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  作者: ひじきとコロッケ
ヘルメス
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歓迎会

「えっと……こちらです」


 受付嬢が手招きしてからリョータを紹介する。

 短くまとめた黒髪、頬に大きな傷跡、筋骨隆々とした体格、身長は……二メートル近くありそうだ。ちなみにヒゲは無い、似合いそうなのに。よしよし、ギルドマスターが来たな、テンプレ通りの展開、これだよこれ。


「お前か!」


 男はドスドスと歩み寄り満面の笑みを浮かべ、ごつい手で両肩をがしっと掴んでくる。見た目通りの握力で、結構痛い。


「よく来た!俺がここの支部長のガイアスだ。よろしくな!」


 ギルドマスターでは無く支部長らしい。「ギルドマスター」なんて大抵は首都とかそういう所にいるのだろう。まあいい、後は俺の隠れた実力が判明して……と言う展開を待つだけだ。


「ケイト!例のアレは?!」


 この受付嬢、ケイトという名前なのか。覚えておこう。


「えっとですね……」


 ケイトが目を泳がせる。例のアレって何だ?やっぱりステータスとか表示できる石版とか?


「支部長、残念ながら……」


 残念な事……?ああ、能力を測定する魔道具とかが故障中とかそう言うトラブルか?


「二日、過ぎてます」

「へ?」


 支部長がポカンとした顔になり、そしてしばらく考え込む。俺も何のことやらさっぱりでついて行けない。


「よく確認してくれ、俺の記憶では……」

「でも、あそこに貼ってあるじゃないですか」


 ケイトが奥に貼ってある紙を示す。何となく見てみると何かの日付が書いてあるが、今日が何日だかわからないので何のことやらだが、さっきからチラチラ見ていたのはアレなのか。


「と言うことは……?」


 酒場の方の冒険者達がざわつき始めた。


「ええ、そうです」

「何かの間違い……」

「では無いですね」


 ギギギ……と音がしそうな動きで支部長が酒場の方にやや青ざめて頬が引きつった顔を向ける。そちらはざわついている、というよりもにやついている、と言う雰囲気だ。


「賭けは、支部長の負け、ということです」

「マジかよ!!」

「今晩一晩、支部長のおごりです!」

「「「よっしゃあああ!!!」」」


 何が起こっているんだ?

 真っ白に燃え尽きているような支部長をよそに、ケイトが説明してくれる。


「実はうちの支部、新人があまりにも入らないので、支部長が『三年以内に新人を入れる!出来なかったら俺のおごりで一晩飲み食い自由だ』って言っちゃったんです」

「それで……」

「おととい、その三年が経っていたんです。あえて触れないようにしておいたんですけど」


 ある意味期待の新人だったのか……と複雑な思いで辺りを見回す。酒場の方では早速「厨房の酒、全部もってこい!」「肉だ!肉も全部出せ!」と騒ぎ始めている。騒ぎが外にも聞こえたらしく、ついさっき依頼達成の報告をして出て行ったはずの冒険者も何事かと戻ってきて事情を聞き、支部長に「ごちそうさま~」と言いながらテーブルに着いている。


