旅立ち
エリスが魔法を使うコツを掴んだので、支部長からの連絡があるまでは練習に明け暮れる日々となった。
何故魔法を?とエリスが疑問を口にしたが、エリスが全力を出しやすいようにするために必要だと答えた。そして、エリスが全力を出せるとリョータがとても助かると言ったらやる気になってくれた。
なんだかすごく好かれているというか、すごく依存されてるような気がするが……一時の気の迷い、吊り橋効果だよな?もちろん、本心から好かれているのなら大歓迎なのだが。
魔法の練習をしながら、ホーンラビットが近づいてきていたら狩る、そんなことを繰り返し……
「なんとか話が付いた」
「ありがとうございます」
「どうだ……約束よりも一日早く済ませたぞ?」
「……定期馬車、四日後です」
「それを言うなよ」
「冗談ですよ」
だが、出発の目処が付いたのならと、早速準備に取りかかる。定期馬車の予約、用意し忘れた物が無いかの確認、そしてエリスの特訓。
そして、出発の日を迎える。
リョータさんとエリスちゃんがヘルメスを旅立つ日、事前に情報を仕入れていた私はシフトを調整し、見送りに来ています。
ラウアールまでの定期馬車は七日ごとに運行していて、それほど料金は高くないのですが、そもそも利用客が少なく、今日の便もリョータさん達の他は四名のみ。二十人乗りという大型の馬車はその空きスペースに大量の荷物を積み込んでいます。途中立ち寄る村に運ぶ荷物ですが、降ろしてもすぐに他の荷物を積み込むので、ラウアールまでほとんど荷物の量は変わらないのだとか。
要するにいつもと変わらない定期馬車の出発風景なのですが、今日はいつもと違うことがあり、御者が困惑気味にこちらに訊ねてきます。
「あの……護衛が多すぎませんか?」
「……」
「護衛の料金、いつもと同じ分しかお支払いできませんが……」
「問題ありません」
「それなら良いのですが」
どう答えて良いかわからなくなった支部長に代わり私が答えます。
通常、定期馬車の護衛は三~四名の冒険者が請け負います……ここ半年ほどは厄介な盗賊がいたために五名で請けていましたけど。
しかし、今回はなんと八名です。しかもBランクも三名。明らかに過剰ですが、リョータさん達が乗ると聞いて、手の空いた冒険者……いえ、空いていない者も名乗りを上げ、どうにか調整して八名に減らしたのです。調整という名の乱闘だったみたいですけど。
「じゃ、リョータ、頑張ってな」
「はい」
「困ったことがあったら、いつでも戻ってきてくださいね」
「ケイトさん、ありがとうございます」
ああ……この笑顔がしばらくの間見られないなんて……私も着いていこうかしら。ダメダメ、リョータさんの負担になってしまいますから。
でもなあ、ここ数日のエリスちゃんの様子を見ると……うう、かなり親密度が増してる感じがする。やっぱり多少無理をしてでも既成事実を作っておけばよかった!戻ってくるまでの間にアレコレしちゃっていたら……ああ、イヤな想像が止まらない!
