冒険者になる!
全員がエリスの台詞に固まった。
若干の沈黙の後、オットーが口を開く。
「それは、リョータと共に東へ向かうという意味か?」
「はい!」
「却下だ」
オットーが即答する。
「な、何でですか?」
「昨日の話を聞いていなかったのか?君の安全のためにも外出はさせられないのだが」
「でも……ただ待っているだけなんて……」
「ふむ……そうか……」
確かに、自分のために誰かが大変な旅をしようというのだ。何かしたいと思うのはわかるけど、危険だよな。
オットーによると、犯罪奴隷は顔――主に額――に奴隷紋が刻まれるため、すぐに奴隷だとわかるという。
借金奴隷の場合、どこに紋を入れるかは特に決まっていないが、借金の返済時に奴隷紋に返済額を記録させるため、袖で隠れる腕に刻むことが多いという。
エリスの場合、完全に服で隠れてしまう位置に刻まれているので、ぱっと見ただけでは奴隷であることはわからない。
だが、奴隷商だけが知るある方法を使うと、奴隷であることも、主人がいないこともすぐにわかるという。
ラウアールはそれほど奴隷の多い国ではないので、奴隷商自体が少なく、気づかれる可能性は低い。だが、他国は事情が違う。いつ気づかれるかわかったものではないのだ。
そして、主人が決められてしまうと、種族奴隷紋の場合、解除する方法が主人・奴隷いずれかの死亡しかない。隠れてコソコソ旅をするのは困難なのだ。
「じゃ、じゃあ……誰か……色々事情を知っている人に主人になってもらえばっ」
エリスも必死だ。
「それも出来ない。私たち衛兵やガイアスたち冒険者ギルドは社会的立場があって、種族奴隷の主人になるのは問題がありすぎる」
「奴隷紋に名前が刻まれるからな。種族奴隷だとバレた時に色々問題になる」
「つまり……」
「なら!リョータに!リョータが主人なら、何も問題は!」
えーと、全員の視線が集まっちゃいましたよ。エリスさん、なんていう爆弾をぶっ込むんですか。
「なるほど。妙手だな」
オットーがこめかみを指先でトントンと叩きながら言う。
「まず一つ目。冒険者が奴隷を連れているのはそれほど問題になることは無い」
「冒険者の中に借金して返せなくなるヤツ、結構いるからな」
ガイアスが補足する。
「二つ目、旅に同行するなら解除方法を見つけ次第すぐに解除できる」
「解除できなかった場合、さらに方法を探し続けるという選択も出来るな」
確かに、『これで!』と戻ってきたらダメだった場合、また東まで行くというのは大変と言えば大変だ。転移魔法陣のことをバラせばそれほどでも無いだろうが、今のところは隠しておくつもりだし。
「三つ目、リョータは駆け出しと言えば駆け出しだが、ドラゴンスレイヤーの一人であり、賞金首を無傷で捕縛するだけの実力がある」
「厄介事に巻き込まれることもあるだろうが、自力で切り抜けられるだろうな」
「つまり、リョータを主人として登録する上での問題は本人の同意以外に特にない」
「嬢ちゃんは問題ないみたいだし、リョータも別に良いだろ?」
「えーと……」
アレ?なんか確定したっぽい雰囲気?
すぐにオットーがヘルメスに一軒だけある奴隷商を呼び出し、主従契約を結ぶことになった。
「ではこちらに血を数滴」
「……はい」
針で指先を刺して血をインクに垂らし、それでリョータの名前を奴隷紋に書き加える。エリスの奴隷紋はお腹に刻まれており……紳士であるリョータはもちろん後ろを向いていたのだが、何かが繋がったような感覚があった。
「契約は無事に完了です」
「当然だが、他言無用だ」
「もちろんです。この商売、信用第一ですから」
オットーが規定の代金に上乗せして支払い、奴隷商は帰っていった。
「さてと、ガイアス。後は任せても大丈夫だな?」
「ああ、何とかするさ」
何のことだろうか?
