Sランク冒険者
「他に報告は?」
「ありません」
「わかった。では依頼達成とする。アザリー、手続きを頼む」
「わかりました。皆さん、手続きをしますので、受付の方でお待ちください」
「はい」
「おう」
「待てアザリー」
「何でしょうか?」
「コレをほどけ」
「ダメです」
「このまま仕事しろと?」
「エリスさんがこの部屋を出たらほどきます」
「なんという……貴様、悪魔か?」
「変態に言われたくありません」
コレ、ギルド職員とギルドマスターの会話か?
何はともあれ、依頼は完了。所定の報酬を受け取ると、夕方にまた来ると告げてギルドを出た。
「じゃ、リョータ。ここにいる間は気軽に声をかけてくれ」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
「お願いします」
「ハハハ。じゃあな」
さすがにまだ日の高い内から飲む気にはなれないということでダムドとギルド前で別れる。
「さてと」
「これからどうするの?魔の森へ行ってホーンラビット狩りでもする?」
「いや、他にすることがある」
エリスを連れて街の外へ向かう。
さすがに王都周辺の街道は人通りも多いので、かなり森の中に入ったところでいい感じの場所を探す。そして、木の棒で地面に模様を描き、用意しておいた液体を流し込む。
「ちょっと試してくる」
そう言うとリョータの姿がエリスの前から消え、十秒もしないうちに現れた。
「問題なし。おいでエリス」
エリスの手を取り魔法陣の上へ。そして転移。転移先はもちろん、工房前だ。
とりあえず夕方までエリスは魔法の練習、リョータは魔道書を調べることに。
調べる内容はもちろん、湖が消えた原因だ。
「うん、何もわからん」
当たり前だが、ヒントになりそうな物すら見当たらない。と言っても魔道書自体かなりの分量になり、全部目を通す時間もないので、もしかしたらどこかに書かれてるかも知れないが、今日はそろそろ切り上げよう。
浜辺に降りると、エリスが向こうから全力で走ってきて笑顔でリョータに飛びついた。
「うわっとっとと」
さすがにエリスの全力は受け止めきれずそのまま砂の上に倒れる二人。いい感じに耕されて柔らかくなっている。
「んー、まだ難しいか」
「はい」
エリスが全力疾走すると、地面が抉れる。それは前に進む力のロスに繋がる。そこで、魔法によって固い足場を作る練習をしているのだが、最初の数歩がどうにか出来る程度。魔法以外の方法、つまり魔道具による解決も考えているし、魔道書に目的の物も書かれていたのだが、材料がすぐには揃わない。
「焦ることはないさ。気長にやろう」
「はい!」
そろそろ日も暮れるので、ラウアールへ戻り、一度冒険者ギルドへ。資料の閲覧についての進展はないだろうけど、一応確認しておこう。
「あ、リョータさん」
「どうも。例の件ですけど」
「あー、まだ特に連絡はありません」
「そうですか」
「すみません」
「いえいえ」
端から聞いても何のことやらという会話を終え、ではまた明日、とギルドを出ようとしたところで、外がざわついた。大勢の冒険者が戻ってきたようだ。
バタン!と扉を開け、男が一人、入ってきた。黄色いシャツに緑のジャケット、左右が赤と青のツートンカラーのズボン。急所をカバーする革鎧はパーツ毎に白だったり青だったりとカラフルに染め上げられていて、金髪碧眼の顔立ち――ハリウッドスター並みのイケメンだ――も含めて一言で言えば派手だが、やや緊張感のない緩い表情のせいか、近寄りがたい雰囲気のような物は無い。
だが、彼が入ってきた瞬間、ギルド内の空気がピリッと張り詰めた。
「ファビオさん?!」
「やあ、アザリー。今日も相変わらず可愛いね」
