初心者研修、再び
「暫定?」
「ああ。まあこっちに来い、奥で話そう」
支部長の部屋にエリスと共に入る。ついでにケイトも入る。
「ちょっとおさらい。リョータはまず、Fランクでスタートした」
「はい」
「そして初心者研修の最後でEランクに昇格した」
「はい」
「そして、その後はホーンラビット狩りと薬草採集だけをしていた」
「そうですね」
「参考までに、ホーンラビット狩りと薬草採集だけを三十年続けてCランクになった人もいるそうですよ。ただし、毎日休み無しでホーンラビット五羽と薬草十束だったそうですけど」
ケイトが余計な情報を入れてくるが、三十年続ければそこまで上がるのか。だが、内容はブラック企業並みだ。
「ま、それはそれとして、その後ドラゴン討伐」
「はい」
「ここでの活躍が認められて昇格したが、ランクは一度に一つしか上がらないからDランクになった」
「これでもかなり早い方ですよね」
「そうだな。ギルドに残っている最速はCランクまで二週間だったらしいが……」
「伝説の冒険者と言われてますからね」
そんなにすごい人がいたのか。
「で、今回の賞金首捕縛なんだが、これが問題になっている」
「え?捕まえちゃいけなかったんですか?」
「いや、それは構わないんだ」
冒険者ギルドは賞金首を捕らえることを依頼にはしない。どこにいるか探すだけで手間がかかる上に、危険度も高いので冒険者も積極的にどうにかしようと言う者は少ない。実際、今回の三人組は依頼にするとBランク以上という試算が出ていたため、ヘルメスの冒険者にとっては危険すぎる相手であった。
だがそれを生きたまま捕縛。しかも自身は傷の一つも負わずに。これが何とも判断の難しい事態を招いていた。
「単純な功績だけなら、BどころかAランクと言ってもいいレベルなんだが、冒険者になってからの日も浅く、一番こなした依頼がホーンラビット狩りでその次が薬草採取。荷物運びの一つもせずにCランクに上げることは無理なんだ」
「そうですよね」
冒険者は信用第一。魔物を狩るだけの冒険者のランクはあまり上がらないというのが定説だ。
「だが、嬢ちゃ……エリスの初心者研修をリョータ以外に任せるのは無理だ」
「それもわかります」
「だから、暫定。ヘルメスで、ギルドが認める範囲内のみCランクとして扱う、と言うことで話を通した」
「……ありがとうございます」
「と言うことで、リョータ、頑張ってくれ。細かいことはケイトに任せてあるから困ったら何でも言ってくれ」
「任せてくださいね」
「はい」
まだ時間も早いので、今日中に色々とやってしまおうと考え、エリスを連れてダルクの店に行く。店長を探す……前に向こうからやって来た。
「話は聞いてる。早速準備しよう。おいボビー!ジェーンに採寸だから来るように言え!」
ジェーンというのはボビーの妻であり、一児の母でもある。子供を背中に背負ったままでテキパキとエリスの体を図ると、奥へ入っていった。さすがにサイズを書いた紙を男に見せるわけには行かない、と言う配慮らしい。
リョータの時と同様に、若干の説明を入れながら品物を用意し、革鎧を試着。リョータの物に比べると鎧で守っている部分が少ないのが少し不安だが……
「多分だけどこの子、あまり色々着込むと動きづらいんじゃないかなって」
「そうだな。これは偏見で言うんじゃ無いが、普通、獣人は最低限の急所を守る程度しか防具を着けない。基本的に攻撃を避けるのがメインになるからな」
「なるほど」
説明を聞いてもエリスはピンときてないようだが、その辺は実際に確認していこう。
「えっと、これで合計は……?」
「いらん」
「え?」
「ギルドからもらっとる。心配するな」
「そうですか」
「じゃ、頑張れよ!」
ポンッと背中を叩かれ、店をあとにする。
「あの、リョータさん」
「ん?」
「私が冒険者になるのは、旅をするのに必要だってのはわかりました。でも、これは?初心者研修ってなんですか?」
「そうだな。歩きながら説明するか」
