或ル職員ノ憂鬱、或いハ心配事
多くの冒険者達が戻ってくる時間帯になる前に、リョータさんとエリスちゃんが戻ってきました。多分今日はホーンラビット狩りを教える予定だったと思うんですけど、出掛けるのが少し遅かったからとりあえず一羽狩った程度かしら?って、エリスちゃんの方が血まみれ?!
「ちょっと、エリスちゃん!大丈夫なの?」
「はい?」
どこか怪我でもしたのかと思って心配して思わず大きな声が出てしまいました。
「あー、ケイトさん、これ……全部ホーンラビットの返り血です」
「え?そうなの?」
「ええ……」
「エリスちゃん、怪我はないの?」
「え?はい。どこも痛いところはないです」
ホーンラビットの返り血ねぇ……と思ったら、そのエリス当人が「これを」とカウンターの上に乗せたものは……血まみれで、毛皮が細切れになったようなホーンラビット。
うーん、解体自体は手際よくやってあるみたいだけど、これはまたなかなか……
「はあ……びっくりしました」
「一応、横で見ていたので」
「それでも……ねえ」
一流の冒険者ともなると、魔物の返り血を浴びずに戦うように心がけると聞きます。魔物によっては血に毒が含まれていることもあるし、血の臭いは他の魔物を呼び寄せることもあるから。ホーンラビットも例外ではなく、場所によってはその血の臭いで他の魔物を呼び寄せて大変なことになることもありますからね。まあ、その辺はちゃんとリョータさんが教えていくでしょうから大丈夫だと思いますが。
「では、買い取りが小銀貨一枚です。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
初報酬だと少し大きな声で告げると、周りにいた冒険者達の大きな拍手が。エリスちゃんはあちこちを向いて「ありがとうございます」とぴょこぴょこお辞儀をしています。うーん、動作一つ一つが可愛らしい。全身血まみれですけど。
二人にちょっと待つように伝えて奥へ入り、暇そうにしていた同僚に受付業務を頼み、少しばかりの荷物を手にカウンターの外へ。
「さて、行きましょうか」
「はい?……どこへ?」
「決まってるでしょ、お風呂よ」
「お風呂?」
「その血まみれのまま過ごすつもり?」
「ケイトさん、受付の仕事……」
「二人の面倒を見るのは支部長命令なのよ」
そう言って、二人の背中を押しながら外へ出ます。
そして、公衆浴場へ歩きながら小声でリョータさんに支部長からの指示を伝えます。
「念のため、奴隷紋を隠してお風呂に入れるか確認しておきます。今後のためにも」
「あ、そういうこと……」
エリスちゃんの奴隷紋は服で隠れる位置にあるので、普段出歩くぶんにはわかりませんが、公衆浴場なんかでは気をつけないといけませんからね。衛兵隊長の妹さん達や奴隷商人からも詳細が聞けていないですし、契約の時はリョータさんは後ろを向いていたらしいので、支部長からできるだけ早く確認しておくように言われていました。ちょうどいい機会なので確認しておきましょう。
「じゃ、私たちはこっちへ」
「はい。お願いします」
「え?え?」
公衆浴場は男女別です。残念ながらリョータさんとはここでお別れ。エリスちゃんを引っ張って……
「リョータ、リョータぁ」
「……」
「ふえええ……」
「ケイトさん、説明をお願いしますね」
「お任せを!」
とりあえずエリスちゃんには「こういう所では男女別々になるのです」と教えました。まあ、小さな村なんかでは男女一緒が普通という所もあるらしいので、エリスちゃんの反応は仕方ないことですけど。……私だって、機会があればリョータさんと一緒に入って既成事……っと、それは今は横に置いておきましょう。
まずはエリスちゃんに公衆浴場の入り方を教えます。お金を払い、服を脱いで……着替えその他の入浴用品諸々はギルドからの持ち出しです。支部長曰く、「このくらいは必要経費」だそうですが、多分経費で落ちないので支部長の給料から天引きでしょうね。
一通り説明を終えたところで、脱衣所の隅で服を脱がせて、エリスちゃんをチェック。
何このわがままボディ。
村での生活は肉体労働が多かったせいでしょうか、全体的に引き締まっています。でも、出るべきところがきちんと、いえ平均以上に出ています。私の女子力スカウターが敗北を告げています。特にお腹周り。デスクワークだとなかなか落ちないんですよ、うう……
さて、肝心の奴隷紋はと言うと、お腹のやや右側、肋骨の下辺りに直径五センチほどの大きさで、見る人が見ればちょっとあまり見かけない形の奴隷紋だとわかります。きちんと『リョータ』と書かれているのがわかります。はい、なんかもうアレです。絆的な物を感じてしまいました。二敗目です。
「エリスちゃん、これ、わかる?」
「これ……はい」
とりあえず、紋を隠しながら浴場へ入り、隅の方で体を洗いながら、支部長から言われたことを説明していきます。
この紋は事情をよく知る人たち以外には見せてはいけないこと。だから、こう言う場所では必ず隠すこと。自分が奴隷であることは進んで話す必要は無いこと。
キョトンとして聞いていますが、利口な子ですからちゃんと理解しているはずです。そう、最後に「これを守らないと、リョータと別れて暮らすことになりますからね」と付け加えると「はい、わかりました!」ととても気持ちのいい返事が返ってきました。大丈夫ですね。
湯舟につかりながら今日のことを話してもらいました。うーん、やっぱりホーンラビット狩りは大変みたいでちょっと自信なさそうな感じです。
「大丈夫よ」
「そうでしょうか……」
「リョータさんが付いてます。色々と教えてくれますからね」
「リョータ……うん、頑張ります!」
アレ?ちょっと待って……この子……リョータって呼び捨て?え?ちょっとどういうこと?!えええ?
