予想以上の成果
中二な病気を患った者たち――もちろん黒歴史が深いほど良い――に「一度言ってみたい台詞は?」とアンケートを採ったら上位間違い無しの台詞が言える。
両手を握りしめ、少しうつむき気味になり、はっと何かに気づいたように空を見上げて。
「来る!」
必死に表情に出さないようにしつつも、心の中では「ひゃっほう!言ってやった!言ってやったぜ!」と大喜びしながら、三人でそちらを見たら、偉そうに何かを読み上げていたオッサンがこちらを見咎めた。ヤバい、中二がバレた……いや、この世界に中学校はないから大丈夫か。
「貴様ら、どこを見て……い……る……あれは……なんだ……」
そちらを見て、それが何なのかをゆっくりと認識していく様子に、周りも「何かおかしい」と気づきそちらを見、同じように固まった。
「ドラゴン……」
「それも、あんなに……」
誰かがそう呟いた瞬間、リョータたちは一斉に耳を塞いだ。
「キャーッ!」
「ドラゴンだ!ドラゴンが来た!」
「あんな群れ!みんな食い殺されるぞ!」
「逃げろ!逃げるんだ!」
「どけ!そこをどけ!」
「押すな!」
処刑を見に来ていた群衆は、全員が一斉に逃げだそうとしてもみくちゃになっていた。
一方、この国の偉い人たちはというと、
「ドラゴンが来た……だと?」
「王、すぐにこの場を離れましょう!」
「う、うむ……あわわ!」
「大丈夫ですか?」
「腰が抜けた」
「肩をどうぞ」
「う、うむ」
王を始めとするこの国のトップを逃がすべく動き出す近衛たち。
「総員、戦闘準備だ!」
「「「はっ!」」」
「隊長、しかしアレは……」
「ぐ……ぐむむ」
この国を護る役目を負う者として、威勢良く動こうとしたがどうすればいいのかわからなくなっていた。
当然といえば当然だろう。
スモールドラゴンくらいだと十数名の騎士隊が討伐する。これがラージになると騎士総出、ヒュージになるとそこに冒険者を投入してどうにか、というのがこの国の騎士、冒険者の練度である。それが集団でやってきたとなれば、判断のしようがなくなるのも無理はない。
一方、処刑される予定だった者はといえば、
「リョータさん!あれは一体何ですの?!」
「何って……ドラゴン?」
「それは見ればわかります!」
なら、それでいいんじゃないかな。
「ドラゴンを呼び出したんですか?」
「またまた、人聞きの悪い。ドラゴンなんてどうやって呼び出すんですか?」
「う……確かに」
イーリッジのザランで起きていた大きな問題、ドラゴン呼び寄せを引き起こした薬草をエリスが大量に集め、ギュッと搾った汁。その汁を魔の森に撒いておき、さらに今朝、城の高い屋根の上でグツグツと煮込んで臭いを風に乗せた結果がこれだ。
集めるときも集めすぎないように。絞るときも細心の注意を払ってやるのが正解とわかる、呼び寄せられたドラゴンの群れ。
まだ大きさの違いくらいしかわからないが、ヒュージサイズが一頭、ラージサイズが三頭にそれより小さなサイズが十以上。予想以上に集まった。
もちろんドラゴンが集まらなかった場合には実力行使をするつもりだったから、うまく行けば御の字と思っていたところに、予想以上の成果。ぶっちゃけ過剰すぎる戦力の到着だ。
「あわわわわ……えっと、えっと……」
「姫様、落ち着いてください」
「ここここ、これがががが落ち落ち落ち着いていられれれますかかかか……」
手枷のせいでバランスを崩し座り込んでしまった王女は呂律も回らなくなった様子。まあ、こちらは騎士がついているから問題ないだろう。
「アレはお前たちが?」
「え?ま、まあ……はい」
「そうか。礼を言う」
他に捕まっていた者たちが、最後の気力を振り絞って立ち上がり、リョータたちに頭を下げた。夜のうちに聞いたところ、捕まった理由はリョータたち同様で、盗賊を返り討ちにしたら捕まったとのことで、つくづくこの国の腐り具合に呆れたものだった。
