異変
「では早速ですが、説明をさせていただきます」
アザリーがリョータたちを別室に招き入れて話し始める。
「あの……さっきの話だと……誰だっけダムなんとかさん?も一緒にとか……」
「ダムドさんですね。ええ、一緒に依頼を受けていただきますが、依頼内容の前に何が起きているのかを説明します。これはダムドさんもご存じのことなので」
「わかりました。お願いします」
ラウアールから行けるダンジョンは意外なことに一つだけしかない。だが、このダンジョン、探索が始まってずいぶん経つのに、まだ最深部に到達できた者がいない。
理由としては単純で、ダンジョンの各階層がかなり広く、奥へ進んでいくのに時間がかかること。そして、二十層くらいまで潜るだけでいろいろな魔物の素材が集まるので、最深部を目指す必要性が薄いためだ。
ちなみにこの世界のダンジョンには階層を移動するための転送機能などはないため、深くまで潜る連中は二、三ヶ月潜りっぱなしと言うことも珍しくない。そして、それだけの期間をかけて潜るからにはそれなりの稼ぎが欲しいところではあるが、いざ帰ってくると荷物を入れたバッグに空きが出来るのは珍しくない。理由は簡単。冒険者だって食事をするからだ。
そこで、ほとんどの冒険者たちがダンジョンを出る直前に一番浅い階層で洞窟トカゲを狩ってくる。洞窟トカゲはホーンラビットより強い魔物で、駆け出しの冒険者が狩るにはやや危険だが、ベテランたちなら何の問題もなく狩れるし、肉や皮など余すことなく使えるために常に需要が有り、ギルドでも常設依頼として買い取りをしている。だから、荷物の隙間を全て埋める勢いで狩ってくることが多く、一日に五十匹前後の買い取りがある。
いや、あった。
一ヶ月ほど前から少しずつ買い取り数がだんだん少なくなり、二週間前にはついに一桁に。そして五日ほど前からゼロになった。
冒険者たちの荷物がいっぱいというわけではない。
彼らは口を揃えて「トカゲがいない」と言う。
では、何故消えたのか?
「その原因調査をお願いしたいのです」
「なるほど」
扉がノックされ、一人のずんぐりとした体型の男性が入ってくる。
「俺を呼んでいると聞いたが?」
「ええ、こちらにどうぞ」
「ああ。ん?この二人は見ない顔だな。新人か?」
「ヘルメスから来たばかりです」
「ほう?」
「リョータです。こっちはエリス。初めまして」
「おう。俺はダムドだ。よろしくな」
「こちらこそ」
短く整えたヒゲをたくわえた、リョータよりやや背が高い程度の身長。典型的なドワーフだ。
「それでは揃いましたので改めて、依頼内容を説明します」
「おう」
「ダンジョンの一層から洞窟トカゲがいなくなった原因の調査。これをお願いします」
トカゲがいなくなった原因調査ね……なんて言うか、こう……
「漠然としててなんとも言えんな」
「そうおっしゃると思ってました」
「続きがあるんだな?」
「はい」
一層といえども、ここのダンジョンはかなり広い。あてもなく原因を調査するなんていくら何でも無茶振りが過ぎる。
「一層の湖の様子を見てきて欲しいのです」
「湖?」
「ああ、あれか」
ダムドは心当たりがあるようだ。
「湖に何が?」
「俺から説明しよう。まず、ラウアールダンジョンの一層にはデカい湖がある。それはいいか?」
「はい」
「そして、そこにはどういうわけか、洞窟トカゲが棲み着いている。どうも、そこで繁殖しているらしいが、何しろトカゲだらけなんで、詳しく調べた奴はいないがね。そのくらいたくさん棲み着いている場所なんだ」
ダンジョンの一層なら地下と言うほどの地下ではないだろうが、イメージ的には地底湖か。そしてその湖岸にわさわさと体長一メートルを超えるトカゲが暮らしている。うん、あまり近づきたくないな。
