荷車の疾走
一通り仕上げたところで車体として組み直し、ちゃんと動くかどうかを試してみる。まずは車輪を一つずつ浮かせた状態で回して問題ないことを確認。一通り問題なさそうなら走らせてみるが、四つの車輪を均等に回転させないとまっすぐ走ってくれないので調整に苦労した。以前作ったときと違い、今回は一応は街道沿いを進むので、まっすぐ進んでほしい。
そしてそんなことをやっていると、海を見飽きたらしいユーフィがやってくる。
「これ、何ですの?!」
結局仕上がったのは日が落ちてからになってしまった。
「まさか、アレックス・ギルターの記した書物があるとは」
説明を始めると作業が進まないので、工房奥の保管庫へ案内してやったら二時間たっても出てこなかった。
静かでいいけどさ、劣化を防ぐ部屋に長時間いるのってちょっとマズいかな?でも、年齢不詳のいわゆる美魔女系の人だから、大丈夫だろう。
それでもさすがに四時間を超えると心配になるというか、夕食くらいは食べた方がいいと思うので、呼びに行ったら目をらんらんと輝かせてブツブツつぶやきながら読み漁ってた。
いろいろな意味でヤバい人になってしまったか。
「ユーフィさん」
「え?はい、何でしょうダーリン」
「いつからそんな呼び方に」
「三年ほど前からでしょうか」
三年前はこっちの世界にいないんだが、それを言えるわけもなく。
「夕食、食べますか?」
「リョータさんの手作りなら是非」
今日の当番はエリスか……
「俺の手作りじゃないですね」
「なら要りません」
いや、食えよ。ずっとここに籠もってるとか絶対ダメな奴だからな。
ええい、しょうがない。
「一緒のテーブルを囲むなんて、まるで家族みた「今日の夕食は何ですか?」
チョロいのか?
夕食を終えたら、工房前で明かりをたいて荷車の試験走行にかかる。速度のテストは後回しにして前進後進、左右への方向転換といった基本的な動作をテスト。
さすがにこれの運転をユーフィにやらせるつもりはない。いずれやってもらうかもしれないけど、今のところは無し。なので三人で交代しながら運転して、「こんなふうにするとこのくらい曲がる」という感触をつかんでおく。だいたい良さそうだとなったところで今日の作業は終了。明日に備えてさっさと寝ることにする。明日から旅を再開だ。
「ちょっと待ってください!」
「何でしょうか?」
「どうしてリョータさんとエリスさんが一緒の部屋に?」
どうしてと言われても、いつもそんな感じなんだよな。なんて答えようかと思ったら、先にエリスがムッとしながら答えた。
「いつもそうしてますので」
そう言ってエリスがリョータの腕を引いて行こうとすれば、
「ちょっと待って!結婚しているわけでもない男女が同じ部屋とか!」
「冒険者ではよくあることでは?」
「う……」
これは確かにエリスの言うとおりだな。
「って、ベッドが一つしか無いじゃないですか!」
「そうですよ?」
「……っ!」
なんかユーフィの顔が赤くなってきた。
「不潔ですわ!」
そう言ってリョータの胸ぐらをつかみブンブンと揺さぶる。
「どういうことですか?!未婚の!男女が!一つの!ベッドとか!」
「どうと言われても……ずっとそうなんだけど」
「ずっと?!」
ぷしゅ~と頭から湯気を出して倒れる人、初めて見た。本当にこんなことあるんだな……倒れたときにゴンッとすごい音がしたけど、気にしないでおこう。
とりあえず廊下にそのまま寝ていると邪魔なので、エリスがかついでユーフィに割り当てた部屋のベッドに放り込んだ。
なすべきことを淡々とこなす様子はちょっと怖かった。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
「よーっす」
「ポーレット、適当な挨拶を返すな」
翌朝、朝食の支度をしているところに寝ぼけ眼をこすりながらユーフィがやってきた。
「あっちで顔洗ってきたらどうです?」
「ん、そうします……」
「では出発」
「「おー」」
「出発……ってどこへ?」
「どこってそりゃあ」
転移魔方陣を抜けるとそこはカプレそばの街道沿い。
「うわあ……本当に元の場所に……で、リョータ様、一つ質問が」
「聞くけど答えないぞ」
「大陸の……今まで訪れたところならだいたいどこにでも行けるようにしてるんですよね?」
「さて、どうだろう?」
「答えないなんて意地悪ですけど、そこがまたいいですわっ!」
この人、どうすればいいんだろう?
「ま、これはあくまでも予想ですけど、黒炎蛇を討伐したらこの転移魔方陣で一気に移動するんですよね?」
「……まあね」
「ご心配なく。口は堅い方ですので。あ、でもあんなとこやこんなところは柔ら「さっさと行きますよ」
最初の運転手はエリスとなった。というか真っ先に乗り込んでいたので、好きにさせることにした。
「いきなり速く走らせるなよ?」
「はいっ、大丈夫です!」
全員が荷車後方の座席に座ったところで、エリスが運転席から少しずつ魔力を流し、走らせる。
「おお!」
思ったよりもスムーズに走り出したのにユーフィが驚き、エリスが「ふふ」と不敵に笑う。
「加速します!」
「「ちょ!」」
「ふぇ?」
エリスの一言にリョータとポーレットが「ヤバい」と感じ、ユーフィが何のことやらと間抜けな声を出した直後、改造荷車は一気に加速した。
「ひゃっほぉぉっ!」
「「「うひゃあああああ!」」」
この世界にはある程度正確な時計があり、街で鐘が鳴らされて人々の生活の役になっている。が、ストップウォッチのようなものはない。また、長さを測るのもある程度以上の長さになるとかなりいい加減になる。そんなわけで時速何キロという計測をするのは非常に難しく、荷車には回転計も速度計もついていない。と言うか、そういうものの概念自体がないと言っていい。それでもリョータはこの荷車の設計上の限界速度を時速八十キロ程度と想定して、全体の補強をしている。一応その補強はキチンと働いていて、荷車はきしみの一つもあげていない。
恐らく、現在の速度は五十キロから六十キロ程度か。
流れていく風景のなんとなくの感じでそう予測しているが、これはこれでかなり速い。
地球では比較的小型で運転操作の簡単なカートという車があった。レースの入門的な車としても使われており、F1レーサーの中にはカート出身という者も多い。そんなカートはある程度本格的なものになると時速五十キロ以上、レーシングカートともなると百キロ以上出るものが普通。そしてそんなものに「その程度か」と気軽に乗ったりするととんでもない目に遭うという。
目線が地面に近く、遮るものがないという乗り物で時速五十キロなんて出すと、体感では百キロ以上に感じられ、振り落とされるのではないかという恐怖を感じるのだ。
それでもカートはシートがしっかりと体をホールドするし、ハンドルもしっかり握っていればなんとか体を固定できるが、この荷車の椅子はただ座るだけの座面があるだけである。そして車輪のサスペンションもそれほど利くわけではないため、揺れがかなりダイレクトに伝わってくる。
「にょわああああ!」
「うひぃぃぃぃぃ!」
「もぉだめぇぇぇ!」
後ろの三人に対し、運転しているエリスはニッコニコである。
「っと、右に曲がるわよ!」
「ひょわあああああ!」
「ひいいいいい!」
一応この荷車は車軸を切っていて、左右の車輪は独立して回転するが、自動車のデフ程精密な制御はできていない。ましてやスタビライザーなどはないので、ある程度以上の早さで曲がると、片輪が浮く。そして片輪になると、地面の凸凹がさらによく伝わってくるようになった。