「ま、仕方ない。新人の勧誘がなかなか進まなかったのは俺の力不足だからな」


 とりあえず立ち直ったらしいガイアスが、やや引きつった笑顔を見せる。


「大丈夫さ。厨房の仕入れは明日の予定だったから、ほとんど食材は残っていない。すぐ品切れさ」

「さっき肉屋にひとっ走りしてもらったから、安心して食え!」

「酒屋も行ったぞ!どっちも在庫全部もってこいって伝えてある!」


「そ、それに、今日はあまり人数もいないし」

「他の宿に泊まってる連中にも招集かけろ!」

「大食いのアラン兄弟が来るってよ!あとガスも!」


「い、一応俺も支部長だからな。給料は結構いいんだ」

「肉屋だけじゃダメだ、マーカス商会に倉庫の中身全部持って来るように言え!」

「酒屋からとりあえずこれ持ってけって樽が三つ届いてるぞ、運ぶの手伝え!」


「み……みんな加減を知ってるはず……だから大丈夫さ」

「マーカス商会から伝言、厨房のキャパ超えるだろうから他の店で調理して持って来るそうだ」

「酒屋、樽を二十置く場所用意しておけって」


「てめえら!いい加減にしろ!」


 支部長が騒ぎの真ん中へ飛び込んでいった。


「えーっと」


 これはどうすればいいんだ?展開について行けずオロオロしていると酒場の中央の大きなテーブルから声がかかる。


「おう新入り!こっちだこっち!」

「こっち来て座れ!」

「お前の歓迎会なんだからよ!」


 呼ばれるままに席に着くと、目の前にコップが置かれ、オレンジ色の液体がなみなみとつがれる。


「さすがにガキに酒は早いからジュースで我慢しろ」

「酒は気分だけな!」

「おう、全員用意はいいか?」


 誰かの号令で全員がコップ――いや、大半がでかいジョッキだが――を掲げる。


「新入りに」

「「「期待の新人に」」」

「支部長に」

「「「太っ腹な支部長に」」」


「「「乾杯!」」」


 ほぼ全員が一息にコップやジョッキを空ける。


 狂乱の宴が始まった。


 いきなりおかわりを三杯要求する者。

 メニューを上から下まで全部注文する者。

 どういうわけか早くも取っ組み合いの喧嘩を始める者。

 なぜか腕相撲を始める者。

 あちらの角で男五人が肩を組んで歌い始めたかと思うと、反対側では男六人が手に手を取って踊っている。


「男ばっかかよ……」


 一瞬でカオスな空間となった周りを見ながら聞こえないように呟く。一応女性の姿もあるのだが、動きが目立つのは男ばかりだ。さてどうしたものかと思っていたら周りをずらりと囲まれた。全員、こちらをじっと睨んでいる。うん、既に「できあがっている」者が何人かいるようだ。


「おう、新入り。名前は?」

「リ……リョータです」

「リ・リョータか。いい名だ」

「いえ、ただのリョータです」

「タダノ・リョータか」

「あの、だから」

「冗談だ」


 いたずらっぽい満面の笑顔で皆がどっと笑う。ああ、いい人達だ。


「飲んでるか?」

「は、はい」

「食ってるか?」

「いえ、それはまだ……」

「じゃあ、これを食え」

「ここでこれを食わない奴はモグリだと言っていい、ここの名物料理だ」


 一抱えはありそうな肉の塊が、ドン!と置かれる。何かの香辛料と共にこんがり焼かれていて、薄くソースがかかっている。


「ナイフなんか使わなくてもほぐれるぞ」

 と言われたので、フォークを突き刺してみるとほろほろとくずれる。一口サイズになったそれを口に放り込む。ソースはほんのりと甘く、香辛料がピリッとした辛さを添え、肉汁がじわりとあふれてくる。


「どうだ?」

「うまっ、何これうまい!」

「だろ?」

「次はこれだ!」


 衣を付けて揚げた肉の山がドン!と置かれる。揚げたてアツアツ、立ち上る湯気が既にうまい、そんな料理だ。


「どんどん食え!」

「はい!」


 えー、その向こうに皿が五、六枚見えるんですが。どれも色々てんこ盛りで。


 俺、食い過ぎて死ぬかも……


 並べられた料理を口に運び、会話に相づちを打ちながら辺りを見回す。隣のテーブルにさっきよりも大きな肉の塊がドン!と置かれた。直後、肉が消失した。残ったのは皿と骨とわずかばかりのソースだけ。えーと……と思ってみていると追加の皿がドン!と置かれ、またしても肉が消失した。

 うん、目の錯覚だろう、と反対側を見る。そちらも同じように大きな皿が置かれた。パスタのようなものが山盛りになっていた。そう「いた」だ。置かれた瞬間、皿の上から消えたのだ。


「目の錯覚……だよな?」

「ん、ああアレか」

「さすがガス」

「アラン兄弟も負けてねえな」

「まさか三人揃っている日とは、支部長も運がない」


 この街では有名な大食い冒険者らしいが……大食いというレベルを超えているような気がする。そして、どういうわけかその三人、ライバル意識でもあるのか、互いをチラチラ見ながら大盛りの料理を片付けている。決して負けられない戦いがそこにあった。

 別のテーブルでは樽から直接飲んでいる者がいる。おいおい大丈夫か?と思ったら、空っぽになったらしいく、樽がゴロンと床に転がる。飲んでいたのは、これまた樽とそれほど変わらない体型のヒゲの男。もしかしてドワーフか?


「程々にしとけ!いくらなんでモガガ」

「支部長、男が一度宣言しちまったんだ、あきらめな」

「モガ……うるせえ!」


 支部長も大暴れだ。大男達が四人がかりで押さえ込んでいるが、押さえるのがやっとという感じ。すげーな支部長。あ、三人振りほどいたら新たに五人が組み付いた。


「ほらほら新入り、手が止まってるぞ」

「どんどん食え!食わないと大きくなれねえぞ!」


 皿がまだ空いてないのに追加されていく。体のサイズを考えてくれ!という心からの叫び声は喧噪にかき消された。


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