バタバタしていて何の説明も出来ていなかったから仕方ないので順番に説明する。冒険者の持つ特権で、国境をある程度制限無く越えられる事。だがそのためにはランクを上げなければならないこと。そしてランクを上げる上げないに関わらず、これからの旅にはお金が必要で、そのお金を稼ぐ手っ取り早い方法が魔の森。そして、冒険者として生きていくために必要な最低限の知識を身につけるための初心者研修という制度。
最終的にエリスが奴隷から解放されたとしても、その後どうやって暮らしていくか考えた時に冒険者というのは、生活基盤のないエリスにとってかなり融通の利く職業だ。魔の森で魔物を狩ったり、薬草を採取したりと言った技能はどの街でもだいたい通用する。どこかの村で畑でも耕して暮らすとしても、生活基盤を造るための資金稼ぎの手段が有るか無いかの違いは大きい。
「なるほど」
「東への旅は長いから、少しでも早く出発したいけど、しっかり準備するのは大事だから」
「わかりました、リョータさん」
「……エリス」
「はい?」
「リョータ」
「え?」
「リョータ。『さん』はいらない」
「……わかりました……リョータ」
「ん」
「リョータ」
「え?」
「リョータ、リョータ、リョータ♪」
「エリス……その……そのくらいで……」
顔の腫れもすっかり引いて、髪を綺麗に整えたエリスは日本人のリョータに言わせればアニメをそのまま実体化したかのような美少女だ。嬉しそうに尻尾をパタパタ振る彼女に名前を連呼される。嬉し恥ずかし、と言う奴でなんともむずがゆい。
ニコニコ笑顔のエリスを連れて魔の森へ入る。
「……とまあ、ホーンラビットの狩り方はこんな感じだけど、実際に狩った方がよくわかるから今はいいや」
「はい」
「で、このホーンラビットなんだけど……」
普通のナイフを取り出して、角をコンコンと数回叩くと、刃が欠ける。
「こうなる」
「ふぇっ?!」
目をまん丸にして口ポカーンになってる。うん、このまま額縁に入れて飾りたいね。
「ホーンラビットはとにかく角に注意。ヘタに短剣を当てたりすると折れる。角が当たったら、大抵の鎧は突き抜けて刺さる。でも、逆に言うとそれさえ気をつければ大丈夫なんだ」
「な、なるほど……」
「じゃ、次は解体だけど」
「兎の解体なら出来ます」
「お、じゃあ、やってみて」
大変手際よく出来ました。
兎や鹿、猪を狩るのは村の生活の一部だったので自然に身についているようだ。
「さて、それではいよいよ、実際にホーンラビットと戦ってみようか」
「はい、頑張ります!」
「まあ、固くならずに。横で見ていて危ない、と思ったらすぐに対処するから」
「はい!」
いよいよエリスの初ホーンラビット狩りである。
ぴょーん「ふわっ!」ブンブン!
ぴょーん「わわっ!」ブンブン!
ぴょーん「ふえっ!」ブンブン!
一応、角に当たらないように避けているんだけど、避ける距離が大きすぎるのと、目をつぶっちゃってるので、振り回した短剣がほとんど当たってない。あ、少しかすったかな。
戦闘開始から既に十分は経過したか。……ホーンラビットも少し息が上がってるように見える。結構細かい切り傷もあって、血まみれだし。エリスも返り血を浴びてて結構汚れてる。帰ったらお風呂に……奴隷紋がある状態でお風呂って大丈夫なのかな?あ、またかすった。んー、まだ少しかかりそうだな。
結局エリスがホーンラビットを倒したのはさらに十分後だった。
角を過剰に怖がって腰が引けていたのが原因だが、リョータも似たような感じだったし、最初は皆そんなモンだろうからいいや。
「お疲れ様」
「は、はい……強敵でした……」
「……うん、そうだね……解体しようか」
「はい!」
解体を終えたところで、今日は終了。
「帰ろう」
そう言って歩き出す。多分、「まだ日も高いですから、もう少し」とか言って……
「はい!」
来ませんでしたよ。素直に何でも言うことを聞くんだな、エリスは。奴隷紋の効果ではなく、純粋に俺の言うことが何でも正しい、と言う受け取り方をしているように見える。今は教わる立場だからいいが、研修が終われば一人前の冒険者だ。何でもかんでも俺の言われるまま、というのは少しマズいので、後でちゃんと指摘しよう。
こうして、二人で冒険者ギルドへ戻っていった。