「ありがとうございます。あの、あと十日程は戻らない予定だったのでは?」
「それなんだが、大至急ギルドマスターに取り次いでくれないかな。緊急の案件だ」
「わかりました」
アザリーが慌てて奥へ駆けていくと、さらに数名の男女が入ってきた。泥にまみれ、あちこち血も滲んでいるようで、一言で言えば満身創痍。
「ファビオ、私たちは」
「ああ、話は僕の方でしておく。君たちはすぐに医療院へ」
「わかりました、では」
そう言って彼らが出ていくと、アザリーを従えてシェリーが出てきた。
「やあシェリー、今日も、いや三日前に会ったときよりも綺麗だね。ところで先日贈った指輪の返事をそろそろもらえるかな?もちろんイエスだというのはわかっているが、やっぱりきちんと『ドゴンッ』
シェリーの振り下ろした拳は正確にファビオの頭頂部を捉え、そのまま床に叩き付けた。
「いきなり痛いじゃ無いかシェリー」
「私をその名で呼ぶなと何度言えばわかる?」
「ふふ……シェリル……そうか僕だけにはきちんと名前で呼んで欲しいんだね」
バガンッ
「ギルドマスターと呼べといっているんだが?」
振り下ろした足を頭に振り下ろし、床板を踏み抜いて、ファビオの体が沈む。ハイヒールが突き刺さっているようだ。痛そうだな。
「ああ……愛が痛いよ、シェリル」
「うるさい、用件は何だ?」
「式の日取りをどうしようかという相だ『ゴン!バキッ!ドガッ!』
さらに数回踏みつけ、ファビオの体が完全に床下に沈む。よく見るとあのあたりだけ床板が新しい。いつものことなのだろう。
「真面目な話をしろといっているんだが」
「そうだね……白か」
「なっ……!!」
シェリーが慌てて後ずさる。イヤ、美人なのは認めるが、その情報はいらない。
メリメリと床板を少し剥がしながらファビオが起き上がる。あれだけやられてノーダメージ。いやむしろ目が生き生きとしている。
「だいたい貴様、二十二層へ向かっていたはず!あと十日は戻らないはずだろう?!」
「そうなんだけどね。ちょっとマズいことになって急遽戻ってきた」
「マズいこと?」
「ああ……Sランクの僕でもその場で対処が出来ない程度の緊急事態さ」
これが話に聞いたSランク冒険者か。ふと見ると左腕にエリスがひしとしがみついている。尻尾が足の間に挟まれているところを見ると、シェリーが出てきたことを警戒しているのか、それともこのSランク冒険者を警戒しているのか。
両方だな。
しかも、実力者と感じ取っているのでは無く、どちらも負けず劣らずの変態という意味で警戒している。
とりあえず落ち着かせるために頭を撫でてやると、むふぅ、と気持ちよさそうに目を閉じる。うわ可愛いなこれ。朝昼晩の日課にしようか。
「む!リョータ!そ、そんなうらやまけしからんことを……グエッ」
こちらに向かってこようとしたが、首輪の鎖のせいで止まった。
「クッ……届かん!」
「シェリル、僕ならここに」
「お前はそこで黙ってろ!」
「フム……待つことも愛か!」
「ち、違うぞ……グッ」
必死にこちらに近づこうともがくシェリー。首輪のせいで進めないのだが、せめて少しでもと足だけこちらに伸ばしてジタバタする。足に合わせてタイトスカートがややめくれ上がる。そうだね……白だね……どうでもいい情報だよ。
「ああっ……放置される……でも!それも愛!愛を!感じるっ!」
「リョータ……そこを……代われ……エリスちゃんを……愛でるの……は……」
「アザリーさん、何とかしてください」
「私が対処出来るのは変態一名が限度です」
「そうですか」
「どちらか一人、担当してもらえませんか?」
「それ、ギルド職員の仕事ですよね?」
「特別手当も無しに出来る仕事じゃないですよ?!」
冒険者ギルドってブラック企業だったのか。
「変態の巣窟じゃねえか」




