未来の旦那様のために
しかし、それもここまでだ。
ユーフィにはリョータという心に決めた人がいる。今は離れているが、心はつながっていて、ユーフィとしてはいつでもばっちこーい、な相手。というかむしろ襲いたい。既成事実を作りたい。そんな一念で追っているのだ。
王女の護衛騎士を務める男性なんて、どこからどう見ても優良物件ではあるが、それはそれ。ユーフィ個人としては地位や財産よりも愛を求めたいのである。実に残念ではあるがお断りしようと心を決めたとき、王女が続けた。
「聞けば、あなたの魔法、そこらの宮廷魔道士を凌ぐとか」
「え?ああ、はい。宮廷魔道士を凌ぐというのが適切かどうかはなんとも言えませんが、それなりに使えると自負しております」
「ふう、よかったわ」
「え?」
「すぐに手配を」
「整っております」
「なら、すぐに案内して」
「はっ!ユーフィ殿、こちらへ」
「えっと?」
「ん?話を聞いてない?」
「えっと?」
「その……軽く話を伝えながら連れてきましたが、上の空だったようで」
「はあ……簡潔に言います」
「なんでしょうか」
「後で正式な書類を起こして手続きしますが、指名依頼です。ルガランの王都復興に協力しなさい」
「え?王都復興?」
「そう。ドラゴンが襲撃したことはご存じ?」
「噂話レベルでは」
「王都は今、瓦礫の山です」
「でしょうねえ」
「あなたの魔法で、瓦礫の撤去を手伝いなさい、以上」
「へ?瓦礫の撤去?」
「ほら、連れてって!」
「はっ、ユーフィ殿、こちらです」
「え?あの?ちょっと?あれ?えっと?」
こうしてヴェネットは倒壊しかかっているが、危なすぎて近づけない建物だらけになった王都内を手っ取り早く更地にするための手段を手に入れ、王都復興までの日数短縮に成功した。
何しろ、ユーフィの魔法により、わずか半日で、崩れそうな建物は全て大人が持ち運べる程度の重さの細かな瓦礫に粉砕されたのだから。
なお、ユーフィに話しかけた騎士がすでに既婚者で、ユーフィのことは過去に一度だけ遠目に見ただけで、恋愛感情などかけらも持ち合わせていないということを知らされるのは、一通り片付け終えてヘトヘトになってからであった。
「お疲れ様。噂通りどころか噂以上の腕前だったって聞いたけど、さすがね」
「そう思うんでしたら、もう少し食事とか、いいの出してもらえません?」
「あら、これでも十分にいい方なのよ?」
ヴェネットが「私のとほとんど同じだし」と告げるとユーフィの目が丸くなる。冒険者の野営よりははるかにましだが、これを王族が食べているとは。
「どういうことなんです?作業の合間に物資の輸送を指示していると聞きましたけど」
「指示はしてるわよ。ルガランの国王の名で。でも、届かないのよ」
「そんな馬鹿な。だって私が北のダラムを出るとき、王都へ運ぶんだって、積み荷を満載した荷馬車が並んでましたよ?」
「それが無事に来ると思う?」
「え?」
「ここに来るまでの間、盗賊団、いなかった?」
「いました」
「正直なところ、どのくらいの数がいるのかわからないんだけど、相当な数がいて、そいつらに襲われているみたいなのよね」
「ええ……」
王都のわずかな生き残りからヴェネットたちが聞き出したところ、盗賊たちはある紋章を身につけていたり掲げていたりする人物、馬車は襲わないという。その紋章は街道沿いの村でも管理されていて、何らかの理由で街へ出かけるなどのときに貸し出され、帰ってきたら村長に返す。そんな運用をしているらしい。
「緊急で物資を運ぶようにという指示を飛ばしているんだけど、紋章をつけろという指示は飛んでないのよ。そんなのがあるって知ったのも一昨日だし」
「つまり、襲い放題だったと」
「そういうこと。この国がどんだけ腐ってるかわかる、微笑ましいエピソードね」