まさかの三連敗。どうやって挽回しましょう……
お風呂から上がり、尻尾を乾かすのにバタバタ振らないように言い聞かせながら服を着て外へ。既にリョータさんが待ってました。
「うう……リョータぁ」
エリスちゃんがひし、とリョータさんに抱きついて……うう、あの無邪気さが欲しい。うわー絶対あれ当ててるわ。
エリス……恐ろしい子!
「エリス、ここはそう言う場所だから我慢して」
「でも、でも……」
よしよし、と頭を撫でてます。うらやまし……じゃない、ちょっとこれはマズいですね。あんな事があったせいでしょうけど、少し情緒不安定気味かな。早めに何とかしないと。その辺、あとで相談しないといけませんね。出来ればリョータさんと二人きりで……無理か。
「で、どうでした?」
「ああ、そうですね。あのくらいなら、なんとか隠せますね。その辺もきっちり話しておいたからもう一人でも大丈夫だと思いますけど……違う意味で無理みたいですね……」
「はは……」
この辺です、と場所を伝えるのも忘れません。仕事ですからね。でも、エリスちゃんが服をたくし上げて見せようとするので二人がかりで止めさせました。せめて人のいないところで、いえ二人きりならいいとかそう言う意味じゃないですよ?
……敗北カウンターがドンドン上がっていきます。どうしましょうか。
ギルドに戻ると、二人はそのまま酒場の方へ。荷物の中からロープを取りだしてますから、結び方の勉強でしょう。
私の方は、色々と支部長へ報告に。
リョータさんがここに来た時のことはもちろん今でもよく覚えています。時々夢に見るくらいに……さらにその続きの展開は出来れば正夢にしたい内容ですが、それはこれからの努力次第です。
どこか不安げで、でもしっかりとした教育を受けているようで、礼儀正しい少年。それが最初の印象でした。それが、初心者研修で一気に伸びて将来有望だ、となりました。が、私は最初から目を付けていましたから!リョータさんの買い取りは全て私が担当できるように微妙にシフトを調整し、少しずつですがスキンシップを増やし……ええ、狙ってますとも!
そろそろ私も親に顔を見せる度に「結婚はまだか?」と言われるように……最近は諦めたのか言われなくなりつつあります、はい。だからこそ!これはかなりギリギリのチャンスなんです!年の差?私は全然気にしません!あんないい子、他の誰にも渡しません!
と思ってたんですけどねえ……エリスちゃん、強敵だわ。それに、素直でやさしいいい子だから応援したくなってしまうというこのやるせなさ。
はあ……諦めるしかないのかしら。
いいえ、まだよ!
支部長への報告を終えて受付に戻り、書類作業をしていると、リョータさんから呼ばれました。夕食も終えたようですね……エリスちゃんを囲んでちょっとした歓迎会のような事をしていたみたいです。
「リョータさん、どうされました?」
「その……エリスなんですけど」
「はい」
「ロープの結び方、全部知ってました」
「ああ……」
別に冒険者だけの結び方ではないですからね。農村では生活の一部だったはずですから。
「それじゃあ後は?」
「明日、ホーンラビット狩りと薬草採取してきます」
「わかりました。あ、そうそう」
「何でしょう?」
「部屋の鍵、こちらです」
同僚が手渡してきた鍵を渡す。
「ん?いつもの部屋じゃなくて?」
「ええ……だって、二人部……屋」
「「え?」」
思わず、用意してくれた同僚をキッと睨んでしまいました。
「え、だって支部長がこれでって……」
「ああ……」
同僚がアタフタしてます。ゴメンね、怖い顔しちゃって。
支部長曰く「まだ子供だから大丈夫だろ」
大丈夫じゃありません!何かこう……間違いがあった……ら……
二人して二階へ上がっていきました。
えと……あの……うーんと……その……だ、大丈夫ですよね?!
何もないですよね?私、信じてますからね?!
ギルド受付ケイト視点……誰得




