事前の仕込み
さらにいうなら、どの国も罪人に対する扱いなんて似たようなものである。ヴェネットは王族だが、そこまで細かいところはまだ教わっていないために文句を言っているのであり、護衛の騎士たちは「これが普通ですよ」と話すべきかどうか、ヒソヒソと相談をした結果、「ま、これも経験だろう」と話す必要は無しと判断した。
単純に、話せば話したで「なんで、そんなことになってるんですの?!」と大声でわめき散らすのを嫌ったともいう。
もっとも、リョータとポーレットは食べ物はエリスが持って来てくれたし、水は魔法で用意できるから全く困っていない。困っているとすればトイレ事情だが、冒険者たる者、旅をする上での羞恥心はある程度捨てているし、見て見ぬ振りをするのもマナーと心得ているので、深刻な問題にはなっていない。それに、いざとなれば工房に行けばいいのだから。
「リョータ様?!何かおいしそうな匂いがするのですが?」
「気のへい……れふよ」
「絶対何か食べてますよね?!」
「……んぐっ、まさかそんな。どこから食べ物を持ち込んだのですか?」
不毛なやりとりはヴェネットが疲れて「お腹がすきました……」と地面にのの字を書き始めるまで続いたのだった。
「協力、感謝する」
「いえ、私に出来るのはこのくらいですから」
王都に騎士を侵入させるといっても、人数はせいぜい三人までだろうとなった。それ以上は外の、つまり侍女たちの護衛や馬の世話の要員が足りなくなってしまうのと、大勢で動き回ったら目立つだろうということから三人。エリスが一人ずつ抱えて壁を飛び越えた後、三人の装備――さすがに全身鎧と長剣は断念した――を持ち込んだところでエリスの役目は終了。
「では、お気をつけて」
「ええ。エリス殿も」
エリスは王都の外に出るといったん工房へ戻り、必要なものを持ってもう一度王都へ向かい、そのまま王都を飛び越えて魔の森へ向かう。
トントンと、あまり冒険者の向かわない方角へ下り、あらかじめ見つけておいた、いい感じの茂みへ向かう。
「風向きはいい感じね」
口と鼻を布で覆い、持ってきた瓶の蓋を開け、独特の臭いのする液体をバッと撒く。少し移動して別の瓶、さらに移動してひと瓶。用意してきた十本をすべてばら撒いたら今日の仕込みは終了。工房へ戻ると、寂しさをぐっと堪えて一人で眠ることにする。本当ならリョータのそばにいたいのだけれど、リョータがあれだけ色々工夫したにもかかわらず、エリスが熟睡するのはちょっときつい臭いが残ってしまっているので、仕方ない。明日もまだ重要な仕事がある。体調は万全に整えておかなければならないのだから。
「そろそろ寝るか」
「はい」
「ちょっと?!」
「なんでしょうか」
「私たちにも何か食べるものを!」
「だから、ありませんってば」
全部食べちゃいました。というか、エリスはそんなにたくさん持ってきてないからね。ぶっちゃけ二人で食べて物足りなさを感じるレベルだよ。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「ちょっと?!」
リョータたちがごそごそと毛布をかぶり始めた音にヴェネットが気づいた。
「私たちの方には毛布なんてありませんのよ?!」
「……」
知らんがな。というか、ここになかったからエリスに持っててもらったんだし。
「せめて!せめて一枚貸してくださいまし!」
貸したらポーレットと同じ毛布になっちゃうじゃないか。それはイヤだよ。
「ちょっと!聞いてらっしゃいますの?!」
「……」
ヴェネットが疲れて眠るまで、騒いでいたと思う。さっさと寝ちゃったからわからんけど。
「よし、出発です」
夜が明け、再び色々なものを手にしたエリスが地下牢へ転移すると、リョータたちも軽く体をほぐしているところだった。
「おはよう、エリス」
「ん、おはようリョータ」
エリスはリョータに抱きつこうとして……ちょっと臭いがきつかったのでやめた。リョータ成分はあとでたっぷり補充しよう。
「持ってきた?」
「これで大丈夫?」
「よし。じゃあ、これをこうして……」
エリスが持ってきた鉄のボウルに足を取り付けた中に水を入れ、凍らせて中をくりぬき、持ってきた瓶の中身をぶちまけると室内にひどい臭いが漂い始める。
「う……」
「ちょっと我慢」
鼻をつまんでコクリと頷くエリスを横目に氷の蓋を作って塞いだら完成だ。
「よし、出来た」
「これを城の?」
「できるだけ高いところで、これを置けそうな場所。あった?」
「うん。じゃ、行ってくるね」
「気をつけて」
エリスが転移したあと、ひどい臭いになった空気をそのまま外へ排出すると、その臭いでヴェネットが目を覚ましたらしい。
「臭いですわ!なんですの、これは?!」
換気のしようがない地下牢で、ヴェネットは最後の力を振り絞り、刑を執行すべく衛兵たちが迎えに来るまで騒ぎ続けたのだった。
「ここならちょうどいいよね」
城の建物の中でもひときわ高い屋根の上にエリスは降り立ち、持ってきた足の生えたボウルを据え付けると、その下に木切れを並べる。野営の折に役立つ、長く燃え続ける木だから、今回の目的には最適だろう。
「風向きは、と」
指を一度口に含み、まっすぐ立てて上に掲げる。わずかにひんやりする方角が風の吹いてくる方角。
「よし!」
どうやら運はいいらしく、風は王都から魔の森の方角へ吹いている。
「火よ」
パチンと指をはじいて木切れに点火し、燃え上がる炎で氷がじわじわ溶け始めるのを確認すると、この場を後にする。地下牢に戻って頭数をそろえておかないと、色々マズい。
「こっちだ!」
「引っ張らないでくださいまし!自分で歩けますわ!」
「黙って歩け!」
「……」
騒ぎ続けて体力を使い果たしているヴェネットを先頭に、両手を木の手枷で固定されたまま処刑台のそばまで引っ張られていくと、王をはじめとしたこの国のトップたちが、ずらりと高みの見物。そして処刑台の周囲には、国家転覆を謀った犯罪人の処刑と聞いて大勢集まっていた。
そういえば、地球でも昔は罪人の処刑が娯楽のように扱われていたとか聞いたことがある。多分、それと同じような感じかなと、リョータは意外に冷静にこの場の状況を見ていた。
そして、王都の中央にある鐘楼が鳴り響き、九時になったことを告げると、台の上に男が上り、手にした紙を大声で読み上げる。
「これより、ルガランに対し叛逆を企てた重罪人の処刑を執行する!」
途端に歓声が上がった。
「静粛に!静かにしろ!」
「静まれ!静まれ!」
「静かにしろ!」
群衆が静かになるまで一分ほどかかった。
「くっ……なんたる屈辱!」
「待て!まだだ!」
「しかし!」
「あの冒険者たちの考えた作戦が、成功すればいくらでも救出する隙はできる!」
「そうだ。今飛び出したらただの無駄死にだ」
「わかっている!わかっているが!」
王都に潜伏し一夜を明かした騎士たちは群衆に紛れ、処刑が行われそうになるのを見て歯がみしながら、そのときがくるのを待っていた。
「それではまず……」
リョータたちよりも先にいた罪人が一人台の上に引きずりあげられる。彼が一体何をしたのかはわからないが、多分リョータたち同様、特に何をしたわけでもないんだろう。ただ、リョータたちが来るまで二、三日過ごしていたらしく、すっかり衰弱しているようだ。
「リョータ」
「ん?」
「来た」
魔の森の方を見ていたエリスが何かに気づいた。




