Sランク冒険者は残念なのです!
次に気づいたのは、エリスが「そろそろ休憩して昼食に」と荷車を止めたところだった。二、三時間ほどの記憶がすっぽり抜け落ちている。
「大丈夫ですか、リョータさん?」
「……多分、大丈夫」
隣に座っているユーフィがうれしそうに手を差し伸べてきたので、思わずその手を取りそうになったが、一瞬早く我に返り、自力で荷車を降りた。ユーフィが頬を膨らませていたが、見なかったことにしておく。
定期馬車も止まるような休憩所となっている広場の隅で火をおこしてスープを作って肉を温め、パンを添えるいつも通りの昼食。ただし、どういうわけかエリスの距離が近い。
だいたい三人で等間隔にたき火を囲んでいたのが四人になるだけなので、そのままちょっと間隔が詰められるのかと思っていたら、エリスがすぐ隣に座った。
「リョータ、大丈夫?」
「え?」
「ずっと、ボーッとしてたから」
「ん……だ、大丈夫。うん、何でも無いよ」
「そう?」
なんか今日は妙に距離が近いというか、ユーフィに向ける圧がすごいというか。まあ、理由はだいたいわかる。
わかるんだけど、口にしてはいけない、多分。
そして、それはそれとして、今後のユーフィさんとの距離の取り方は考えなければならない、絶対に。
午後からはユーフィさんも荷車を走らせてみたいというので、やらせることにした。ここで「ダメ」というと「どうしてダメなんですか?」と除け者にされたとすねてややこしいことになるか、「私のこと、特別に大切にしたいと思われてるんですね」と斜め上から錐揉み降下していきそうなので。もちろんその辺はエリスたちにもこっそり伝えておいた。
「はあ……なんか、めんどくさい人」
「これで使えない人だったら追い出しやすいんですが」
「そうなんだよな」
ユーフィが何年冒険者をしていたのかは聞かない、というか聞くのが怖いのだが、その経験は確実に役に立つものだろう。
大陸東部の地理にも明るく、河の氾濫についてもリョータたちが今までに聞いた情報よりももっと、現場で見聞きした経験からいろいろなアドバイスがもらえるだろう。そして長年培ってきた人脈という情報網。
Sランク冒険者という実力的なものを抜きにしても、一緒に行動してもらえるのはありがたい。
リョータに対する、謎の執念によるアプローチさえなければ。
とりあえず考え方を変えることにした。
当初は河が氾濫している期間でも通れるルートという情報を重視していたが、こうして高速走行する荷車ができた今、ユーフィと行動を共にする必要性は下がった。というかいると邪魔、いない方がいいとも思う。だが、それを口に出すと修羅場が始まってしまうと、リョータの人生経験が警鐘を鳴らしている。何しろ相手は前世で死んだときよりも年上。口で勝てるわけも無ければ権謀術数でも出し抜かれるだろう。ならば、もっと強い力を頼ればいいのだ。
そう考えてエリスとポーレットにこっそり「こうするから」と伝え、表面上にこやかにユーフィに接することにする。
急に態度を変えたというか、距離を詰めても嫌がる様子のなくなったリョータを見てユーフィは怪しむどころか「やはり時間ね。時間をかけてゆっくりとアプローチすれば、少しずつ心の距離は縮まるのよ」と、自分の作戦が首尾よく進んでいると自画自賛。このまま行けば「そろそろ、結婚式の日取りを決めようか」なんて話が出るのも時間の問題だ。
「なんてことを思ってるんだろうなぁ」
「でしょうねぇ」
ユーフィにも荷車の運転をさせてやろうとなり、鼻歌交じりに走らせているのを見ながらこの先のことを何度も頭の中で復習する。
明後日には到着する王都サールス。それとなくユーフィから聞き出したところによると、サールスの冒険者ギルドのギルドマスターは元Aランク冒険者で、冒険者としても人生としてもユーフィの先輩だそうだ。もっとも冒険者ランクとしてはユーフィの方が上なので、現役冒険者の頃はアゴで使って下っ端扱いしていたらしい。
「全く生意気な奴なのよ」
「生意気?」
「そうよ。ほんの少し、二年くらい先に生まれて二年くらい先に冒険者になっただけで先輩風吹かせてるんだし」
「はあ」
「さらに何度も私に「付き合ってくれ」って言ってきておきながら」
「おきながら……」
「ちょーっと断っただけで」
「断ったんですか」
「そりゃそうよ。私よりも弱くて使えない男なんて、こっちから願い下げよ、って」
「はは……」
「なのにさ」
「……」
「あの野郎!どこで見つけたのか!かわいい子をつかまえて!結婚したのよ!たった一年後に!それも私よりも年下の子よ!どう思う?ねえ、どう思う?私、かわいそうじゃない?」
自業自得です、と言いたかった。あとその当時のギルドマスターとやらに言いたい。もう少し押しておけと。そうすれば、今の自分のようなかわいそうな被害者は生まれなかったのにと。
しかし、これだけの情報があれば、きっと動かせる。
王都に辿り着く少し手前で街道脇に入り、工房への転移魔方陣を作って荷車を工房へ。今までに何度もやってきたので手際がよくなったと思う一方で、ユーフィが転移魔方陣に興味津々だ。
「うーん……どうしてこれで転移できるのよ」
「どうしてって言われても」
イメージです。
「魔方陣を描いているインクの材質も謎なのよね……リョータさんのオリジナル?」
「え、ええ。はい」
実際にはアレックス・ギルターの魔導書は数冊隠してある。インクやらラビットソードの作り方やらは教えない方がいいだろうという判断で。
「さて、いよいよサールスだ」
「いちいち街に寄らなくてもいいんじゃない?」
「ユーフィさん、旅の途中の食事の質が落ちますよ?」
「う……それはちょっと」
「でしょう?」
恐らくギルドマスターとはあまり会いたくないのだろうが、「食事の質」が落ちるのは避けたいらしい。街道沿いを進んでいく場合、大抵は徒歩で一日の距離に村があるので、それなりのものは食べられるのが普通。だが、ごくまれにその村独自の郷土料理っぽい奴に酷い味のものがあったりとか、宿の主人夫婦がどういうわけか料理の腕が壊滅的とか、そういうことに当たったりすると目も当てられない。また、昼食もだいたい街で買っておいた保存食ベースになることが多く、そういう場合には味より量となることが多い。
リョータたちの旅の場合、工房の保管庫に生鮮食品を保管しておけるし、転移魔方陣はどこにでも設置できるので、食事の質はかなり高いのである。そして人は、一度あげた生活の質はなかなか落とせないのだ。
「さ、街へ行って食料調達です」
「うん……」
「ついでに色々情報を」
「情報なら私が!」
「……地理的情報は詳しくても、最近の情報は冒険者ギルドで集めてくれてますから」
「ぐ……」
「ノイエルでお伝えしている以上の情報は無いですね」
「そうですか」
「それはそうと、そちらにいらっしゃるのはSランク冒険者のユーフィさんでは?」
「……人違いだと思います」
「そんなこと無いと思いますよ。あの、お願いが」
「か、簡単なことなら」
「握手してください!まさか私のシフトの時にお会いできるなんて!光栄です!」
「あ……あはははは……」
Sランク冒険者はどの国にも一人、というわけではない。常に冒険者と接している職員ですら、会うことなく定年を迎えることなんて珍しくはないので、こういう「憧れ」的な扱いを受けることはよくあること。ユーフィはぎこちないながらもそっと手を差し出した。
ガチャン!
明らかに握手ではしないはずの音がした。




