荷車ができた
「とまあ……って、お前らが欲しいのは荷車だったか」
「ええ。ですが、こんなすごいものを作れるんでしたら!」
「おう、任せとけ。ええと、これだな。今日仕上がったばかりの奴だが、似たような仕組みになっている。こうやって揺らしてみるとわかるが、どうだ?」
「おお」
自動車もぐいと押してやれば多少は揺れるが、それと同じような感じで衝撃を吸収しそうな感じで揺れている。
「コイツは明日、納品しちまうが、これと同じのを欲しいってんなら……五日だな」
「是非お願いします!」
金額は思った通り、かなりお高めであるが、何かと稼いでいるので問題はないと即決。
「前金で……そうだな、半分「全部払います」
かなりの額を全額その場で支払うというリョータの申し出にフランは目を丸くしていたが、テーブルに金貨が並べられ始めたところで再起動した。
「本当に、全額か?」
「ええ。あ、もしも追加が発生したりしたら、受け取りのときに払いますので」
「それは別にかまわんが……」
そんなやりとりを経て、五日後、門の外まで運んでもらうことで話はまとまり、三人はフランの店を後にした。
フランは三人を見送りながら、不思議な連中だったなと、少しだけ苦笑した。
自分の体より大きなバッグを背負ったハーフエルフの少女は、店の前でいきなり立ち止まり、作りかけの馬車を見せて欲しいと言ってきた。ハーフエルフの年齢はわかりづらく、最初は子供が興味本位かと思ったが、実際にはフランの作る馬車の性能を見抜いたものであり、この街に何十件もある馬車工房からよく探したものだとその観察眼に感心した。そして、獣人の少女に何事か伝えると、その姿が消えた。走って行ったのではなく、比喩抜きで消えた。獣人の身体能力は高いと聞いていたし、実際に何度か目にしたこともあるが、姿が消えるほどというのは初めて見た。
そして連れられてきた少年。こぎれいな見た目ではあるが、貴族というわけでもない。だが、その所作はある程度以上の教育を受けているであろう礼儀作法が身についており、フランの見立てではどこか他国の大きめの商会の跡取りか次男坊と行ったところ。
馬車を見せて欲しいというので見せ、軽く説明をしたら食いついてきた。揺れを少なくしつつ馬車の耐久性もあげるという工夫は、他の職人からは「手間と原材料費に見合わないからやめろ」と言われるものだが、「すごいすごい」と絶賛。
そして、おそらく初めて見る構造のはずなのに「なるほど」と感心している様子にはさらに驚かされた。
そして荷車の注文。フランの店では馬車だけでなく荷車ももちろん作っているのでそこは問題ない。しかし、通常の荷車は乗り心地なんて考えないから、馬車に組み込んでいる揺れや衝撃を抑える仕組みは入れない。ところがそれを入れてくれという。
値段が上がることを伝えても「問題ありません」と答え、全額その場で支払っていった。
「何か、なんとしても運ばなきゃならんものがあるのか?それもあまり揺らしちゃならんものが?」
わからないことは多いが、金はもらっているし、犯罪に関係していそうな気配もない。しっかり仕上げて、今後もよい付き合いをしていけばいいだろうと、木材を積んである倉庫へ向かった。
「よくあんなすごい店を見つけたな」
「エリスが見つけたんですよ」
「ほう」
フランの店を見つけたのは、偶然だった。走っている馬車の中にごくわずかだが、とても静かに走っているものがあったので、エリスが気になってちょっと追ってみた。幸い、すぐにどこかの店の前に止まったので、少しだけ馬車を確認。まだ新しいそれにちょっと特徴的な匂いがあったので辿ってみた先にあったのがフランの店だった。
そこでポーレットが現物を確認させて欲しいと話をしている間にエリスがリョータを呼びに行ったというわけで、決してポーレットの目利きというわけではない。
種を明かせばそんなものだが、色々機転を利かせた二人を素直に褒めておく。
「さて、足はなんとかなりそうだな。買い物は?」
「あとは食料ですね。荷車を使えるとなると、少しかさばっても良さそうですね」
「そうだな。じゃあ、買いに行こうか」
「ところで明日の定期馬車ですが」
「時間は確認してある。結構早いから……」
そんな具合で買い物を済ませ、定期馬車乗り場にほど近い宿を選んで泊まり、翌朝、予定通り定期馬車に乗り込んだ。通過するだけの街なのに、なんだか色々あったなと思いながら。
道中は盗賊が襲ってくるようなこともなく、日が暮れる頃に村について一泊し、夜が明けると出発するの繰り返しで予定通り五日でカプレの南の街、コローズに到着した。
冒険者ギルドで到着を告げたら一度外に出て転移魔方陣で工房へ戻り、カプレまで転移魔方陣で移動。街道沿いへ出ると、ちょうどフランがもう一人の職人とともに荷車を引っ張ってきたところだった。
追加料金もなく、メンテナンスの注意事項を教わったところで引き渡しは完了。
「また何かあったら遠慮無く言ってくれ」
フランの営業トークに、「是非」と返すのが精一杯だ。何しろ、ここにまた来る予定はないので。
フランたちの姿が見えなくなるまで見送り、工房へ向かおうとしたら、エリスの耳がピンと立った。
そして、即座に音の方にポーレットを後ろ向きに押しやり、同時にリョータを抱えて高く跳躍した。
これはえっと、タキなんとか現象って言うんだっけ、とリョータは妙に冷静に周囲を見ていた。というか、遠くから走ってきているそれに対して、脳が理解を拒否し、両足が動くことを諦めていた。
少なくともリョータは前世も含めて、目をらんらんと輝かせ、だらしなく開いた口からヨダレを流しつつ歓喜の声を上げながら全力疾走してくる妙齢に見える女性というのは見たことがない。おそらく世界中の人に聞いても見たことがある者は稀だろう。
そして、見たときに湧き上がって来るのは恐怖よりも困惑で、近づいてくるアレにどう対応すればいいのか、判断できなかったのである。
リョータにとって幸いだったのは、何があってもリョータのことは守ると心に決めているらしいエリスと、背負っている荷物がいい感じに障害物として役に立ちそうなポーレットの二人がそばにいたことだろう。
エリスの手によって、謎の物体の進路上に押しやられたポーレットは背中から突っ込んできた衝撃と、突っ込まれたことにより重さが復活したことで「ふぎゅっ?!」と謎の声を上げ、幸いなことに背負っていた紐から腕が抜けたことで数メートル先まで飛んで行った。
そして謎の物体は進路上に突如現れた重量物に衝突してはじき返され、「きゅぅ」と変な音を出しながらあらぬ方向へ飛んで行った。
そんな様子をエリスに抱きかかえられたリョータはなんとも言えない顔で眺めていた。
もっとも、すぐに「エリスに抱きかかえられている」という事実の方に全ての感覚が向けられ、慌てて下ろしてもらおうとして、やめた。高さにして約十メートル。落ちて無事でいられる自信は無い。
なんとしても引き留めようとしていたヴェネットをどうにか振り払ったユーフィはひたすら街道を南下していった。が、国境を越えるときにSランクの冒険者証をちらつかせながら聞き出した情報によると、リョータたちは四日か五日は先に国境を越えていたようだとわかった。
だが、これは追いつくのが難しそうだと諦めるユーフィではない。むしろ、
「これこそ愛の試練!試練を乗り越えた二人は……ふへへへへへっ」
悪化しているとも言う。




