ラウアールダンジョン
「おう、早いな」
「「おはようございます」」
「おう、おはようさん」
「今日はよろしくお願いしますね」
「ああ、こっちこそよろしくな」
約束通りにギルド前で落ち合い、簡単に荷物の確認をする。日帰りだし、さして危険も無いが念のためだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「待て!」
「え?」
出鼻をくじかれつつも振り返るとシェリーが飛び出してきいた。正確にはエリスめがけて。
「やっぱりエリスちゃんはここで一緒に待『ドガッ』……
「全くもう……はあ……」
シェリーを追って飛び出してきたアザリーが分厚いファイル……の角で殴るとさすがに静かになった。
「それでは皆さんお気を付けて」
「は、はい……」
白目をむいたシェリーの首根っこを捕まえてズルズルと引きずっていくアザリー。
「ま、よくあることだから気にすんな」
「よくあることなんですか」
「年に数回な」
スタスタと歩き出すダムドを追いながら、この街の冒険者ギルドは大丈夫かと不安になってきた。
ラウアールはヘルメスよりも大きな街であるが、魔の森を隔てる壁の大きさにはそれほど違いは無い。ただ、特徴的なのはその色。ちょうど三等分したように色が違う。両側は濃い茶色。中央はやや白っぽい茶色。やはり王都はこういう所のデザインも凝っている……そんなわけは無いだろう。
「何で、真ん中だけ色が違うんですか?」
「俺も詳しくは知らねえが昔、魔物が街まで来たらしくてな。その時に壊されたらしい」
「つまり、真ん中は新しいから色も違うし、見た感じも新しいと」
「そういうことだな」
そんな話をしながら門を抜けると、そよ風の吹く草原が広がっていた。
「ヘルメスとそれほど違いは無いんですね」
「まあな。魔の森に入ってすぐはどこもこんな感じさ」
ダンジョンまではホーンラビットもあまり見かけないところらしく、警戒はエリスに任せ、これから行くラウアールダンジョンについてダムドから説明を受けながら歩く。
ラウアールダンジョンは全体が天然の洞窟で、何となく上下の移動があるところを基準に一層、二層と数えることになっており、現在二十六層まで潜った記録がある。ただ、それ以上の深さがあることも確認されていて、どのくらいになるのかは見当も付かない大規模ダンジョンだ。そして、地上の入り口も大小合わせると二十以上あり、よく使われる物だけでも五つはあるという。入り口毎に五層に行きやすいとか十層に行きやすいという違いがあり、冒険者たちは目的の層に合わせて入り口を変えている。
今向かっているのは街から一番近い入り口になるが、ここを使う冒険者はほとんどいない。一層をぐるりと回るには良い入り口だが、下の層に降りるにはかなり遠い。それに一層をメインに活動する冒険者は皆無なので、この入り口自体、知っている者も少ないという。
「二十年くらい前までは外でホーンラビット狩り、一層でトカゲ狩り、と順を追っていったもんだがな。最近はいきなり五層に連れて行くのも珍しくない。それで伸びる奴は一気に伸びるが、そうで無い奴はすぐにいなくなる。あまり良くない流れなんだが、どうにもな」
ポーター歴三十年以上のベテランが言うと重みがある。
「そうか。普段から一層で活動している冒険者がもっといれば、もっと早く何かに気付いたかも知れませんよね」
「そう言うことだ。そう言う意味じゃリョータ、お前のいたヘルメスはちょっと羨ましい」
「初心者研修ですか」
「ああ。俺も内容を聞いたが、よく考えていると思う。実際ヘルメス出身の連中は基本がよく出来ている。それにホレ、ドラゴンが出ただろう?」
「ええ」
「あの予兆も、普段からよく観察しているから気付く物じゃ無いか?」
「そう言われれば」
ダンジョンからトカゲが大量に逃げ出していたのを不審に思ったから調査した結果、ドラゴンの存在に気付け、対策も打てた。これがもしもいきなりドラゴンが出ていたらどうなっていたか。
「あのドラゴン討伐じゃ、Aランクが大勢命を落としたと聞いているが、それでもヘルメスの連中は粒ぞろいだ。あと五年もすれば、ヘルメスからSランクが出るだろう」
「へえ」
「じゃ、リョータがSランク一番乗りですね!」
「ええっ?!」
「ははっ、そいつはいいな。今のうちにサインでももらっておくか」
「いやいや、さすがに無理でしょ」
何度かSランクの話を聞いたことがあるが、山を半分切り落としたとか、ダンジョンの階層を一つ吹き抜けにしたとか、どれもこれも化物じみた内容しか無かった。
リョータには前世、現代日本の知識と魔法関連のアレコレと言ったアドバンテージがあるが、Sランクのエピソードはそう言う次元を飛び越している物ばかりでとても追いつけそうに無い。おまけにどれもこれも「俺の友人が聞いた話なんだが」で始まる物ばかり。本当かどうか眉唾物だ。
そんな他愛も無い話をしながら一時間も歩けば背の高い草にほとんど隠された小山にある穴の前に着いた。
「ここがラウアールダンジョンの入り口だ。街から一番近いが、悲しいことに一番使われていない入り口でもある」
「はは……」
「ほい、これ」
ダムドから鎌を渡された。
「その入り口の草、払わないと入れんだろ。ちと中に入る仕度するからやってくれ」
「あ!私!私やります!」
エリスが元気よく手を上げるので鎌を渡すと、手際よく草を刈っていく。多分、村でも似たようなことをやっていて慣れてるんだな。
「さてリョータ、隊列はどうする?」
ダムドがランタンに火を入れながら質問してくる。
「えーと」
この三人の場合……うーむ。今のところ危険は無いと思うし……
「先頭をエリス、最後尾を俺、ダムドさんを真ん中で」
「理由を聞いてもいいか?」
「先頭を行くエリスの耳と鼻は危険察知に役立つのと、俺は魔法攻撃も出来るから最後尾でも問題なし。ダムドさんを真ん中にするのは戦力的な理由。そんなとこです」
「合格だ。もっと人数が多いと色々考えなくちゃならないが、このメンバーならそれでいい」
密かにダンジョンに潜る心得とかそういうのを教えてくれてるんだな、とそっと心の中で感謝した。こんなベテランにマンツーマンで教わる機会なんて滅多にない。色々と吸収していこう。
「草刈り、こんな感じでどうですか?」
「お、いいだろ。よし、じゃあ中に入る前にもう一度確認だ」
そう言うと、ダムドはこれからダンジョンに潜るにあたっての注意事項を述べていく。
「エリスは何でもいいからおかしなところがあったらすぐに言うんだ。それが危険なのか、そのままでいいのかを勝手に判断しちゃダメだぞ」
「はい!」
「ランタンは俺とリョータが持つ。見にくかったら言ってくれ、調整する。それとリョータ」
「はい」
「歩きながら所々にこいつを落としていけ」
何だか不思議な香りのするビー玉ほどの大きさの玉の入った袋を渡された。
「変わったにおいがする草の葉をすりつぶして丸めただけのもんだが、何かあった場合、これを辿れば外に出られる。ま、お守りだ」
「役に立たないことを祈ります」
「ん?役に立つぞ?」
「え?……あ、そうか。帰り道はこれがあれば、ダムドさんの案内が無くても」
こんな玉、ダンジョンにホイホイ転がっている物でも無いし、それこそエリスなら匂いだけで辿れるだろう。
「そういうこと。じゃ、準備はいいか?」
「「はい」」
「じゃ、入ろう!」
三人はコツンと、拳を突き合わせてうなずき合うと、穴の中へ足を踏み入れていった。