「つまり、その湖の様子を見に行って、トカゲがたくさんいるなら、トカゲがいなくなったのはたまたま湖から離れるトカゲが減ったからと言うことに。湖から離れるトカゲが減った理由は改めて調査、と言うことですか?」
「そういうことです」
「で、ダムドさんは湖までの道案内?」
「そうだな……街にいる冒険者で湖までの道順を知っているのは俺くらいだな」
最近は一層を隅々まで探索する冒険者は少なく、ダムド自身も湖の近くまで行ったのはずいぶん前らしい。
「失礼ながら、ダムドさんだけで行けば良いのではと思うのですが……」
「俺はポーターだ。仮にトカゲがいたとしたら、二匹以上は相手が出来ない」
「なるほど、わかりました」
「いかがでしょうか?受けていただけますか?」
アザリーが三人に聞く。
「俺は別に構わないぞ。むしろ俺が受けないと依頼自体無理だろ?」
「そうですね。では、リョータさんとエリスさんは?」
ダンジョン。
剣と魔法の異世界に来たら一度は行ってみたい場所ランキングで一位と言っていいだろう。現状のリョータの戦力から言えば、ダンジョンの深いところに潜るのは不可能だが、浅いところをちょっと体験出来るというのは胸が躍る。
「受けます」
「えーとエリスさんは……」
「私はいつもリョータと一緒です」
「聞くまでも無いみたいですね」
そして依頼の注意事項、報酬の説明を受ける。まあ、注意事項と言っても大したことは無いし、報酬も破格で、一人につき小金貨一枚だ。
説明を終えるとアザリーは退室し、三人だけが残る。
「じゃ、リョータとエリス、ちょいとばかし細かい話をしようや」
「はい」
「ま、細かいって言っても大したことは無い。まず、この三人の中で冒険者歴は俺の方が長いし、ダンジョンに潜った回数も俺の方が多いだろ?」
「そうですね。俺もエリスもダンジョンなんて潜ったことないですから」
「今回は俺がリーダーを務めさせてもらうが、いいか?」
「ええ、よろしくお願いします」
「出発は明日の朝にしよう。お前ら、ここに来たばかりだろ?朝の……そうだな九時にギルド前集合だ」
「はい」
「お前らが用意するのは、戦うための準備、武器と防具。それと最低限、魔の森を歩ける程度の道具でいい」
「えーと、ロープとかナイフ、ですか?」
「そうだな、あとは水筒と昼飯だ。それ以外必要になりそうな物は全部俺が用意する」
「いいんですか?」
「それがポーターの役割だからな」
「ポーターの役割ですか」
「その代わり、洞窟トカゲが集団で襲ってきたりしたら戦うのはお前ら二人だ。さっきも言ったように俺は戦いはからきしだからな」
「わかりました」
「ま、ダンジョンが初めてだってんなら、色々と教えてやるからよ」
「期待してますね」
「おう、まかせとけ」
明日が楽しみになってきた。
ダムドと別れ、街に出る。特に買い込む物は無いが、ギルドから宿までの道に並ぶ店を何となく見て回る。
王都と言うだけあって、店の数も多いし、品揃えもピンキリで、あり得ない値段の付いた品物もチラホラ見かける。
「……」
「ん?どうしたんですか?」
「エリス、あれ見て」
「あれ?……キャロル?」
店のデザイン、立てかけられたメニューの内容。ヘルメスのキャロルと瓜二つだ。
「うう……」
「だ、大丈夫だって。こっちのキャロルもコーヒーが激マズって事は無い……ハズ」
あのコーヒーを思い出したエリスが尻尾の毛を逆立てながら警戒するのを頭を撫でて宥めつつメニューを見る。
モーニングセットがあるので、明日の朝食はここでもと思ったが、安全を考えると回避だな。
結局朝食は無難に宿で食べることにした。




