日はギルドマスターを縛っていたんですけどね」
アザリーの一言に、ピクンとファビオが反応し、表情が崩れていく。
「ああっ!シェリルの残り香がするぅっ!」
「ま、待て!残り香だなんて!匂いなんて無いはず!そうだ、エリスちゃん、確認してくれ!匂いなんて無いはずだから!ほら、私の匂いも嗅いで比べてみて!ほら!」
「ひぃっ!」
エリス……さすがに腕が痛い。
「ダムドさん」
「ん?」
「俺、真人間に育ちたいです」
類は友をっていうから心配だよ。
「……心配するな。もう手遅れだ」




