猛牛 vs 無音
コンコン。
「入れ」
「うーっす」
ガイアスがノックに答えると、ぞろぞろと四人の獣人が執務室に入ってきた。
「いきなり呼び出してすまんな」
「別にいいさ。急ぎの仕事もなかったし」
軽い挨拶をしながらそれぞれが椅子に座ると、ガイアスが紙を一枚、四人のリーダー、リナに渡す。
「指名依頼?」
「ああ」
「ええと……え?これ、マジ?」
「マジだぞ」
「ファビオって、あのファビオ、だよな?」
「ほかのファビオを俺は知らん」
「ちょ、何?どういうこと?」
シエラがリナの手元から紙を奪い、目を走らせる。
横にいた二人ものぞき込み、三人が一斉に驚きの声を上げた。
「「「何これ?!」」」
「読んで字の如くだ」
「読んでもわからないから言ってんのよ」
「ちゃんと説明して」
「落ち着け、落ち着けって」
このままだと四人に一斉に殴られそうなので、慌てて「どうどう」と落ち着かせながら改めて依頼書を見せる。
「ヘルメス支部からの指名依頼。これはいいか?」
「まずそこがわからない」
「支部からの指名依頼って何よ?」
「普通、指名依頼ってお貴族様とか商人とかからじゃないの?」
「いろいろ事情があるんだよ。ほれ、ここ見てみ」
「ん?」
ガイアスの指さす先にはもう一人、依頼人の名前として「オットー」と書かれていた。
「「「「誰?」」」」
「まあ、知らんのも無理はないか。衛兵隊長だ」
「「「「は?」」」」
四人は冒険者としては品行方正なので、衛兵の世話になったことはない――盗賊を捕らえて引き渡したことはあるが――から当然その隊長にも縁がない。
ここの支部長であるガイアスはともかく、縁もゆかりもない衛兵隊長が名を連ねている指名依頼とは一体何だろうか。
「依頼内容もよくわかんないんだけど?」
「ファビオを手伝ってリョータとともに黒炎蛇を討伐せよ……意味わかんないんだけど?」
「だよなあ」
「「「「あんたが言うな」」」」
「はっはっはっはっ」
四人はもちろんファビオのことは知っている。今までにも何度か王都に足を運んでおり、ちらっと遠目に見た程度ではあるが、色々な意味でヤバい奴だ。
実力はもちろんのこと、言動もぶっ飛んでいるという意味で。そしてSランクという時点でCランクである彼女たちからすれば雲の上の人。そんな冒険者を手伝えとは?
「そして、「リョータ」」
「久しぶりに聞く名前ね」
「あれから一年くらい?」
「最近顔を見てないけど、元気なの?」
それぞれからの質問を聞いて、ガイアスは大事なことを伝えていなかったと思い出した。
「リョータだが、おまえらの教育が終わってひと月くらいだったかな。出て行ったぞ」
「は?」
「出て行った?」
「まさか支部長、愛想尽かされたとか?」
「何やらかしたのよ?!」
どうして俺がひと言言うたびに何倍にもなって返ってくるんだろうねと思いながら、それを指摘するとひどいことになることを経験で理解しているガイアスは端的に告げることにした。
「ちょっとした出来事があってな。その絡みで大陸東部へ向けて旅立った。元気でやってるらしいぞ」
「大陸東部?」
「そりゃまた遠いところまで」
「なんでそんなところに?」
「どうせ、支部長が何かやった尻拭いでしょ?」
どうして俺に飛び火するんだろうという言葉をぐっと飲み込み、ガイアスは続ける。
「そのリョータがとある依頼……詳しくは話せないんだが、難易度がとても高い依頼をこなすにあたり、黒炎蛇を討伐し、その素材を回収する必要がある」
「質問が二つ」
「おう」
「その依頼の詳細は?」
「すまんが話せない」
「話せない……色々あるってことね」
「そうだ」
「もう一つ、黒炎蛇って……あの黒炎蛇?」
「お前らの言う「あの黒炎蛇」ってのがどれかわからんが、多分その黒炎蛇だ」
四人が頭を抱えた。
