ギルドマスター
リョータが進められるまま座り、エリスはその隣に座る。
いや、座ったはずだった。
なぜかシェリルが隣に座っており、エリスはその膝の上にいた。
「私のことなら、シェリーと呼んでくれ」
「そうですか……って、そうじゃない!何で隣に座ってんの?おまけにエリスを膝の上に座らせてるし!」
「何か問題があるか?」
「大あり!だいたい、話をしに来たのに隣同士に座ってどうすんの?!」
「ふむ、それも一理あるな」
そう言うと、シェリーはエリスを抱きかかえたまま立ち上がり向かい側に座る。もちろんエリスはそのまま膝の上。
「いや、何でエリスが膝の上に?!」
「リョータを膝の上にのせると、違う意味で問題があるだろう?だからこれでいいんだ」
「意味がわからん!」
当のエリスはアワアワしながらも立ち上がろうとするのだが……
「いやあ、これがエリスちゃんかあ。うん、聞いてたとおりかわいいな~」
「え?え?」
「この尻尾の毛並みもいいねぇ」
「ひゃん!ふぇぇぇ……」
「おいいいいい!」
「何だ、騒々しい。私は今この美少女を愛でるのに忙しいんだ」
「話が進まねえ!ギルドマスターの仕事をしろ!」
「ちゃんとしてるじゃ無いか」
「どこが?」
「接待」
「え?」
「あとは……激務で疲れた私の癒やしかな?」
「ちょっとお!」
隣に立っている受付嬢――アザリーという名前だと後で聞いた――に助けを求めるように視線を向けるが……
「諦めてください」
「は?」
「二人がこちらに来ると聞いてから、あの調子。ずっと待ち焦がれていました……主にエリスさんを」
「待ち焦がれるのは別にいいけど、今は助けてください」
「無理です」
「え?」
「元Aランク冒険者のあの人を止めるなんて、私には出来ません」
「そこをなんとか」
「と言うか、出来るならやってます」
エリスはシェリーの膝の上から逃れようとジタバタもがくのだが、どういうわけかうまく逃れることが出来ない。抱きかかえてる腕を振りほどいてもすぐに別の角度から抱きすくめられ、立ち上がろうと足を伸ばしてもすぐに元の位置に戻される。
達人の体さばきは見事としか言い様がないが……もっと他のことに使えよ……仕方が無いので手をのばし、エリスの手をつかんだ……ハズなのに、つかんでいたのはシェリーの手だった。
「貴重だぞ。私は滅多に握手なんてしないからな」
「うっわ、殴りてえ」
「女性に手を上げるなんて最低だな」
「そういう意味じゃ無いんだけど」
はあ、とため息をつきながら座る。これ、どうしたらいいんだ?
「ギルドマスター、いい加減にしてください。話が進みません。この後にもたくさん仕事があるんですから」
「むう……仕方ない」
アザリーのやや冷たい視線と言葉に渋々エリスを解放するシェリー。エリスはリョータの隣に飛び込み、ひしと抱きつく。
「あ、いいなぁ……」
指くわえてこっちを見るなよ……
「エリス……大丈夫、多分。あの人は変な人だけど、一応俺たちの味方のハズ……だよね?……ですよね?」
「ああ、私は君たちの味方だぞ。特にエリスちゃんのような美少女『パカン』痛いじゃないか」
「少しは真面目に仕事をしてください」
アザリーが手にした書類(木製バインダー付き)で頭をはたく。
「今からしようとしたのに……やる気が失せた」
「子供みたいなことを言わないでください!」
ヘルメスの冒険者ギルドは、冒険者自体の人数が少なくて色々苦労していたが、ここはここで別の苦労があるようだ。
「はあ……仕方ない。本題に入ろう」
「はい」
「えーと、まずは……これから話すか。このヘルメスの支部長の依頼票。ラウアールのギルドマスターへ手紙を届ける、だな。確かに受領した。依頼完了だ」
「はい」
「アザリー、リョータをヘルメス同様、ここでも暫定Cランクとして扱ってくれ」
「え?」
「ん?何かマズいか?」
「いえ」
「一応これも荷物の輸送だし、機密事項の書かれた文書でもある。暫定ではあるがCランクと認めるには充分だよ」
「……ありがとうございます」
「ガイアスが是が非でもCランクに、と推していたからどんな人物かと思ったが……案外普通だから問題ないと判断した」
「普通?」
「ああ」
この人に普通と言われるというのはちょっと複雑だな。
「言っておくが、普通というのは褒め言葉だぞ」
「そうなんですか?」
「お前はもう少し自分の実績を考えろ。冒険者なりたてのルーキーで、ドラゴンスレイヤーの一人で、ここ数年でも見ないレベルの賞金首を三人捕縛。普通に考えたらどんな奴かと警戒する。だが、至って普通だという印象しかない人物だった。これならCランクにしても問題を起こすことはないだろう、そう判断したんだ。だが、実績が少なすぎてな。私の権限でも暫定が限界だ」