軽い目眩を覚えながらユーフィはそもそもの話を聞いてなかったと思い出した。正確には、もうこれ以上ドロドロした話を聞きたくなかっただけであるが、冒険者として、いや、冒険者ギルドの職員として――どちらも元だが――聞いておかねばと言う好奇心である。
「失礼ながら殿下、そもそも王都がドラゴンに襲われた状況などはご存じでしょうか?」「ご存じも何も……」
ここで念のためヴェネットは声を潜めた。どこで誰が聞いているかわからないからだ。
「ドラゴンを呼び寄せたの、多分……おそらく、いえ、ほぼ間違いなく、リョータさんたちが色々と策を講じた結果ですわ」
「は?」
意味がよくわからない。
「私も断片的にしか聞いていないのですが」
正確に言うと、リョータもエリスもポーレットも話すのも面倒になって色々端折った話しかしていないだけである。
「あの三人も王都に来る途中で盗賊を仕留めたのですわ。それで、色々裏事情というか、国家ぐるみで何やらやっているという証拠らしいものをつかんだようです」
「ええ……」
ユーフィですら、「盗賊が多いな」という程度しか気づかず、ここでヴェネットから話を聞いて初めて知った情報を、盗賊を仕留める課程で知るとか、未来の旦那様はどれだけ優秀なのだろうか。
「それで、王都について早々に拘束されて」
「拘束されたらドラゴンを呼び寄せるなんてできないのでは?」
「エリスさんが自由に外を出歩いてましたよ?」
歩くというか、飛んでいたが、伝えなくても良さそうな話なのでヴェネットは話すのをやめておいた。
「そして、なんでもドラゴンを呼び寄せやすい薬草の汁をまいたとか」
「ああ、あの……」
「あら、ご存じ……というか、あなた、知らないはずのない立場の人でしたわね」
「ええ」
「まあ、そんなわけで、私たちが処刑されるかという絶妙なタイミングでドラゴンの大群が」
「大群?」
「ええ、詳しく見てる余裕はありませんでしたが、ヒュージサイズもいたとか」
「よく殿下たちは生きてましたねえ」
「すぐにリョータさんたちが私たちの拘束を解いてくれましたし、拘束されていない騎士たちが街に潜んでましたので」
「もちろんそれも、リョータさんの協力あってのこと?」
「ええ」
未来の旦那様が優秀すぎてつらい。
「ところで」
「何かしら?」
「私、先を急ぐんですが……」
「指名依頼、報酬ははずみますわよ?」
「っ!」
王族が「報酬をはずむ」という場合、本当に金貨が積み上げられるか、貴族に引き上げてくれるかのいずれか。ヴェネット王女の場合、貴族に引き上げるほどの権限はないはずだから金貨の山か。しかし、
「いえ、どうしても急ぎたいのです」
「わかりました。是非とも私の元で働いてほしかったのですが、ここはいったん引くことにしますわ。エルヴィナ、アレを持ってきて」
「はい」
そばにいる侍女が天幕を出ると、すぐに大きな袋を持った騎士と共に戻ってきた。
「指名依頼としては少ないですが、一日分と考えるとかなりの額になっているかと思います」
「あ、ありがとうございます」
「それと、こちらが指名依頼に関する書類です。サインいただければこちらで冒険者ギルドへの手続きはしておきますわ」
正直それはもういらない。冒険者としての活動はしないつもり……いや待て。リョータはこれからも冒険者として活動するはず。夫婦でともに冒険者として、と気づいたら妄想が止まらない。
「どうしました?」
「あ、いえ。ええと……ここにサイン。はい」
「それとこれを渡しておきます」
「メダル?」
「ええ。ドルズでこれを見せれば色々と便宜が図れますし、私への面会も可能ですわ」
王族の紋章入りのメダルとか、いやな予感しかしない……待て待て。逆に考えよう。リョータとの結婚式に王女を招待するとかどうだろうか。妄想が走り出しそうだったのをなんとかわずかな理性で押しとどめてメダルを受け取る。