黒炎蛇について四人が知っていることは少ない。とてもヤバい魔物であることと、まともな討伐記録がないこと。そしてそれくらいのことは五年も冒険者をやっていれば噂話で聞くことで、四人が知っているのは特に珍しいことではない。そして、それ以上の情報がないことも、よくあること。
「ええと、念のため確認ね?」
「ああ」
「ファビオは?」
「こっちに向かってるところだ。次の定期馬車で着く予定」
「で、一緒に南部へ向けて出発?」
「そうだ。とりあえずラウアールを出るまでの定期馬車のチケットは用意した」
「太っ腹じゃん」
「まあ、な」
「後はこれだ」
そう言ってガイアスがテーブルに袋を置くと、重そうな音がした。
「これは?」
「路銀の足しにしろ」
「げっ!こんなに?!」
ガイアスは、袋の中身が予想以上にだったことに驚く四人を見て、「だよなー、驚くよなー」と四人がくるほんの数時間前、この袋を渡されたときのことを思い出していた。
「どうぞ」
コンコンというノックにガイアスが手を止めて答えると「失礼します」とケイトに案内されて、紳士が一人入ってきた。
その身なりや仕草から、それなりの身分ではと思われたが、ガイアスの記憶にはない人物だ。
「お初にお目にかかります。私、チェルダムのモンティス家より参りした、アルフレッドと申します」
「ご丁寧にどうも」
ガイアスは男の名乗りにうろたえなかった自分を褒めてやりつつ、とりあえずそばの応接へ促した。
そして必死に記憶を辿る。行ったことはないがチェルダムという国は知っている。名前くらいは。だからモンティスという家……多分貴族家か。全くわからない。
そこまではいい。問題はその先。この男、アルフレッドと名乗った。
元は冒険者として活動し、ランク相応の人脈のあったガイアスが聞いたことのある名だ。
「もしかして、無音のアル「おっと、それ以上はいけませんな」
「えっと……?」
「口は災いの元ですよ?」
そう言いながらアルフレッドは大きめの袋を執務机の上に置く。置いたときのじゃらりという音で、ガイアスは「ちょっとしゃれにならない額が入ってる」と直感した。そして、この男がガイアスが現役時代に既に伝説と化していたSランク冒険者であると確信した。引退して何十年も経ってるのになんだよ、このただ者ではない圧は。
「これは?」
「こちら、ヘルメスは冒険者リョータ様と、エリス様が登録された街、でよろしいですね?」
「ええ」
「ふむ……」
「何か?」
「この街を拠点とする冒険者の数はざっと二百はいるかと思うのですが」
「そう……かな」
「それだけいる中で、駆け出し同然の二人のことを覚えている。なかなかのものです」
二人とも色々やらかしてくれたからな。
初日にいきなり俺の財布をすっからかんにしたり、バレたら大変なことになるような奴隷だったり……どれも二人に原因がないのがなんとも、な。
「我が主が、お二人が非常に困難な状況に置かれているとの情報を得ました」
「主……申し訳ないが、モンティス家というのを詳しくは知らなくて」
「いえいえ、大丈夫です。ただ、我が主はお二人に大変に世話になりまして」
あの二人、何やってんの?!
「その困難に、手を差し伸べたいところですが、生憎簡単にできることではなく」
「そうですね」
今、二人は大陸の東側。急いで行ったって何ヶ月という単位の距離だからな。
「しかし、おそらくこの国の冒険者ギルドは何らかの支援をされるのではと思いまして、ささやかながらこうして当家からも支援をと」
「支援ですか」
「ええ。恐らくあなたは、この街にいる信用のおける冒険者に二人を支援するように指示……指名依頼を出すでしょう」
「どうしてそう思うので?」
「根拠を聞いたら無事ではいられなくなりますよ?」
即座にガイアスは両手を挙げて降参のポーズをとった。




