急がば回れ?
「待て」
「いえ、少しでも早く移動を」
「だから待て。落ち着け」
それでも出て行こうとするリョータをルイゾが腕をつかんで止めた。
「話を最後まで聞け」
「……はい」
「これを持って行け」
「ん?手紙?」
「何、たいしたことは書いてないさ」
「?」
「それを持って定期馬車乗り場へ行って、それを見せろ。おまえらがいつ到着するかわからんからここ五日ほど、頼み込んでおいたんだ」
「頼み込んで?」
「おまえらの分の席を確保しておいて欲しい、とな。これでもこの街では顔が利くんでな。明日の朝出る奴に乗れば、今から歩いて行くよりは早いだろ?」
「そうですね。ありがとうございます」
「何、いいって事よ。ただ……」
「ただ?」
「チケット代は自分で出せよ?そのくらいは稼いでるだろ?」
「はは……」
気遣いがありがたいと、改めて礼を言ってギルドを後にする。
「エリス、河の氾濫がひと月早まった。明日の朝出る定期馬車の席が取れそうだから乗り場まで行ってくる。合流はその後で」
多分聞こえているはずと信じて、どこへともなくそうつぶやき、小走りで向かった。
「ふう……行ったか」
「思ったより、普通の子でしたね」
部屋まで案内してきた受付嬢がリョータを見送ったところにやってきて、率直な感想を述べた。
「だがアレで、ドラゴンとまともにやり合えるし、山みてえにでかいアキュートボア討伐したりしてるって話だぞ?」
ルイゾはそう言うと「末恐ろしいガキだぜ」と腕をさする。
「どうしましょうか?念のために監視をつけますか?」
「要らん。というかやめておけ」
「え?」
「アイツはアイツで戦闘力、それも魔法がとんでもないらしいが、それ以上にヤバいのがお仲間の獣人だ」
「獣人……エリスでしたか。直接見ていませんが、ただの獣人でしょう?」
もちろん、獣人故の身体能力は脅威であるが、それでも監視をつけるべきだというのが受付嬢の意見だった。
「やめておけ。噂じゃ、あのリョータが呟いた声を街のどこからでも聞きつけるらしいぞ」
「え?まさかそん……マジですか?」
「はっきり確認した奴はいないって話だが、そうとしか思えない行動をとってるって、報告もある。だからやめておけ。いくらお前が王国の特務部隊員だとしても、な」
「わかりました。しかし、もしも彼らがヴァルツに弓引く場合には」
「大丈夫だ。こちらから手を出さない限り、あちらから何かをしてくるってことはない」
「その極端な例がルガラン」
「そういうことだ」
受付嬢は少し考え、「それでも報告してきます」と、ルイゾの見ている目の前で姿を消した。
「相変わらず何考えてんだかわからん奴だな」
どうして俺の周りにはおっかない奴ばかり来るのかねと、ルイゾはもう一度体をぶるっと震わせてから執務室に戻っていった。
定期馬車乗り場まで来て、この手紙は誰に渡せばいいのかと見渡したところに後ろからぼふっと柔らかいものが当たった。
「リョータ」
「ん?エリス?どうした?」
「河の氾濫が早くなったって」
「ああ。ひと月早くなって、長くなるらしい」
「それじゃ、間に合わなくなっちゃう?」
「そうだな。その辺、ここの支部長が気を遣ってくれて定期馬車の席を確保してくれてるらしい」
「次の街まででしょ?」
「うん。その先はまだ何も……って、エリス一人?ポーレットは?」
まあ、エリスが軽く息を弾ませているから、ここまで尋常じゃない早さできているはず。ポーレットがついてこられるわけもないだろう。
「荷車、探しに行ってる」
「荷車?」
とにかく定期馬車を確保しようと、乗り場案内所に向かい、「二人分で」というエリスの言葉通りに二人分確保。五日間で次の街までつくという足は確保した。
「ええと……こっち」
「ポーレットがいるのか?」
「うん。先に交渉してるって」
そろそろ説明が欲しいんですけどねえと思いながらもエリスに手を引かれて歩くこと数分。トンカントンカンとあちこちでものを作っている音が響くあたりにくると、でかい荷物を背負ったポーレットが一軒の店先で主人らしい男と何やら話し込んでいた。
「見つけたみたいですね」
近づいていくと、こちらに気づいたらしくブンブンと手を振っているので少し小走りで近づいていく。
「こちらでかなり頑丈な荷車を作れるそうです」
「へー……で、どういうこと?」
「エリス、話してない……のですね」
「うん、急いで合流しようと思って」
やや脱力しかけたポーレットが姿勢を正す。
「リョータ、氾濫がひと月早まったということは、普通の方法では間に合わないってことですよね?」
「そうだな……かなり無理をしてギリギリ、かな」
「無理をしてというのは、何かあったら間に合わないってことですよね?そこで、エリスと相談したんです」
「はい、荷車を改造しようって」
エリス、あれ好きだよね……
「ここ、カプレはルガランへ行く、あるいはルガランから来た人が馬車を買ったり修理したりする街なんです」
そう言われて周りを見ると、確かに馬車や荷車を作っている店が多いようだ。
「そこで、腕の確かな店で頑丈な荷車を調達しようと」
「そしてそれを使う。ってことか」
「「はい」」
なるほど、その方法なら馬車よりも速いから一ヶ月の短縮も可能か。
そんなことを考えていたら、ポーレットと話をしていた男が焦れてきたようだ。
「で、話はまとまったか?」
「フランさん、念のため、どんな感じのものが作れるのか、見せてもらえますか?」
「仕方ねえな……こっちに来な」
フランという、この店の職人に連れられて奥へ行くと、作りかけの馬車が何台か置かれていた。
「そっちは触るなよ。これ、これがウチで作れる一番頑丈なタイプだ」
「リョータ、どうでしょう?」
「どうって言われてもな」
俺は馬車や荷車の目利きじゃないんだよ。そう思ってその馬車を見て……絶句した。
「あの……ここのこれって?」
「ん?なんか文句あるのか?」
なんでこんなケンカ腰なんだよと思いながらも、こういう手合いにちょうど良い感じの台詞を考える。
「これって、もしかして……地面からの衝撃を吸収して、揺れを抑える仕組みですか?」
「お、わかるか?そうなんだよ!これがあると乗り心地が格段に違うんだ。見た目は不格好だけどよ、乗ってるときは見た目なんて関係ないしな!」
食いついてきたな。
「あれ?もしかしてこの車輪、左右がつながってない?」
「いいとこに目をつけたな。そうだ。それぞれ独立させることで、傾きも低減する!」
「この車輪……グッと押してみるとへこみますね?」
「そのくらいの強さでヘコむくらいがちょうどいいんだ。これがちょうどいい感じに細かいでこぼこの衝撃を吸収するんだ」
あとはもう立て板に水。聞いてもいないのに「ここにはこういう工夫を」「コイツは苦労したんだぜ」という話が始まった。リョータは適当に相づちを打ちながら、この職人の腕に感心していた。
仕組み的には日本では当たり前のように走っていた自動車のタイヤ、サスペンション周りの仕組みとほぼ同じ。左右の車輪を一本の軸で繋いでいるのがこの世界の一般的な馬車であるのに対し、コイツはわざわざ独立させ、バネのような形にした鉄を入れた上に、車輪にゴムのようなものを巻き付けている。加工精度もなかなかのもので、馬車の室内もキチンと水平に保たれているようだ。




