今度こそ本当に初心者研修おしまい
「えいっ!」
さすがにここまで来ると慣れてきて、ホーンラビットに二、三回斬りかかるだけで倒せるようになってきている。だが、一羽倒すたびに解体するので、手間がかかるという点に気付けていない。まあ、これは仕方ない。まとめて解体という方法は思いつかないだろうし。
空を見上げる。だいぶ日が傾いてきた。今ので九羽目。残り一羽。なんとか間に合いそうだ。
リョータがニンジンの絞り汁でおびき寄せたのと違い、エリスは自分で見つけ出し、一気に距離を詰めていきなり襲いかかるという方法でホーンラビットを狩っている。索敵にかかる時間はほとんどゼロと言っていいほどだが、見つけた場所によっては結構な距離を全力で走っていくので、かなり体力を消耗する。実際、午後に入ってからはずっと肩で息をしている。
あまりにもひどいようならストップをかけようと思っていたが、今のところ足取りも問題なく、解体している手元もしっかりしているので、そのままにしている。
「これで……九……ですよね?」
「うん……あと一羽」
「はい!」
解体したホーンラビットを袋に詰めると、立ち上がり、周囲を見回す。と、すぐに一点を見つめる。見つけたようだ。
「こっちです!」
だが……
「ダメだ!」
「え?でも?」
「そっちはダメ!戻るんだ!」
「……はい」
エリスが駆け出そうとした方向は危険だ。ホーンラビットしか出ない場所ではあるが、一度に何羽も出てくる場所。おそらくエリスでは対処しきれなくなる。そう言う場所があるということは今までにも説明してきたが、それこそ何カ所もあるので、近づく都度教えるしかない。今回、エリスが行こうとした場所もそんな場所の一つだ。
きちんと理由を説明する。大勢でホーンラビットを狩っているというのならともかく、今は二人しかいないのだから、危険は回避すべきだと。
「わかりました!」
「うん、エリスは偉いな」
「えへへ」
……頭を撫でてやる。わ、尻尾がパタパタと揺れてる。くっそ、何だよこの可愛い生き物は!
「えーと……じゃ、こっちはどうでしょう?」
「こっち?いいよ」
「行きます!」
すごい勢いで駆けていき、はるか遠くで戦いが始まった。あんなに遠くてもわかるのか。獣人おそるべし。
目標の十羽を狩り、二人並んで街まで歩く。無言で歩くなんて出来ないので、これからのことを話しておく。
まず、今日の成果は問題なし。初心者研修はこれで終了し、エリスはEランクへ昇格。街を出るには問題ない状態となるだろう。
だが、その前にいくつも準備が必要になる。今のところ、路銀は充分にあるが、リョータもエリスも旅をするための準備は何も出来ていない。何が必要になるのか色々と確認して用意しよう。
そして、ここでは話せないが、もう一つ。エリスに工房のことを話し、連れて行く。そして、ある程度エリスの装備を調える。何しろ目的地が大陸の東側と言う曖昧さに加え、何日、何ヶ月、ひょっとしたら何年かかるかの見当も付かないのだから、リョータの手持ちで足りる保証はどこにもない。途中で稼いでいくためにもエリスもリョータ並みのチート装備にした方が良いだろう。どうせ材料費はタダ同然だし。
ギルドに戻り、結果を伝えると、エリスの初心者研修は終了。無事にEランクへ昇格となり、その場にいた冒険者達が集まり、お祝いの宴会となった。たくさんの冒険者に次々と「ほら飲んで」「これも食べて」と囲まれている様子を見て、リョータが最初に来た街がここで良かった、エリスを見つけることが出来て良かった、と改めて思う。端から見ると餌付けにしか見えないんだが。
そして、彼らにあまり深い事情を説明せずにこの街を発つことに少しばかりの罪悪感のような物を感じていた。事情を聞けば、彼らも色々と協力してくれるだろう。だが、秘密を知る者が増えれば増えるほど、どこで誰が聞きつけて、どういうことをしてくるかわからない。皆いい人達ばかりで、信用できるだけに心苦しい。
だが、いつか……そう、いつか必ず戻ってきて、もう一度心の底から笑い合いながらこうして飲んで食べて騒ぎたい。その時のために、今は何も語らずにいよう。
翌日、ガイアスに呼ばれて正式にEランク昇格となった冒険者証がエリスに渡された。そして今後についての相談だ。
「リョータ、東へどうやって行くかについては俺からは何もアドバイスできる物は無い。何しろ俺も行ったことが無いし、国境を三つ以上越えた冒険者というのもそれほどいないからな。こうした方が良い、というアドバイスは出来ないんだ。すまない」
「いえ、謝られても困ります。まあ、なんとか頑張ります」
「だが、さすがに何も無しってのは俺としてもなんかこう、プライドが許さない部分があってな……」
「はは……」
「とりあえず、と言うと変な話だが、まずは王都ラウアールへ向かえ」
「へ?」
「もう少し時間がかかるが、あっちのギルドマスターが……王都の資料室の閲覧が出来ないか手配をかけている」
「王都の資料室?!」
「本来ならあそこの資料を一般の、それも冒険者が調べるなんて出来ないんだが……なんとか出来ないか交渉中だ」
「そ……それは……」
「だからまずは王都へ行け」
「わかりました」
「だが、色々と準備がある。ヘルメスもラウアールも。だから五日、五日だけ待ってくれ」
「まあ、元々旅に出る準備に何日かかける予定だったので構いませんよ」
「そうか」
「それに、そこまで手を尽くしてくれるんなら、五日だって十日だって待ちますよ」
「よし、そうと決まれば俺も忙しくなるな!」
「無理はしないでくださいね」
「ああ、大丈夫だ。色々と手は考えているからな」
色々……なんだかイヤな予感がするが……
「とりあえず、うまく行けばもっと早く片が付くかも知れないから、毎日夕方に受付に顔を出してくれ。ケイトに言えばわかるようにしておく」
「はい!お願いします!」
王都の資料室か。期待しすぎるとガッカリ感が大きくなりそうだから程々にしておくが、少しでも良い情報があることを期待しつつ、エリスと共に街へ繰り出した。今日はとりあえず旅支度その一、買い物だ。
旅支度と行ってもそれほど大層な物は無い。とりあえず王都までは定期馬車で行く予定なので野営の準備もいらない。だが、着替えなんかは追加で用意しておかなければならないし、馬車で移動中の食事――主に昼食だ――の準備として、食器類を用意しておくようにと言う話を聞いていたから、そのあたりを中心にあとは何が必要になるか……考える必要は無い。よく知っていそうな人に聞けばいいのだ。
「なるほど、旅支度か……それなら……」
店長が率先して接客とか、この店は暇なんだろうか。
「だいたいの奴らがウチの店ではこの辺を買っていく。あと買い込むものとしては……」
ご丁寧に、この店では揃わない物の買い物メモを作ってくれた。これは助かるな。でも、サービスが良すぎるんじゃないか?もらえる物はもらっておくけどさ。
さて何があるのだろうかとメモを見ると……服か。どこに行けばいいのかは見当が付く。さすがにこっちに来た時にもらった服は着潰しているのでどこに行けばいいのかはわかる。結構丈夫な素材の服が売られており、男女問わずほとんどの冒険者はそこで買っている。だが……
「下着か……」
さすがにこれは他の店で買うのだが……女性物となるとどこに店があるのかわからない。こういうときはどうするかというと……
「ケイトさん、相談が」
「何でしょうか?」
必殺、知っている人に丸投げである。




