Sランク冒険者は執念深いのです!
うん、俺もそんな話は聞いても仕方ないと思う。思うけど、「その話は置いといて」なんて話をしようものなら……うん、ここは黙って成り行きを見守ることにしよう。
「エリス、ポーレット。とりあえず色々確認しておくから、二人は買い出しを」
「わかりました」
「まかせて!」
二人とも逃げるように出て行った。
不毛な言い争いは……三十分ほど続いたと思う。その場で待っているのが馬鹿らしくなってきて、隣の受付嬢に話を聞いて、そのあとは併設されている食堂で飲み物を頼んでのんびり飲み終えても終わってなかった。
その内容の不毛さは……こういうキャットファイト的なものを「いいぞ、もっとやれ」とはやし立てるのが好きな冒険者たちが「アレは近づいちゃダメだ」「関わったら不幸になるぞ」と逃げていくほど。
そう、言い争いが終わった頃には、客はおろか、厨房からも人が消えていた。なお、言い争いが終わった理由は……二人とも息が上がったから。実にどうでもいいな、うん。
「ふう……リョータさん、なんとか論破しましたよ!」
「何をどう論破して勝ち誇ってるんですかね……」
「私は負けてませんからね!」
「何ですって?!」
第二ラウンド開始のゴングを鳴らしてしまったようだ。
これはもう放っておいて、さらに言うなら宿は別で取ることにしてエリスたちと合流しようと立とうとしたところ、受付の後ろのドアがバン!と開いた。
「さっきからうるせえぞ!」
「うるさいのはそっちよ!」
「何だと?!……って、貴様!ユーフィか!」
「そうよ!だったら何なのよ!」
「チッ、まだ現役のままかよ」
「あら、誰かさんと違って、若いものですから」
「どこがだよ年「何ですってえ?!」
第二ラウンドに乱入者が表れてしまったようだ。
これはさらに時間がかかるだろう。ちょうどいい、ここで分かれてしまえばまた三人の旅に戻れるな。氾濫した河を渡る裏技は気になるが、急いで行けばいいんだからいいよな。ここでユーフィさんはおいていこう。
そーっと、ヒートアップしている三人に気づかれないよう、気配を殺して冒険者ギルドノイエル支部を出て、それでもしばらく気配を消しながら歩く。
音をさせたりしたらダメだぞ。
リョータがこっそり抜け出したことにエリスはすぐに気づき、ギルドを出て五分も歩かないうちに三人は合流した。
「買い出しは?」
「あと少しなので買ってきます」
「宿は?」
「とってあります」
至れり尽くせりだね、とリョータは少しだけ涙ぐんだ。
何だろう、あの殺伐とした冒険者ギルドの中は。あれに比べたら、この二人はもう、月とスッポン。っと、スッポンはこの世界にはいないらしいからなんと言えばいい?まあ、いいか。とにかくよくできた仲間だ。
宿の部屋で荷ほどきをしていたら買い出しを終えたポーレットも戻ってきたので、荷物の整理にかかる。この先しばらくは急ぐ旅。明日は朝イチで街を出よう。
「そう言えば、河の氾濫はどうでした?」
「今のところは予想通り。今年は早いみたいだ」
「じゃあ、急ぐのは確定ですね」
「うん」
そして、二人が買い物がてら世間話をして集めてきた情報も聞いておく。今のところこの先の道でかけ崩れがあって通れないとか、盗賊が出るといった情報は無し。順調にいけば数日でこの国を抜けられそうだ。
「それにしても……ユーフィさんって、こんなところまで名前が知られてたんですね」
「まあ、東部中心に活動していた人らしいからな」
「ひどい言い争いでした」
「うん……って、全部聞いてたの?」
「え?はい」
相変わらずすごい聴力だと思うが、街中の声が聞こえていたりするのだろうか。聞いてみたい気がするけど「そうだ」という答えが返ってきたら……やめておこう。
「だいたい歳の話なんて……気にするほどのものですか?」
アラサーとかアラフォーをとっくに通り越しているというか、寿命の長さが人間とは違うというのが意識レベルに作用しているようで、ポーレットはさらっと言う。
数百年どころか千年単位の寿命があるというエルフ。そんなエルフとのハーフである彼女はおそらく数百年生きる。そんな彼女にとって、三十過ぎただの五十間近だのといった話題は「なんで気にすることなのか?」というレベル。
そういえば地球でも非公認ではあるが、自称百五十歳を超えているという人が「そろそろ死にたい」とぼやいていたって話があったな。人間の精神はせいぜい百年と少しが限度で、それ以上は生きていたくなくなるんじゃないかって話だ。
それを悠々通り越していくのだからエルフというのはすごいなと思う。まあ、この世界のエルフはファンタジーに喧嘩売ってるような連中ばかりだったが。
翌日、早々に宿を引き払い、露店で適当に朝食を買って食べ歩きながら門を目指し、外に出たら、転移魔方陣へ向かう。そして工房から荷車を持ってきて……
「ああ、おはようございます」
「え゛……」
「リョータさん、挨拶は人間関係の基本ですよ」
「そうですね……おはようございます」
転移魔方陣のすぐ脇に張られたテントから這い出してきたのは髪もボサボサでちょっとお疲れ気味のユーフィだった。
「なんでこんなところに?」
「ここにいれば絶対に三人が来ると思ってましたから」
「そうじゃなくて」
「少しお待ちくださいね。仕度しちゃいますので」
そう言ってテントの中に入り、すぐに顔だけひょいと出した。
「置いてかないでくださいね」
「……はい」
そう答えつつも、リョータはエリスとポーレットに目配せをする。なんとか隙を突いて引き離そう、と。そして二人が静かにうなずき、ポーレットが転移魔方陣に乗り、エリスはそっと街道の方へ向かおうとする。と、またユーフィが顔を出し、エリスがピタッと足を止める。
「これから着替えますので、少しお待ちくださいね」
「……はい」
まあいい、少々強引でもさっさとこの場を離れてしまおうと、リョータも転移魔方陣に乗ると、またユーフィが顔を出した。
「リョータさん?」
「何でしょうか?」
まさか、置いていこうとしているのに気づかれた?いや、ここまでの流れ的に気づかない方がおかしいか。
「どうして?」
「え?」
「私が「これから着替えます」って言ったら」
「言ったら……?」
イヤな予感がする。
「覗こうとするのが健全男子!」
「しませんよ!」
「もう……恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」
こんな会話をする方が恥ずかしい。
「私はいつでもいいですよ!」
「良くないです」
絶対逃げ切ってやると思い、転移魔方陣を起動するとすぐに荷車にポーレットを乗せて、戻ると、どんな早業か、すっかり身支度を終え、テントも片付け終えたユーフィがエリスを捕まえてニコニコと何やら話しかけていた。
「ええ……」
「あ、リョータさん、待ってましたよ」
「ああ……うん」
「一体何をどうしたら」
リョータのポーレットの疑問はもっともであるが、エリスに聞いた結果も
「なんだかよくわからなくて」
であった。そしてユーフィに聞いた結果も、
「一流の冒険者たるもの、身支度も荷物をまとめるのも一瞬でできなくてどうするのです?」
という意味不明なものであった。確かに素早く仕度ができる方が良いと思うが、限度があると思う。
「ユーフィさん」
「何でしょうか?」
「いいんですか?ギルドの人たち、色々気にしていたようですけど」
「いいも何も……」
言葉を一度きり、ユーフィは実に良い笑顔で告げた。
「愛に生きると決めたので」