「そう言うことなんですね。わかりました」
「それから、資料の閲覧についてだが」
いよいよ……本当の本題だ。
「一応話は通した。後は返事を待つだけの状態だ」
「返事……ですか」
「ダメと言われることは無いと思うが、おそらく十日前後はかかると思う」
結構かかるんだな、と思ったら顔に出たらしい。
「貴族の手続きというのは色々面倒でね。特に資料室にある資料の閲覧なんて、貴族ですらほとんどしないというのに平民の君に見せるとなると色々と根回しが必要なんだ」
平民、という言葉には気を悪くしないでくれ、とシェリーは付け加えた。
まあ、聞いてる感じだと資料室とやらは王族の住む城にあるようだから、貴族でもなかなか入れない場所だろうというのは容易に想像できる。色々と骨を折ってくれたことに「ありがとうございます」と感謝の意を述べる。
「おや、意外にも素直に感謝の言葉が言えるんだな」
「意外にも、は余計です」
「そうか。だが、残念ながら私は美少女にしか興味が無『バカン』痛いじゃないか」
「趣味嗜好は横に置いてください」
「むう」
むくれる顔は年齢に似合わず妙に可愛らしい。……今の、バインダーが縦向きだったんだけど。
元Aランク冒険者という経歴と、この抜けた感じ、これでバランスを取っている人なんだろう。そう思うことにした、うん。
「このアザリーにはある程度事情を話してある。向こうから返事があったら伝えておくから、ギルドには毎日朝夕に顔を出してくれ」
「わかりました」
「そう言えば、こっちに来てからの宿は決めたか?エリスだけなら私の家に泊め「もう決めてます、大丈夫です」
「ちぇ……」
「ま、それはそれとして、返事……まあ、いつ頃返事が出来そうですというよくわからん連絡だが、来るのは早くても三日はかかる。その間だが……」
「ホーンラビット狩りか、薬草採取でもしますよ」
「そうか……ならいいが……ん、待てよ?」
「え?」
「アザリー、例の依頼、この二人に任せてみないか?」
「あれ、ですか……でも、この二人では土地勘が……」
「先週の怪我でダムドの奴が残っているはずだ。あいつがいれば大丈夫だろ」
「そうですね」
「決まりだな」
「あの?」
「詳しくはアザリーから聞いて欲しいんだが、今この街は一つの問題を抱えている。その解決に協力して欲しい」
「はあ……」
「何、大して危険も無いはずだし、簡単な仕事だ。やや緊急度の高い依頼だから報酬も高めに設定している」
「そうですか」
「君たち……いや、リョータなら、特に問題ないだろうから是非とも頼みたい」
「詳細を聞かせてもらっても?」
「もちろんだ。だが……」
「だが?」
かなりヤバい内容か?
「ここから先は受付の方で話をしてくれ。ここでするような話でも無いし、私は他に仕事があるのでな」
「わかりました」
「ああ、そうそう」
「何でしょうか?」
「エリスちゃんはここに残ってもい『ガン』痛いじゃないか」
今の、バインダーの角だよね?
「お二人ともこちらへどうぞ」
「おい、何か言え!……謝罪を要求す『バタン』
アザリーがやや強めにドアを閉め、廊下を歩いて行く。
「なんか……すごい人ですね」
「悪い人ではないんです。それだけは、その……」
「わかりました」
「でも、私は何か身の危険を感じました」
「そだね」
エリスはずっとリョータの服の裾をつかんだままだ。
とりあえず、ポンポンと頭を撫でて落ち着かせる。
「では少しお待ちください」
受付近くの椅子に座り、アザリーが戻ってくるのを待つ。多分、さっきの話に出ていたダムド(?)とか言う人に連絡を取ったりするのだろう。
「すごい人だったよな」
「うん……私、必死に逃げようとしたのに、全然逃げられなくて。力ずくで捕まえられている感じじゃなくて、なんて言うかこう……難しいです」
「振りほどこうとすればするほど、抱え込まれてる感じだったよね」
「そう!そんな感じ!」
柔道とか合気道とかに、そういう相手の動きを殺し、自分の意のままに相手を翻弄するような動きがあったと思う。まあ、あれらは武道として確立された、攻撃・防御の手段であって、エリスのような美少女を愛でて堪能するためのものでは無いはずだが。
「あの……」
エリスが顔を近づけてきて小声で話す。
「リ、リョータなら……その……ああいうことも……えと……その……」
「落ち着いて」
「はい……」
顔が真っ赤。いや、見てるこっちもちょっと顔が火照った感じがする。ああ、もう!かわいいな!この生き物は!