エリスが部屋から荷物――と言っても着替えが数枚――を持ってきたところで、詰め所を出て、冒険者ギルドへ向かう。エリスは目をキラキラさせながら街の様子を見ている。そうか、街を見るとか歩くのは初めてなんだよな。
「ここがヘルメスなんですね!すっごく大きいです!」
「……嬢ちゃん、この街で驚いてたら王都で失神するぞ?」
そうか、王都はそんなにすごいのか。
念のために周りを警戒していたのだが、何ごとも無くギルドについた。
「俺が連れてる奴をどうこうしようなんてのはこの街にいない。それにリョータ。お前もいるからな」
「え?」
「ドラゴン討伐でデニス達もそこそこ名が売れたが、いつも街にいる新人冒険者。それだけでリョータは有名人なんだよ」
「知らなかった」
「ま、有名税ってのは大抵ロクでもないもんだが、ドラゴンスレイヤーってのは格が違う。滅多なことじゃこの街でトラブルに巻き込まれることはないだろうさ」
それはありがたいが……エリスの様子がおかしい。
「え?ドラゴン討伐?ホ、ホントにやったんですか?」
「話したよね?」
「……てっきり、私を元気づけるために適当に言ったのかと」
「ま、普通はそう思うよね」
「ごめんなさい!」
土下座する勢いだったので、気にしなくていいからと起こす。ギルドの受付前だから、周りの視線が色々と。
苦笑しながらガイアスは奥の部屋へ。色々やることがあると言ってたから、これからが大変なんだろう。
「お待たせしました。こちらがエリスさんの冒険者証です」
入れ替わりに出てきたケイトが小さな金属板をエリスに渡す。エリスはしばらくじっと見つめ、一緒に渡された鎖を通し、ニコリとしながら首にかけた。
「これで、私も冒険者ですね!」
「そ、そうだね」
アレ?なんかおかしい?恐る恐るケイトに訊ねる。
「あの、旅に同行するだけなら冒険者になる必要は無いのでは?」
「リョータさん、こう言っては何ですが、エリスさんがそのままで国境を越えるのはとても難しいのです」
少しかがんで顔を寄せ、小声で教えてくれる。近い近い……いい匂いがする……
「本来、奴隷はよほどのことが無い限り国境を越えられませんので、そのままではラウアールを出ることも出来ないのです。ですが、冒険者証があれば、そちらを身分証として優先させることが出来ます。はっきりと断定は出来ないのですが、Dランク以上になっていれば、ほとんどの国境で止められることはありません」
さらに距離を詰めてくる。近い……ちょっと緩めの襟元からチラチラ見えるのが気になって仕方が無い。
「通常、奴隷が冒険者になるのは色々と面倒な手続きが必要です。ですが、今回は支部長がその辺りを全部何とかする、とおっしゃってました」
「なんとか出来るんですか?」
「王都のギルドマスターに色々かけ合う、と」
「そうですか。それは、ありがたいですね」
「でしょう?だから、これから頑張らないといけませんね」
そこまで言ってウィンク一つ、ケイトはスタスタと酒場の方へ向かう。そして、手を一つ叩いて、冒険者たちの視線を集める。
「今日から新しく、冒険者になったエリスちゃんです。皆さん、仲良くしてあげてください!」
「おお」
「可愛い子じゃないか」
「ちょっと待て、何でリョータが横にいるんだ?」
「もしかして:ケモナー」
なんか変な言葉が聞こえた気がする。
「それと、初心者研修はリョータさんが担当します。そちらもよろしくお願いしますね!」
「おう!」
「リョータが?大丈夫か?」
「ちょっと待て!」
「なんでリョータなんだよ!」
「俺にまかせろ!手取り足tぐああああ」
……なんで、たったこれだけのことでちょっとした乱闘騒ぎになってるんだ?
ん?ちょっと待て、今なんかおかしな事を聞いた気がする。
「ケイトさん!」
「はい?なんでしょうか?」
「エリスの初心者研修……担当が」
「リョータさんですよ」
「……あの……僕まだDランクなんですけど」
「暫定でCランクになったぞ」
「は?」
奥から出てきたガイアスの一言の意味がわからなかった。