馬に乗った八名が馬車の周囲に集まってくる。
「リョータ、俺たちが護衛に付くぜ」
「ラウアールまでちゃんと送り届けてやるからな」
「はい」
「ついでにラウアールの街も少しだが案内してやるぜ」
「ありがとうございます」
そんな話をしながら馬車に乗り込む。半分くらいが荷室になっている状態の中で適当な席に座ると、いよいよ出発だ。
ラウアールまでは馬車で七日かかる。徒歩で行くと十日ほどだ。旅慣れている冒険者の多くが自分の足で歩くか、馬を用意するかして移動するのだが、リョータは定期馬車を使うことにした。
ぶっちゃけ、道中の宿の手配の仕方がわからなかったからである。
今回を機に、覚えてしまえばあとは自分の足で移動すれば良い。そう考えての選択だった。
街道はほどよく整備されており、馬車もいろいろな工夫がされているのか、あまり大きく揺れたりせず、快適そのものだった。ラウアールに着くまでに数回、護衛の冒険者が狼を追い払った他は、戦闘と呼べるような物も無い。だいたいいつもこんなモンだ、というのが護衛の冒険者達の言である。
定期馬車は夕方になると村に入り、一泊する。基本的に野営はしない。そもそも馬車で一日かけて移動するくらいの間隔で村が造られているのだから、襲われるかも知れないなんて危険を冒して野営をする意味は無い。
平和な旅であるが、リョータにとっては貴重な時間にもなる。護衛の冒険者達は誰かが必ず馬車の横に着くので、窓越しにいろいろな話を聞かせてもらった。護衛のこと、自分の足で移動する時のこと、野営のこと……現役のベテラン冒険者の知識は豊富だが、直接話を聞ける機会は限られている。話を聞きながら、今後のために必要になる物を、用意するべき物リストに追加していく。
旅は順調に進み、予定通り七日目の昼を過ぎた頃、ラウアールの街壁が見えてきた。
「おお……」
「大きいね~」
王都と言うだけあって人口はおよそ十万人。ヘルメスのおよそ十倍だ。
定期馬車用の通路を通り、街に入るための通行料を支払って、ラウアールの街に入った。
「よし、リョータ。簡単だが案内するぜ」
「お願いします」
案内すると言っても、ヘルメスの十倍の広さ。冒険者ギルドと各種道具や装備の店に、地元でも人気の食堂と冒険者向けのお薦めの宿を教えてもらうに留めた。それ以上は一日ではとても終わらない。
「さてと……ここでお別れだな」
「はい、ありがとうございました」
「頑張れよ」
「エリスちゃん、リョータに愛想尽かしたらいつでも戻っておいで」
「え?え?」
「コラ、からかうなよ」
「はは」
共に冒険者ギルドに入るが、彼らは護衛の依頼達成報告、リョータ達は……別件である。
「あの、Dランク冒険者のリョータです。この依頼のために来ました」
受付嬢に依頼票を差し出す。ガイアスが自ら依頼を出した依頼票だ。
「こちらは……はい、わかりました。あちらでお待ちください」
「はい」
少し離れた壁際の椅子にエリスと並んで腰掛けてしばらく待つ間、冒険者ギルドの中を見回す。ヘルメスよりも規模が大きいのかと思ったが、建物の大きさはそれほど違わない。だが、一階が全部受付カウンターになっているし、ギルドの定番施設、酒場は二階にあり、夕方近いこの時間は既に結構賑わっているようだ。そして、ラウアールのギルドには宿泊施設はない。その代わりにそこら中に冒険者向けの宿が多く並んでいる。人気の宿はすぐに埋まってしまうと言う。ここでの用事が何日かかるかわからないので、とりあえず五日間泊まることにして宿を決め、チェックインも済ませている。なお、一人部屋二つにしようとしたらエリスが嫌がったので、二人部屋である。道中の村でもそうだった。
「リョータさん、お待たせしました」
「はい」
呼ばれて案内されるままに奥へ進み、ギルドマスターの部屋の前に。受付嬢のノックの後、共に部屋の中へ入る。
書類が山積みの執務用の机と背表紙に何も書いていなくて内容がよくわかる物だと感心したくなるようなファイルがぎっしり詰まった本棚に、応接セット。ヘルメスのギルドマスター部屋よりもやや広いそこには、一人の女性が待っていた。
年齢は……女性の年齢に触れるのは避けたいが、おそらく四十代後半から五十代か。銀髪に褐色の肌、キリッとした目つきが印象的な、ややきつい感じの美女。ビシッとスーツのような服を着ているが、グラビアモデル並みのプロポーションをしており、どういうわけかエリスが「むー」と対抗心を燃やしている。いや、意味がわからんからやめてくれ。
「私がラウアール王国冒険者ギルドのギルドマスター、シェリル・イエーガーだ。ガイアスから話は聞いている。よく来てくれた」
そう言って、リョータ達に着席を促した。