そして手枷を見せながら言う。
「ついでで何だが、これ、なんとかできたり?」
「しますよ」
このくらいならと、「切断!」とそれっぽいことを言って、手枷をパカンと切り離す。
「恩に着る。全くこの国は……と思っていたが、これなら国ごと滅ぶだろうな」
「でしょうね」
「俺たちはこのまま逃げるが、お前たちは?」
「もちろん逃げますよ」
「そうか。じゃあな」
「ええ」
さっさと人混みに紛れていく姿を見送ったら、そろそろ自分たちも逃げないとな。
「待ってください!」
「なんでしょうか?」
「私たちのコレも!」
「わかりました」
王女様と騎士たちの手枷も外してやれば、ここで出来ることはこんなモン……いや、まだあったな。
「エリス、まだあるよね?」
「もちろん!ほら!」
そう言ってスカートのポケットからごそごそ取り出したのは数本の瓶。もちろん中身は言わずもがな。
「じゃあ、あいつらに」
「うん!」
騎士たちに囲まれてこの場を離れていく王や貴族たちに向け、蓋を開けてから放り投げれば、
「臭い!なんだ!コレは?!」
「おい!そこの貴様……ら……いない?!」
命中を確認したら文句を言われる前に去るのが鉄則だな。
「ポーレット、どっちだ?」
「こっちです」
「よし、行こう!」
最近になって、ポーレットが不思議な能力を持っていることがわかった。自分の荷物がどこにあるかを何となく感じ取れるのだ。おそらく、元々持っていた荷物の重さを感じずに背負える能力が成長したのだろう。もちろん確信はない。そもそもステータスウィンドウなどがあるわけでもなく、ギフトの詳細を調べる方法も無いのだから、「多分そうだろう」としか言えない上に、「何となくこっちにある気がする」という程度というあたりがポーレットらしいところか。
そんなポーレットの先導に従って地下牢の方へ向かいはじめると、ちょうどヒュージサイズのドラゴンが城の一番高い塔に食らいつくところだった。
「ガアァァァァッ!」
グツグツ煮込んでいる足つきボウルもまとめてまるごと飲み込んだ。少々熱かったのか、尻尾をぶんぶん振り回していて、周囲の建物にも被害が及んでいる。スケールがでかい生き物だな。
そして、そんな不快感をあらわにしているようなヒュージサイズに近づきたくないのか、それとも新たな臭いに釣られたのか、ラージサイズたちが王たちの元へ。
「ぎゃああ!」
「ひいいいいいっ!」
「逃げろ!逃げるんだ!」
「馬鹿もん!王を守れ!」
「無理だ!あんなのどうにもならん!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した場を離れ、地下牢への通路を降りていき、途中の扉を蹴り開ける。
「ありました!」
「ふう、良かった」
そこにはポーレットの荷物がそのまま、リョータとエリスの荷物が微妙に、残っていた。ポーレットのバッグはポーターがよく使う、とても丈夫な材質のバッグで、ちょっと刃物を突き立てた程度ではほつれすらもできない。そして、ポーレットが長年培った経験で編み出した縛り方は、ポーレット以外に解けないというオリジナル。
ここの衛兵たちはポーレットの荷物を取り上げたはいいが、開けられなかったのでとりあえずそのままにしていたらしく、無事だった。
そう、ポーレットの荷物だけは。
「俺とエリスの荷物はひどいもんだな」
「はい……」
バッグそのものは無事だったが、中身はあらかた取り出されており、ほぼ空っぽと言っていい状態。比較的どうでもいい、安い物――もちろん、旅をする上では重要な物――は、捨てるつもりだったのか部屋の隅のごみ箱に放り投げられていて拾い上げる気になれず。それ以外の、そこそこの値になりそうな物はどこかに持っていったのか、見当たらない。




